第二十九話 魔獣討伐Ⅳ

Szene-01 レアルプドルフ、西側山中


 剣の音や走って跳んで降り立つ足音がひびき渡る。

 その中に魔獣のうなり声が混じっていた。


「ティベルダ、音が聞こえてきたね」

「ええ。剣士様たちの邪魔にならないように気を付けましょう」

「うん。その一言助かるよ。この勢いでそのまま魔獣に突っ込む気だった」

「やっぱり。無事でいることを優先して動けと習いましたので」


 ティベルダは父親に厳しく育てられた。

 いや、厳しい訓練を強いられて能力の高い奴隷として育てられたと言うべきか。


「ティベルダはしっかり訓練を受けてきたんだなあって感心するよ。どの子もいっぱい訓練してきているんだろうけれど」

「今となっては訓練のおかげでエール様のお役に立てるのかもって思えてきました」

「いてくれるだけでボクは助かっているよ。訓練に耐えてくれたからこうして出会えたんだ。ありがと」

「またですか? 私はもうエール様のとりこですから、そこまでがっちり掴まなくても……」


 エールタインがその場で足を止めた。

 魔獣討伐の場に到着したためであるが他にも何かあるらしい。

 ティベルダと向き合い、両腕を軽くつかんだ。


「あのね、とても温かい気持ちにさせてくれるティベルダを絶対に離したくないんだよ、絶対に」

「エール様……」


 エールタインはティベルダをガシッと抱きしめてすぐに離れた。


「さてと。魔獣が思ったより大きいけどダン達が随分弱らせたみたいだね」

「剣士様たちの限界も近いようですね」

「うん。来て正解だったと思う。いくよ、ティベルダ!」

「はい!」


 ティベルダの背中にポンッと手を当て、エールタインは戦闘開始の合図をした。


Szene-02 レアルプドルフ、西側森中獣道


 エールタインたちの後を追うルイーサ一行。

 ヒルデガルドがルイーサを連れて行く形で走っていた。

 体力の消耗が極端に少ないヒルデガルドは驚異の持久力である。

 途中で主人の大剣も持つが休まずに走り続けられる。


「あなたのその力、分けてもらえないかしら」

「できるならぜひ差し上げたいのですが、能力が無くなると私の価値がなくなります。明日から野宿生活になるのでこのままではだめですか?」

「ちょっと! 能力とかそういうことであなたのことが好きなわけじゃないの……まったく、ちゃんと私のことをわかってよ!」


 引っ張られたままそっぽを向くルイーサはつまずいて転びそうになった。


「あっ!」

「ルイーサ様! 足は大丈夫ですか!? お許しください、変な事を言ってしまいました」

「困った子ね。あなたがそんなことを言うから転びそうになったのよ。気を付けてちょうだい」


 ヒルデガルドは深々とお辞儀をする。

 改めて主の手をつかみ再び走り始めると魔獣の声が聞こえてきた。


「もう到着していたようです」

「そのようね。剣を持つわ」


 大剣と一緒に巾着袋を受け取って袋は腰に装着したルイーサ。

 否が応でも戦闘意識が高まる。


「では参りましょうか」

「はい」


 もう一組、魔獣討伐に参加することとなった。


Szene-03 レアルプドルフ西側山中、ギャップ


 短剣を二本持って走り回るエールタイン。

 その動きに合わせて立ち位置を変えるティベルダ。

 見習い剣士が実戦に参加した瞬間だった。


「おい、エールじゃないか! 何故いる!?」

「ごめーん! きこえなーい!」


 エールタインは魔獣の後ろに回り込みながらダンに答えた。


「あいつ……やりやがったな」

「エール様は我慢ができなかったようですね」

「そこを我慢するのが見習い剣士の仕事だろうに」

「あきれているうちに弟子が手柄を横取りしそうな勢いなのですけど」


 エールタインは短剣を一本腰に戻しながら大きく空中へ跳び上がり、魔獣の首根に向けて一刺しして即離脱した。

 着地するとそのまま助走も無しに跳びあがり、魔獣の左わき腹を蹴って右肩に乗る。

 ベーアが左を向いた瞬間、頸椎に横一文字の斬り込みを入れてゆく。

