35 信頼
生徒会室を出た俺は、人気のない場所まで移動すると、通信の魔道具でラヴィニアに連絡を取った。
「――と、いうわけでレアのやつに協力することになった」
「なるほど……分かりました」
一応報告を上げておく。情報の共有は大事だ。
ラヴィニアにとって俺は武器であると同時に弱点でもある。俺の出自がバレることは、ラヴィニアの破滅に繋がりかねない。
しかし、ラヴィニアは言った。
「お任せします。それこそ、オルブライト家の当主を暗殺しようと構いませんよ」
「何を……言ってる?」
任務でもなく公爵家当主を暗殺なんてした日には、ただの犯罪者だ。
無論、今のところはそんなことをするつもりはないが……どういう風の吹き回しだ?
「もしもあなたの正体がバレようと、私がなんとかします」
「なんとかって……」
「いいですか、ノア? これは……信頼です」
ラヴィニアは言った。その声は僅かに熱を帯びている。
「地上に出てきたときに私はあなたに言ったでしょう? アヴローラの名において……あなたを庇護する、と」
「あ、ああ……」
「一年前。ノア、あなたがいなければ私は『
「まあ、そうだな」
ラヴィニアは、あの日俺が助けた女は、続けた。
「ですから、今度は私が助ける番です。あなたの好きなようにやりなさい。後始末は全て私がやります。」
「……感謝する」
「その結果としてたとえ私が破滅したとしても恨みません。そうなったときは、一緒に破滅しましょう?」
「それは嫌だなぁ」
「それで、オルブライト家当主を殺しますか?」
「殺さねぇよ」
やたらと暗殺推しだな。
カーティスに何か恨みでもあるのか。
「いえ、今あの男が消えれば次の当主はジュリアン・オルブライトかレアさんでしょう? どっちが当主になるにせよ、そっちの方が卸しやすいので」
「なるほど。一応言っておくが、今のところは殺すつもりはないからな?」
それに、今の段階で殺してしまったらどっちが当主になるのかわからない。
レアを当主にするという約束に反してしまう。
やはりいずれにせよ、レアを当主に据える一番手っ取り早い方法は――対抗馬であるジュリアンをどうにかすることだ。
「ではどうするので?」
「そうだな。一応、計画はある。ただ、たぶん俺の正体がバレることになるが……大丈夫か?」
「――ええ、全責任は私が取ると言ったでしょう? 私に任せなさい」
□
教室に戻ると、リリーに放課後買い物をするから着いてきなさいと言われた。
護衛としては当然着いていかなきゃならないのだろうが、面倒だなあと俺は思った。
「それで、どうしてコイツらまでいるのかしら?」
放課後。ブティックの前でリリーがようやく、俺らと共に着いてきていた二人の存在を指摘した。
レオンハルトとメリルだ。顔見知りを適当に選んだ結果、謎の組み合わせになってしまった。
「買い物するなら荷物持ちが一人か二人くらいいた方がいいだろ?」
「そこで自分が荷物持ちになろうとしないあたり、あなたらしいわね」
「そんなに褒めなくてもいいぞ」
「これが褒めているように聞こえるなんておめでたい頭ね?」
皮肉の応酬に、メリルが縮こまって俺の服の袖を握る。
それを見て、リリーは嘆息した。
「はぁ、まあ呼んでしまった以上……今更帰れなんていうつもりはないけれど。あら? けどあなた、帰りたそうな顔をしてるわね? 帰ってもいいわよ?」
「言われてるぞ、レオンハルト」
「滅相もございません! 是非お供させてください!」
「あ、そ……」
悲しいすれ違いを見た。
皮肉が一切伝わっていない様子のレオンハルトに対し、リリーは露骨に嘆息した。
「いいわ、ごたごた言ってたら時間がなくなるもの」
「ごたごた言ってたのは全部お前だけどな……」
「何か言ったかしら荷物持ち?」
「いや、今日もリリー様はお美しいなぁと」
「そんなこと一言もいってなかったでしょう」
無詠唱で発動された風の魔術を軽く避ける。
「聞こえてたんなら聞き返すなよ……」
