第八話 従者の里へⅠ
Szene-01 レアルプドルフ、グレンゼ川東岸
レアルプドルフはグレンゼ川と呼ばれる川が町を東西に分けるように流れている。
西方から流れがあり西側地区の外側を回り込んで町に入り込み、東西に分けるように縦貫。
西側には剣士が住み、東側にはブーズがある。
エールタインはティベルダの実家を訪れようと東西を結ぶ橋を渡りきったところだ。
「まだ人が少ないようですね。でも念のためここからは道を変えましょう」
ティベルダの案内でブーズ内に入ってゆく。
ブーズは深い森に囲まれている。
街道を進んでも森を抜けることになるため、人は少ないはずだ。
しかしティベルダは街道から外れるように主人を引率する。
「石を西へ運ぶ人が来るかもしれないので」
「かまわないよ。初めてだからティベルダに全部お任せだ」
「ここをご主人様と歩くなんて、夢にも思いませんでした」
寒期の訪れたレアルプドルフは気温が一気に下がり、雪がちらつき出している。
二人は衣類の枚数を増やし、露出部分を極力減らすようにしているのだが……。
「ティベルダ、大丈夫?」
エールタインの前を歩くティベルダは振り返らずに答えた。
「なるべく歩きやすい所を選んでいるのですが、進みにくくてごめんなさい」
うっそうとした森の中。
ティベルダは出来るだけ移動しやすいような場所を探している。
「ありがと……そのことでは無くってさ、寒くないのかなと思ってね」
エールタインはティベルダの服装について言っているようだ。
膝下まであるロングブーツからスカートの裾にかけて太ももが見えている。
「雪も降ってきましたからね。毎年一度は来るし、少しの間ですから」
レアルプドルフは年中十度から十五度ほどの地域。
ただ、年に一度寒期が二週間ほど訪れる。
この時期は気温が氷点下になることもあるほどで、当然雪に覆われる。
よって他の国や町からの行商人が激減する。
しかしブーズの民は生活のために採石した石や干し肉などを売りに西地区へ出向くことがある。
「うーん、可愛いからボクはいいけど」
「どうしたんですか?」
「脚だよ、あーし」
エールタインは毛束がついている手袋でティベルダの太ももを指した。
「これですか? 以前エール様に可愛いって言ってもらえたので」
「可愛いよ。でも冷えるのは良くないからタイツぐらい履きなよ」
ティベルダは歩みを止めて主に振り向き、心配そうな面持ちで尋ねる。
「……見えなくなりますけど、いいんですか?」
「身体を壊すよりよっぽどいいよ。それに家で見られるし……いや、今のは忘れて」
「忘れません!」
オレンジ色の目を爛々とさせて主を凝視するティベルダ。
エールタインは苦笑いをしてお願いをする。
「忘れてよ、恥ずかしいからさ。それにしても、なんでオレンジになっているの?」
「目ですか? この脚を冷やさないようにしているからかな」
どうやらティベルダはヒールで冷える脚を守っていたようだ。
「そんなことで力を使わないの! 疲れちゃうよ」
「疲れたらキスしてもらえばいいですから」
「まったく、ワザとした時はキスしてあげないよ」
「え!? そ、そんな……」
主の言葉に驚いたティベルダは一転寂しそうな顔になった。
そんな従者に近づいていくエールタインはゆっくりと抱きしめる。
「気持ちはすごく嬉しい。でもね、能力は大事にして。使うべき時に発揮できなければ二人とも危険なことになるから」
主人に優しく抱かれるティベルダは徐々に表情を戻してゆく。
「エール様、私の事好きですか?」
「主人を恥ずかしくさせるから困った子だけど、大好きだよ。はあ……これを言うのも恥ずかしいんだからね!」
「えへへ。エール様はお優しいからつい甘えてしまいます」
エールタインがティベルダの顔が見えるように抱えを外す。
「このままじゃ凍えてしまう。ヨハナ特製のタイツを履いて先へ進もう」
鞄からタイツを出して履いていくティベルダ。
エールタインもブーツの脱ぎ履きを手伝ってあげている。
「ごわごわしていてあまり好きじゃないんですよね。ヘルマさんはいつも履いているけど」
レアルプドルフは剣士の町なだけに良い材料が手に入る。
剣聖であるダンの元で暮らしていたのだから特に良いものを身に着けているはずだ。
「普段から履いていれば気にならないんじゃない? ティベルダはあまり着込まないからでしょ」
「着込めるだけの衣類がありませんでしたから。今はいっぱい着させていただいてとっても嬉しいです」
人目を忍ぶために入り込んだ森は、寒さを心で温かくする二人を包み込んでいた。
Szene-02 レアルプドルフ五番地区、ルイーサの新居
ルイーサの新居ではヒルデガルドとメリアが頑張り、引っ越しは完了していた。
「なんとか寒期に間に合いましたね」
「家に籠ることから始まるなんてね。修練とエールタインに会うことしか考えていなかったわ」
ヒルデガルドはクスクスと笑う。
そこへアムレットが何処からともなく二人の前に現れた。
「アムレット!」
ヒルデガルドがしゃがんで手を差し出すとアムレットは軽快に飛び乗った。
「随分長かったじゃない。楽しかったの?」
後ろ足で立ったまま鼻をヒクヒクと動かしているアムレット。
尻尾もフサフサと揺らしている。
「あら。前とは場所が離れているから大変そうね。でもこの場所は気に入ってくれたのね」
ルイーサはアムレットを近くで見たいのか、傍でしゃがんだ。
「あなたにとっても引っ越しなのよね。色々あるのかしら」
「近道探しと連絡網の作り直しをしていたようです」
「人と同じようなことをしているのね」
そう言いながらアムレットの尻尾を触り始めるルイーサ。
そんなルイーサを見てまたクスクスと笑い出すヒルデガルドだ。
「尻尾、いいですよね」
「毛並みがいいから触りたくな……主人として頑張りへの報酬よ」
笑いが止まらないヒルデガルドだが、アムレットが教えてくれたことを付け加えた。
「ルイーサ様、一つ情報があったようですよ」
「何かしら」
「エールタイン様がブーズへ向かわれているそうです」
尻尾から頭へと撫でる場所を変えてルイーサは言う。
「ブーズへ?」
「はい。ティベルダちゃんの生家に」
「大丈夫なのかしら。剣士に否定的な民が多いと聞くけれど」
ヒルデガルドはアムレットをルイーサに持たせる。
ルイーサは手のひらに乗ったアムレットを目線の高さに持ち上げた。
「無理ならティベルダちゃんが止めるはずなので、たぶん大丈夫なのだと思いますが」
ヒルデガルドは上目になり想像しながら答えた。
エールタインのことを気にしつつもアムレットを構うことが楽しくなっているルイーサであった。
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