16 ローズ
さて、本題である。
そもそも俺は、リリーが『
「最初に言っておくけれど、今から私が話す内容はかなり知られたら不味い話というか……そうね、王家の暗部に関わる話だから、絶対に口外しちゃ駄目よ。特にノア、あなたに言ってるのよ」
「名指しかよ。帰っていいか?」
「駄目に決まってるでしょ」
「駄目ですわよ、ノア様」
咄嗟に帰ろうと立ち上がったが、右足をリリーに踏まれ、左手をナタリアに掴まれて引き止められた。
仕方なく再び席に着く。
「王家の暗部とか知りたくもないんだが?」
むしろ、そういう情報を知った奴らを処理する立場なだけに、知るだけで危険な知識というものがあることを俺はよく知っていた。
「まずどこから話したらいいのか……そうね、今から三年前のことかしら。私の妹、第四王女が亡くなったのを知っているかしら?」
「ええ、確か病死という話でしたが」
俺は知らなかったので黙っていた。三年前というと、俺がまだ『
「ええ、王国側からの発表ではそうなっているわね」
忌々しげにリリーは吐き捨てた。意味深な言い方だ。
「王国側の発表ではって、実際には違うと言いたいのか?」
「ええ――妹は、ローズは、『
苛立ち紛れにリリーが机に拳をぶつけた。
カップに注がれた紅茶の水面が揺れる。
「……『
――なんともまた、共感できる話だ。
俺の場合は殺されかけて自分から飛び込んだという違いがあるにしても、随分と似た境遇であると思った。
話の裏に、俺にこの任務を割り振ったラヴィニアの影がチラつく。
あの女、一体俺に何を求めているんだか。
ラヴィニアがこの件について何も知らなかった――なんてことはまずありえない。
たとえ王国の暗部に位置する情報だとしても、『
そうなると、あの女の企みも見えてくる。
――ラヴィニアの奴、俺にリリーの問題を解決させる気か……?
だが――まあいい。
あの女が何を企んでいようと、最終的に決めるのは俺だ。
それは絶対に譲れない一線である、が――少なくとも、ラヴィニアの奴は俺のことをよく理解しているようだ。
もしもこれがラヴィニア経由でリリーの事情を聞かされていたのなら、俺は大して興味を持たなかっただろうし、ましてや解決を命じられた日には間違いなく断っていただろう。
「リリー様の言葉を疑うわけではないのですけれど、本当なんですの?」
「信じられないのも無理はないわ。私だって、最初は病死だって話をずっと信じてたもの」
リリーはシュガーポットを開け、一個、二個、三個、四個、五個と角砂糖を投入すると、苛立たしげに紅茶を一気飲みした。砂糖入れすぎだろ。
「けど、違った」
「色々と分からないことが多いんだが……まず、第四王女が『
「ローズは生まれつき魔術が使えなかったのよ」
「ほお……なるほど、なるほどね」
思わず動揺してしまった。ここまで親近感を抱く話は初めてだ。
俺の脳裏で想像上のラヴィニアが満面の笑みを浮かべていたので、俺は想像の中でラヴィニアを思い切り殴り飛ばした。
「あー……けど、国王は少なくともそんなことをするような性格だとは思えないんだが? あれはお前らを気持ち悪いほど溺愛してるじゃねえか」
「あなた、お父様と会ったことがあるの?」
「ああ、仕事の都合で何度かな。娘の自慢話を延々と聞かされた。全部聞き流したが」
「お父様ったら……」
リリーは困ったように笑う。
「ですわねぇ、わたくしも以前にお会いしたときには色々と聞かされましたわ。リリー様が王宮で迷子になった話とか、お母様の怪談話を聞いた夜にリリー様がおねしょをしたこととか」
「お父様ったら……!」
リリーは羞恥からか顔を真っ赤に染め、笑みを引き攣らせる。
そんなリリーの様子を見て、ナタリアが恍惚とした表情を浮かべていたため、俺はドン引きした。
「話を戻すわよ」
ぎろり、とリリーは俺とナタリアを睨む。これ以上その話は許さない、とその青い目が克明に語っていた。
「そう、確かにあなたの言うとおりで、ローズを捨てたのはお父様じゃないわ。ローズの母親よ」
「母親……第四王女の母親というと、確か正室の方ですわね」
「ええ」
俺が分からないと思ったのか、横からナタリアが補足する。
国王は正室の他にも確か側室を三人ほど持っている。第四王女の母親と言われてもどの母親だか分からなかったため、助かった。
「ローズの母親は……あの女は、自分の娘が魔術を使えないと分かった途端、それが汚点になると考えて『
「なるほど。ああ、確かに、王妃様は息子の第二王子を次期国王にしようと躍起ですものね」
