第七話 新人剣士の門出

Szene-01 エールタイン家


 新居への引っ越しも無事に終わり、手を貸したヨハナはダン家に戻った。

 その後エールタインとティベルダは寝床へと倒れ込みに向かっていた。


「新しい家だー」


 その言葉を掛け声にして二人は寝床へ横になった。


「今日からここに住むんだね。仕事をもらってこなしていかないと」


 寝室の天井を見ながらエールタインは言う。


「この家での生活とティベルダの実家へ送る分を稼がないといけないからね」


 これまではダンが全てを賄っていた。

 見習い剣士とその奴隷は師匠が面倒をみることとなっている。

 仕事をしてはいけない見習いなのだから当然なこと。

 しかし剣士に昇格したからには、エールタインが自分でやりくりしなければならない。


「役場へ行く前にティベルダの家に行こう。一言でもいいから家族の方に挨拶をしたいんだ」


 ティベルダは隣で横たわる主人の真似をして天井を見ながら答える。


「うちの家族は大丈夫ですけど、ブーズは剣士に厳しい方が多いです」


 剣士が奴隷の扱いを履き違えたことで、奴隷を送り込むブーズの住民も剣士に対して嫌悪感を抱くようになっていた。

 徐々に奴隷の扱いが変わっていくようになり、比例して嫌悪感を持たない民も増え始めている。

 とは言え、一度崩れてしまった関係はそう簡単には戻らない。

 それを危惧するティベルダである。


「私の家には人目に付きにくい行き方で行きましょう。少し大変ですけど案内しますね」


 エールタインは仰向けのままティベルダの手を握り、親指で撫でる。


「ありがと。ボクもいきなり意識を変えられるとは思っていない。ティベルダのご家族が否定的で無いだけでも十分助かる」


 引っ越しが完了し、手を握り合って安心したのか二人は横になったまま眠りに就いた。


Szene-02 レアルプドルフ南北街道、五番地区前


 足音を鳴らす少女と荷物を持った少女がわき目も振らずに歩いている。


「ルイーサ様、そこの道です」


 歩く速度はそのままに、五番地区内を通る道へと入る二人。

 ルイーサとヒルデガルドである。


「随分のどかな所になるわね」

「三番地区よりも住んでいる方が少なくなりますから」


 レアルプドルフの繁華街から北東に位置する五番地区。

 剣士の新居としては不人気な地区だ。


「人は少ない方が助かるわ。修練する場所も広くなるし、他の剣士とは違う動きがしやすくなるもの」

「そうですね……ルイーサ様、あの茂みのようです」


 草原の中に点々とある茂み。

 そのうちの一か所が目的地のようだ。


「いい感じね。エールタインが通るときは絶対に分かるわ」


 目的地としている茂みはエールタイン家と街道との中間に位置する。

 二人は茂みの方へと足を向けるが歩みの速さは変わらない。

 目的地に近づくと、茂みに囲まれるように住居と思われる建物が現れた。

 その前で立ち止まったルイーサは、いったん両手を腰にやり周囲を眺めてから建物に入っていった。


「多少の修繕は必要そうね。でもこれなら希望を満たしているわ」

「アムレット、行ってみる?」


 カバンから出したアムレットに聞くヒルデガルド。

 アムレットは床に降りるとそのまま外へ走っていった。


「あとはあの子が茂みを気に入るかどうかね」

「ここに着く前では嫌がる様子は無かったのでたぶん大丈夫だと思います」


Szene-03 ダン家


「はあ……」


 暖炉前の椅子に座ってため息をついているヨハナ。


「はあ……」


 ため息をつく度に左右にうな垂れている。

 そんなヨハナにヘルマが声をかけた。


「なによ、ため息ばかりついて」


 ヨハナは頭の後ろを椅子の背もたれに乗せ、首を反らせてヘルマを見た。


「だって、家の中が静か過ぎると思わない?」


 少し苦しそうな声で言われたヘルマが答える。


「まあ、そうね。寂しい?」

「そりゃ寂しいわよ。エール様とは今まで離れたことが無かったもの」


 ヘルマはヨハナの頭へ手をやって元へ戻させ、ヨハナから一脚分離れた椅子に座る。


「あなたはあっちの手伝いもするでしょ。別に毎日行けばいいじゃない」

「せっかく二人になったのに、なんだか悪いじゃない」


 少し笑みを浮かべてヘルマは言う。


「二人は仲が良いものねえ。でもあの二人の方が寂しく感じることもあるんじゃない?」

「そうかしら」


 暖炉で燃えている薪が、爆ぜる音を出している。

 ゆらゆらと揺れる炎により二人の顔に明暗が付く。


「そうでなくても、ヨハナに来られて嫌がる二人ではないでしょ。なんならあっちで夜を過ごしてもいいのだし」

「そっか。今がやたら寂しく感じているだけね。私がエール様に依存していたのね」

「んふふ。確かにエール様は明るいから、いないことを実感しやすいかも」


 二人の従者はこれまで仕えてきたダン家の変化を感じる夜となったようだ。

 その後も暖炉の火が消えかけるまで話は続いた。

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