第三十九話 素の女王と思い出話
Szene-01 カシカルド王国、カシカルド城王室
女王ローデリカは、ダンの顔を間近で見るなり気持ちが抑えきれず抱き着いてしまった。
加えて始めた話も止まらなくなったので、ダンに止められて王が会釈をするという稀な事態となっていた。
呆れたダンが会釈をするローデリカを見て言った。
「王様がそんな風にするなよ――まったく、何にも変わっちゃいねえな。おかげで安心もしたけどな」
「私は変わらないわ。王になるって目標にして戦ったから結果を出しただけ。なってみたら前線には出られないし、みんな言う事聞いていい人ばかりだし。こう、手ごたえって言うかなんて言うか――」
「贅沢なやつだなあ、なおさらホッとしたよ。さて、ヘルマとヨハナはわかるよな? お前がお望みなのはその四人。手前からエールタインとその従者ティベルダ、ルイーサと従者ヒルデガルドだ」
ヘルマとヨハナが深いお辞儀をしたあと、キョトン顔のエールタインたちが紹介された。
「エールタイン、あなたがそうなのね! とってもきれいな子じゃないの。アウフも鼻が高いでしょうね。そしてあなたがティベルダちゃん。なかなか派手な情報が飛び込んで来ているけれど、この子もなんて可愛い子なの。この二人でデュオを組んでいるなんて、まさに運命よね。これもアウフの仕業なのかしら」
ローデリカは順番にエールタインとティベルダの手を取り、一方的に握手を交わしていく。
「改めまして、私はローデリカ。この国の王なんてやっているけど、あなたのお父さんとダンに付いて剣士の傭兵として案件をこなしていました」
ダンとヘルマ、そしてヨハナが簡単な説明しかしていなかった生前の父の話。それをローデリカが呆気なく、そして詳しく話していく。
エールタインの成長に寄り添い歩んできた三人は、ローデリカが話すのを止めずにいた。
エールタインとティベルダは、ローデリカから聞かされるアウフリーゲンについての話を真剣な面持ちで聞いている。
そこで王室の扉を叩く音が部屋に響き、秘書官がローデリカに尋ねた。
「陛下、侍女のようですが」
「入って」
ローデリカが廊下へ向かって返事をするが、すぐに扉が開かれない。秘書官が何かを察したように扉を開けると、王室付きの侍女が女中と共にティーを持って入室する。
「陛下、皆さまは到着されたばかりです。せめて椅子に座っていただいてはいかがでしょうか」
「そうよね! ごめんなさい、疲れているのに私ったら」
普段とは全く違うローデリカに面喰ったままの秘書官が、すでに用意されている机と人数分の椅子へと七人を誘導した。
「王室と言っても小さな部屋で驚いたでしょ。私の自室でもあるから。少し広い部屋はあるんだけど、普段の謁見もここで済ませているの――あ、もし
「場所はどこでもいいさ。俺以外は女性だからかまわないと思うが、自室に俺が入っていいのか?」
「あははは、ダンったら意識しちゃってるの? あなたなら大歓迎よ。ダン一人で来てもここへ通すわ」
侍女と女中がティーを置き終わると、秘書官と共に王室を出て行った。
Szene-02 カシカルド城、廊下
王室の扉を閉めてまもなく、秘書官は面喰った表情のままで侍女に尋ねた。
「陛下って――」
「びっくりした? 私と二人きりだとあの調子よ。だからあれが素の陛下。可愛らしい方だと思わない? 始めて会った時にあんな感じで話掛けられたの。あなたなら信用できるから、私のそばにいてって」
「はあ」
「負けたのだからひどい目に遭うのかと思っていたのに想像と違い過ぎてね、断る余地なんてなかったわ。その時おっしゃった通り、私の前では素で接してくださるの。それがとても可愛くって」
「陛下が可愛いと――美人という認識は存分に持っていたけど、余計に気になってしょうがないよ」
「ふふふ。でも陛下についてあまり話しては信用を失くしてしまうからこの辺で。あなたたちも忘れてね」
秘書官と同じように面喰っている侍女付きの女中は、二人同時に大きくうなずく。
話しの続きを聞きたそうな秘書官は、ぐっとこらえて侍女と共に控え場に就いた。
Szene-03 カシカルド城、王室
王室内では、話が続いている。ローデリカの調子に乗せられているダンは、もはやクセとなっている後頭部掻きをしながら答えた。
「お前なあ――いちいち俺で遊ぶな。ヘルマよりたちが悪い」
「そうなの!? なーんだ、ちゃんとヘルマはダンと仲良くしてるのね。よかった、ヘルマは笑顔がきれいだからいつでも笑っていて欲しいの」
急に矛先を向けられたヘルマが肩をすくめる。王室に入ってからはずっとローデリカの勢いに圧倒されていて言葉が出ない。他の者も同じ様子だが。
だが、ダンに関する話題に混ぜ込まれたことでヘルマは口を開いた。
「ダン様、私はたちが悪いのですか?」
「あ? あ、いやそういうことではなくてだな、その――俺をいじるという意味で」
「――それならいいです」
二人のやり取りを見て、ローデリカが噴出し笑いをした。
「あっはは! ダン、愛されてるじゃん。それなら私は必要ないって。友達以上は続けるからさ、ヘルマと仲良くしなよ」
「な!? お前何を――まったく、人の気も知らないで」
「ダンの気持ちを知っているからはっきり言っているのよ。これでもアウフの次に並んでもらっているつもりだけど」
ダンは天を仰ぐ。見えるのはローデリカを気に入った町から寄贈され、天井に飾られている絵画だが。
アウフリーゲンとダン、そしてローデリカがツヴァイロートを落とした時に剣先を合わせている姿だ。
「あいつの次――か。逝っちまったから勝てねえ」
「ああ、それは無理ね。私はエールタインちゃんを産んだ気になっているぐらいだけど、本当に産んだのはマルガレーテさんだから」
ヘルマに続いて混ぜ込まれたエールタインが、母親の名前も耳にして両肩をビクッとさせた。
「お前も勝てない相手がいたな。お互い様になるのか?」
「そうしときましょ。勝てないと思ったら無視をしろ、勝てるヤツが相手だ――よくアウフに言われたでしょ」
「ははは、懐かしいな。戦闘が始まると欠かさず言ってたよな。弱腰な気がしたものだが、勝てるヤツに勝っていたら、勝てないと思っていたヤツは仲間のいない雑魚になっている。妙に納得させられた」
ダンとローデリカの話しが途切れずに進んでゆく。エールタインはティベルダの手をしっかりと握り続けつつ、ずっと知りたかった生前の父親話が聞けて嬉しそうにしていた。
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