たんぽぽな二人
りゅうあ
序章 ライオンの歯
イタリア。地中海の国。
マフィアが多く存在し、街で力を持っている国。ソッフィオーネ ファミリーもまた、それらの中の一つの勢力であった。ソッフィオーネのドンには二人の子供がおり、一人は長男であるダンテ・ディ・レオーネ。ダンテには妹が一人いた。
妹はファミリーから愛情をたんと与えられ、対してドンを継承しうる長男であるダンテは、幼少期からずっと厳しさという愛をこれまでかというほど与えられ続けた。その結果。
「不公平だ‼ オレ出ていく‼ 追いかけてこないでね‼」
ダンテはそう吐き捨て、着替えすら持たず、最低限の荷物だけでファミリーを出て行った。それが、ダンテ二十三歳の頃。
そして、たどり着いたのがニホン。
二十三にもなれば、外国でもやっていけると思っていたダンテであったが、ニホンの英語使用率の低さと、自身のイタリア訛りのせいでコミュニケーションが全くと言っていいほど取れなく、困り果てていた。
ニホンにたどり着いてから、刻々と日は暮れていく。空港でユーロを円に換えたところまでは何とかなったが、何がいくらなのかがよくわからなかった。途方に暮れ、公園のベンチに座り込み、ゴミ箱をつつくカラスを眺めていた。
やっぱり、イタリアに戻ろうか。どうせ、逃げられないんだ、とあきらめて立ち上がろうとした時。
『大丈夫ですか?』
頭上から流暢な英語が聞こえ、顔を上げる。
そこには、心配そうにダンテを眺める若い男の姿があった。反応がないダンテに首を傾げ、さらに続けた。
「あ、英語……じゃない、のかな。じゃあ、チャオ、とか…?」
「!」
突然出てきた母国の響きに、ダンテは目を輝かせた。この人なら、話が分かるかもしれない。
『そう! オレ、イタリア語しかちゃんと話せないんだけど、君わかるの⁉』
目の前の人物にずっと詰め寄って、肩をつかむ。いや、初対面でやりすぎているのは普段のダンテならわかる。けれど、今日本という異国で独りぼっちだった心に、彼の存在は大きかった。
逃がしたくない。その一心で彼の肩をつかんだ。
『え、と…。はい、少しなら』
『本当に! よかった!あのね、オレ迷子なんだ』
ダンテの言葉に、男は怪訝そうな顔を向ける。そういえば、ニホンジンは警戒心が強いと聞いたことがある。そっと肩を離し、ダンテは縮こまった。
『あ、怪しくないよ、その、家出して…きて…』
『家出』
復唱する男に、ダンテはうなずく。男は、ふと一考したのちに、軽く笑んで、ダンテに手を差し出した。
『まあ怪しいのは変わりないけど困っているみたいだし、いいよ。僕の家においで』
一瞬何を言われたのか、なぜ手を差し出されているのかダンテにはわからなかった。けれど、彼の春の木漏れ日のような笑顔に目を奪われたのは、確かにダンテにはわかった。
『僕は鼓 奏。あなたは?』
ツヅミ、ソウ。と、ダンテは小さく唱える。彼はそれが聞こえたのか、うんと頷いたような気がした。
『オレは、……好きに、呼んでいいよ』
名前を告げると、なんとなく自分のイタリアでの生活を知られるようで、告げるのは怖かった。
ダンテは、奏につられたように少し微笑み、差し出された手を握る。しかしその手はやさしく握り返される…どころか、ぎりぎりと音がなりそうなほどに握りしめられた。
『いっ、た…⁉ な、なに⁉ ソウ⁉』
『怪しいと思っているのに変わりはないから、ちょっとでも不審な素振見せたら警察に突き出す。で、名前を聞いたんだけど答えてくれないの?それとも、名前を聞かれるのに何か不都合がある?』
『ケイサツは困るよ!』
じゃあ答えて、と握る力が緩められる。
『どうしても言わなきゃダメ?』
『……。わかったよ』
そっと離された手を、どこか名残惜しく。ダンテは思わず、彼の手首をつかんだ。
奏は驚いたようにダンテを見る。
『大丈夫、警察に言うのは冗談だよ。でも、本当に家出だったら言わないとだね』
『名前を、言って。…もし、ソウが怖がったら嫌だから、言いたくない』
捨てられた子猫のような顔をするダンテに、奏は困ってしまう。怖がったら、と言われても。名前ぐらいでなにか変わるものなのだろうか。
ふと、奏は自分の手首をつかむダンテの指輪が目に入った。よくは見えなかったが、かすかに読めるのは《ファミリー》という単語。
イタリア、そしてファミリー。日本でも、イタリアンマフィアを題材にした作品はそう少なくない。想像に至るのに、そう難しくはなかった。
「じゃあ、あなたは今日から僕のペットってことで。ポチにしようか」
「ポチ?」
奏が急に日本語を話したせいで、「ポチ」しか聞き取れなかったダンテは、それが自分を示しているなんて、つゆも知らない。
「よろしくね。ポチ」
五月、二人の出会いの話。
梅雨になる前の、出会い。
たんぽぽな二人 りゅうあ @Ryuahiyo5
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