第三十三話 卑劣、哀愁、情愛
Szene-01 スクリアニア公国、ヴェルム城
「お連れしました」
スクリアニア公の指示通り、家臣はザラ夫人を連れてきた。ザラはスクリアニア公の前で、震えながら立っている。
スクリアニア公は、黙って震えているザラをいきなり殴りつけた。ザラは殴られた勢いのまま床に倒れる。
「あっさり倒れる弱さ、能力は無い。あの時逃げ遅れたようなヤツならそんなものか。おい、子供たちの面倒は見ているんだろうな?」
ザラは床からよろよろと立ち上がり、震えながら答える。
「は、はい。とても元気に育っております」
「あ? 元気なだけか。後継ぎとして任せられるよう育てよと言ったはずだ。子供は黙っていても元気なものではないか」
スクリアニア公は頭を振ってため息をついて続ける。
「あー、お前と話をしていると頭がおかしくなりそうだ――うむ、いつものことだったな。ところで、レアルプドルフへ攻め込む時はお前にも動いてもらうからな」
ザラは両肩をビクリと跳ねさせて驚き、顔をそむけた。
「何も難しくは無い。ただ先頭に立っていればいいだけだ。壁なんぞを作りおったのでな、前よりも攻めにくくなった。壁に手こずっているうちに魔獣が現れては困る。お前の故郷を手中に収めるための作戦だ。わかるだろう? 上手くブーズの民どもを抑えれば誰も傷つかずに済むぞ」
スクリアニア公は、あたかも穏便に戦を進めようとしているような言い回しをするが、家臣たちは疑いの眼差しを向けていた。
Szene-02 レアルプドルフ、ブーズ
エールタインたちがカシカルド王国へ向かったため、仕切る剣士が不在となっているブーズ。
民はエールタインからの指示である、町壁の増強をしつつ寂しさを口にしていた。
「エールタイン様とルイーサ様は無事に着いたのだろうか」
「そりゃあご無事に決まっているだろう。大型魔獣を討伐に賊の退治という実績がある。まあ賊に関してはティベルダが暴れたからだけどな」
「そのティベルダはブーズの子。ヒルデガルドも魔獣を手懐けられるうちの子だ。その二人がお供してりゃあ無事に決まっている」
「いやいや、その前にダン剣聖が一緒だ。レアルプドルフの中でも有名な強者集団が向かっているんだ。何かがあるわけないさ」
「今この町にはその強者が不在なんだよな。エールタイン様のお顔を見ないと落ち着かなくなっているし」
「お前は美人が見たいだけだろ? エールタイン様とルイーサ様は十五歳だぞ。いい歳したお前には夢しか見られねえよ」
壁の増築と増強を進める作業者たちは、すっかりエールタイン達がお気に入りなようだ。
男女問わず美少女の話に花が咲く。
「さあさあ、口じゃなく手を動かしなよ! うちらの作った物を見た時に、その美少女たちがにっこりする姿を見たくないかい? あたしゃルイーサ様のお顔が緩むところをぜひ見てみたいがね」
「あんたはルイーサ様派かあ。あの方も美人だよなあ」
「おいおい、そのお二人に付いているうちの子二人も結構可愛いぞ」
「あ、出た出た。うちの子びいきが出て来たよ」
「なんだよ、お前はうちの子が可愛くないってのか?」
「ブーズの子が可愛くないわけないでしょ。あたしだってね――少しいじりゃあそこそこいいさ」
「ぷっ、頑張ってそこそこだなんて自分で言うなよ」
エールタイン達が訪れるまでは暗い空気が流れ続け、ひたすら奴隷教育をしていたブーズの民。
今では明るい声が響くことが日常となっていた。
その明るさの源はエールタインたち。彼女たちの話をすることで、寂しさを紛らせることが日常になりつつあった。
Szene-03 ハマンルソス山脈、街道峠野営地
峠の野営地で一夜を明かしたダン一行は、明け方に全員が目を覚まして出発をするところだ。
モゾモゾと各人が身を起こしていく中で、ルイーサはヒルデガルドの肩越しにアムレットを覗き込んでいた。
「私はほとんど起きている姿しか見ていないから新鮮だわ。目を閉じたアムレットもいいわね」