「うるさいわね」
□
なんだかんだでメリルとリリーが楽しげ服選びをしているのを眺めつつ、俺は帰りたいなあと思っていた。
「なあノアよ。俺は今ほど貴様と親友で良かったと思ったことはない」
「俺とお前は親友なのか……?」
「こうしてリリー様と出かけられるだなんて夢のようだ!」
「無視かよ」
レオンハルトがさっきから俺に話しかけてくる。ほとんど聞き流しているが。
「にしてもそんなに入れ込むほどリリーのどこがいいんだ? やっぱ顔か?」
「彼女の容貌が整っていることは否定しないが、そんなことより俺は彼女の性格に惹かれたんだ」
「いやあいつどう考えても最悪の性格してるだろ」
リリーの性格は苛烈だ。他人に厳しく、自分にはそれ以上に厳しい。
少なくとも、万人に好かれるような性格ではないだろう。
「確かに彼女のことをよく知らない貴様にはそう見えるのかもしれないが、彼女はその心に海よりも深い慈しみを持っていることを俺は知っているのだ」
「へー」
「そう、あれは俺がまだ学園に入学する前のこと――」
「回想に入るな」
正直興味がない。
俺にとってリリーはあくまでも……護衛対象だ。
彼女の人間性や過去になど大した興味はないし、どうせ彼女が学園を卒業するまでの付き合いだ。
学園を卒業すればもっと自然な形で護衛をおけるようになるだろうし、わざわざ同年代から選出する必要もなくなるため、晴れてお役御免となる訳だ。
「――だが、元々人嫌いだった彼女には中々お近づきになれなかった。そんなところに今回の件だ。貴様のお陰であるのは癪だが、俺は今とても気分がいい」
「あ、回想終わったのか」
「貴様聞いていなかったのか!?」
「いや、興味ないし」
そもそもお前らを呼んだのはリリーの買い物に付き合うという面倒なイベントを少しは楽にできるかと思ったためなのだが……毒をもって毒を制する的な。
「まーいいか。お前が見張ってるならちょっとくらい離れても大丈夫だろ」
「おい! どこへ行く!」
「何かあったら呼んでくれ」
レオンハルトに言い残し、俺はこの近くにある例の店へと向かった。
先日見つけた
尤も、今は碌に金がないから冷やかししかできないが。
金が……欲しい。
「どこへ行くの?」
「メリルか」
メリル・エンケファリンが、その場を離れようとする俺に声を掛けてくる。
彼女と話しながら、俺は店へと向かう。
「その……この間はありがとう」
「気にするな、むしろお前は俺らの問題に巻き込まれた側だしな」
「けど……それでも、ありがとう。感謝してる」
メリルはその場できょろきょろと周囲を見渡し、聞き耳を立てている者がいないか確認した。
「それで……ニーナは、ニーナに成り代わっていた人はどうなったの?」
「……それについては詮索するな。親からもそう言われたんじゃないか?」
ナイアのことだ。
彼女に利用されていたメリルとしては、あの女が未だに捕まってないことには不安があるのだろう。
メリルには悪いとは思うが、あの女に捕まってもらってはこちらとしては困るのだ。
彼女に対する口止めについてはすでに終えてある。ラヴィニアが。
最初は口封じに殺すという案もあったが、メリル・エンケファリンは仮にも伯爵家の令嬢だ。下手に殺したら騒ぎになるし、圧力をかけて黙らせる方が手っ取り早い。
「うん……」
話しているうちに
リリーたちのいる場所からはそう遠くない。何かあればすぐ駆けつけられるだろう。
俺は店に足を踏み入れた。
□
やはり――
惜しむらくは金がなくて何一つ買えないという点だが……。
店を出て、店の中にまで着いてきていたメリルに俺は訊ねた。
「メリル、さっきお前俺に感謝してるって言ったよな……金、持ってるか?」
「!?」
メリルが何か言う前に、こちらの様子を見に来ていたリリーに俺は思い切りぶん殴られた。
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