 血が噴き出し、ベーアが首を触ろうと両腕を振り回す。

 巻き込まれそうになりながらエールタインは肩を蹴って着地した。

 離れた位置からティベルダの声が届く。


「エール様!」

「大丈夫……ちょっと無理したけど」

「いきなり無理をしないでください! 私が連携取れないですから」


 血を浴びたエールタインがティベルダの元へ退避する。


「ごめーん。一気に仕留めることしか思いつかなくて」

「もお。無事でいることが優先だと言ったのに。私を心配させないでください」

「ごめんって。ティベルダは怒るのもかわいいね。それだけでもヒールをしてもらった気になるよ」

「ごまかしてもだめです! 次やったらヒール使いませんよ!」

「えーっ!? わかったよ。でもさ、ボクの特徴を生かそうと思うととにかく速さなんだよね。剣の扱いが下手だからなおさらなんだよ」


 ティベルダは両ひざをついているエールタインの前にしゃがみ込んで首を傾ける。

 何やら考え始めたようだ。


「対人戦じゃないとあの方法は使いにくいし……今後の課題ですね。帰ったら一緒に考えましょう。実は私も後方支援をどうしようか困っているので」

「しょうがないよ。ボクたちは二人での修練をほぼしていないんだから」


 ベーアがもがいている所へルイーサ達が到着した。


「ルイーサ様、あちらにエールタイン様が……」

「血まみれ!? 行きましょう!」


 エールタイン達を見つけたルイーサ一行は急いで近づく。


「あなた、大丈夫なの!?」

「ルイーサさん!? 任務はどうしたの?」

「エールタインさんに言われたくないわね」


 大剣を鞘に入れて背中に背負うと両腕を腰に当てるルイーサ。

 ヒルデガルドはティベルダに軽く会釈した。


「あなたとお話の約束をしているでしょ? 破られては困るから来たのよ」

「そのために!? なんだかルイーサさんってすごいですね」

「すごいって何よ。あんまりいい言葉じゃないのだけど」


 ティベルダがヒルデガルドの腰をジッと見つめている。

 ヒルデガルドもそれに気づいて鞄を指差しながら目で問う。

 それにうなずくティベルダ。

 ヒルデガルドは静かにティベルダのそばに寄ると、こっそり中身を見せた。


「かわいい! やっぱり魔獣が入っていたのね」

「怖くないの?」

「ヒルデガルドさんが持ち歩いているなら大丈夫なのかなって」

「よくわかったわね」

「私たちは魔獣の気配が分かるでしょ?」

「あなたも東地区出身なのね。話しが合いそうで良かった」


 ダンとヘルマが二組の見習いに声を掛けた。

 とても魔獣を前にした行動ではないからであろう。

 ベーアは後ろ足を曲げて倒れる寸前になっている。


「おいお前たち! 怪我でもしているのか?」


 その声に四人とも振り返る。

 エールタインが返事をした。


「ごめーん! ダンは大丈夫なの?」

「なんで弟子に心配されなきゃならんのだ! まったく、無茶なことをしやがって。叱るのは後にするとして、今はこいつにとどめを刺すぞ!」

「叱られるなら配置に戻りまーす!」

「馬鹿者! ここまで来て冗談を言うんじゃない! やるぞ!」


 ヘルマはダンの後ろでクスクスと笑いが止まらない。

 とても討伐現場とは思えない状況に笑うしかなくなったようだ。

 全員が倒れる寸前のベーアを見る。

 見習い二組はすぐに戦闘態勢へと切り替えた。


「ルイーサさん。あれなら一気にいけそうだよね」

「そうね。放っておいても良さそうだけど、回復されても困るわ。やっちゃいましょう」

「同時に行く?」

「いいわよ。あなたは短剣だから急所と思われる所を刺して回って。私は大剣だから大きな傷を集中するわ」

「わかったよ。じゃあ後で」

「ええ。魔獣の反撃には注意しなさいよ」


 それぞれのデュオが狙いの場所へと移動していった。

 ダンとヘルマも傷ついている箇所へ次々に追い打ちをかけ始めた。

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