アムレットは顔だけ出して、体にはストールが巻かれている。
「ティベルダの髪の毛に触れてからはずっと眠っています」
自分の名前が聞こえたティベルダは、ヒルデガルドへ振り返って問う。
「私、何かした?」
「ううん。アムレットが寝ている話よ」
「わあ、かわいい! どうしたの? 疲れちゃったのかな」
寝ぼけ眼だったティベルダは、すっかり目が覚めたようだ。声にも張りがあり、重たげだった体は嘘のようにサクサクと動いている。
「ティベルダは髪の毛でもヒールが使えるの?」
「うん。エール様の体に掛かっていた時も効果があったって聞いたから――そうですよねエール様?」
エールタインは着衣を直しながら、ティベルダからの急な問いに答えた。
「そうだね。初めは手だけなのかと思ったけど、一緒に寝ている時に全身が温かくなったんだ。それで気付いたんだよ、手だけじゃないんだって」
盛り上がりつつある四人の会話に、ダンが割り込んだ。
「こっちは準備が済んだが、行けるかあ?」
「あ、すみません。すぐに準備します」
ダンは腰に手をやって、意地悪な笑みを浮かべている。ルイーサたちが慌てて動き出すのを横目に見てから、朝焼けの広がってゆく空を眺める。
ダンと同じ早さで準備を済ませているヨハナとヘルマも、ダンのそばに寄って朝焼けに目をやった。
「いよいよ会うのですね。何かと伝言でのやりとりはありましたけど、実際にお会いすると思うと緊張します」
「ほう、ヘルマは緊張しているのか。ヨハナは?」
「私はアウフ様の代わりにエールタイン様についてお話するだけでしょうから、それほど緊張はしていません」
ダンは至って普段と変わらぬ表情のヨハナを見て納得し、ヘルマの顔を覗き込む。
「どうもヘルマは何かを意識し過ぎているようだが――俺と同じようにお前のことも知っている相手だ。あいつは俺たち二人を同等に扱うし、元々緊張するような相手ではないだろ」
「そう……ですね。実際に会えば気持ちが変わるかもしれません。それまでは――」
ヘルマの後ろからヨハナが両肩をつかんで言う。
「ダン様、ヘルマは従者ですから緊張して当然です。私の現主人はエール様とも言えます。アウフ様ではなく、エール様の従者と考えれば少し緊張しますよ。それでもティベルダがいますから、緊張も軽く済むのです」
ダンはヨハナの語りに負けを認めるように、片手を振って見せた。
「わかったわかった――従者であるし、女性でもある。女性同士にしかわからないことがあるということだな。俺が一番苦手なところじゃないか。ヘルマよ、いまさら言う事ではないが、何か困ることがあったら遠慮なく言いなさい。いいな?」
ヘルマはダンの言葉に大きくうなずき、ヨハナはヘルマの肩をギュッとつかんで言った。
「よかったじゃない。久しぶりにダン様の優しい言葉を聞くことが出来て、私も嬉しいわ」
三人のやりとりを見ている二組の少女デュオは、キョトンとした顔をしている。
キョトンとした四人の中で唯一、三人に割り込めるエールタインが言う。
「なんだかさ、ヘルマも色々あったんだね。思いが湧き出て困っているんだよね。ダンに言い難いことがあったらさ、ボクでよければ聞くからね。ヘルマが元気無いのは心配しかないもん」
「エール様――」
エールタインはヨハナごとヘルマを両手で抱えた。つられるようにして、ティベルダもエールタインごと三人を抱えようと両手を大きく広げる。まったく届かないが、気持ちは全員を抱えているようだ。
「やれやれ、また時間が掛かっちまった。そろそろ出発してもいいか?」
ダンは、自宅での様子と何ら変わらない光景に、呆れと安堵の混ざった複雑な笑みを浮かべている。
「あの中に入りたいと思うのは間違いかしら」
「いいえ、私も同じ思いですので間違いではないかと」
朝焼けを浴びるルイーサとヒルデガルドの足元で、目覚めたアムレットが尻尾を大きく振って主人の気を引いていた。
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