第一王子派と第二王子派の対立については俺も耳にしたことがある。それに関連した『
この国での王位継承権は基本的に母親の正室側室の区別はあまり関係なく、男子も女子も含めて、年長の者から順番に継承権が優先される仕組みになっている。
そういう意味では、第二王子の継承権は……二番目になるのか? いや、王女も継承権の順位に含まれるから、二番目とは限らないのか。
「二番目で合ってますわよ。第二王子が今学園の四年で、第一王女も同じく四年ですけれど、生まれた順番で第二王子の方が継承権は上だったはずですわ」
「なるほど」
というか心を読むな。
「理由は分かった。第四王女が魔術を使えないというのが世間に――特に貴族の間で知れ渡ったら、第二王子の継承権争いが不利になるっていう話だな」
かつて俺の父、カーティス・オルブライトや兄のジュリアン・オルブライトは、魔術が使えない俺に対して、同じ血が流れていること自体が汚点であると俺のことを罵倒した。
そういった考えの貴族は決して少なくない。というのも、貴族という存在の根底を考えればそれはわかる。
貴族の権威を象徴するもの――それが魔術だからだ。
貴族は脈々と血を受け継ぎ、その血脈だけに伝わる魔術を研鑽することによって、貴族という平民より上の、特権階級としての地位を維持している。
「胸糞悪い話ですわね。わたくし、そういう考えが大嫌いですの」
「珍しく気が合ったな、ナタリア」
そういった事情を考慮するならば、身内から魔術が使えない人間が出ることは、確かに継承権争いにも関わってくるのだろう――それに納得できるかどうかは別として。
「――私もあなたたちと同じように納得できないのよ。できるわけないわ。だって、妹なのよ?」
「ふん、姉がそこまで想ってくれてるんならそのローズとかいう奴も喜んでるだろうな。他ならぬ俺が言うんだから間違いない」
「何様なのよ。……でもまあ、ありがと」
リリーが嗚咽を堪える仕草をした。
「だけど、やっぱり『
リリーとて理解しているだろうが、一応釘を刺しておく。
リリーはこんなでも容姿だけ見れば美少女だし、目的がリリーの力にある以上は殺されはしないだろうが、捕まった時点で何をされるかわかったものじゃない。
よしんば無事に『
更に奇跡的に『
「分かってるわよ! でも……でも、他に方法が思いつかなかったのよ!」
「そうか」
「王国で管理されている出入り口は警備が厳重で、私一人じゃどうにもならなかったし、かといって他の人を巻き込むわけにもいかないし!」
「そうだな、俺が悪かった」
リリーが感情を爆発させる。
無神経な質問だった。リリーとて、他に安全な手段があれば当然そっちを選んだだろう――他に手段がなかったために、博打じみた手段を選ばざるを得なかっただけで。
……普段の様子からして、もう少し余裕があると思っていたが、実際には内心限界だったのかもしれない。
ついにリリーは嗚咽を零し始めた。
「『
――それは俺も、そして恐らくはナタリアも抱いていたが言わなかった感想だった。
犯罪者の坩堝である『
俺は偶然に――実のところそれが本当に偶然かどうかは疑っているのだが――落ちてすぐにユーフォリアと出会ったがゆえに生き残ることができたが、そうでなければ『
自身を守る力がない者が生存できるような環境ではないのだ。
何度も騎士団による掃討作戦が行われていながらも、未だに攻略が一向に進んでいないというのは伊達ではない。文字通りの魔境である。
けれども――可能性は決してゼロではない。
魔術を使えなかった俺が幸運にも生き残れたように、リリーの妹だって運良く生存しているかもしれない。
だから俺は言った。
「いいぜ、協力してやる」
俺の言葉に、リリーは涙で滲んだ瞳を大きく見開いた。
俺はナタリアを見る。彼女は頷いた。
「今のわたくしはリリーお嬢様のメイドですもの。わたくしにもお手伝いをさせてくださいな」
「ありがとう――」
リリーが指で涙を拭い、満面の笑みを浮かべる。
――俺は思わず、その笑顔に見惚れてしまった。それほどまでに美しい笑顔だった。
「――ナタリア」
「ふふ。どういたしまして、ですわ」
いやいや。
「おい、俺は無視か?」
「ふふ、冗談よ。ノア、あんたにも感謝するわ――そして、存分に力を貸してもらうわよ」
正直なところを言うならば。
『
「任せな」
こんな形であの場所に戻ることになるなんて思ってもいなかったが――どうしてだろうか、悪くない気分だった。
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