13 護衛の方針について
あの後、一応リリーが無事帰宅していたことを確認し終えると、俺も用意された家に戻った。
学園とリリーの邸宅のちょうど中間辺りに用意された小さな一軒家だ。『暗殺星座(ゾディアック)』が保有している物件の一つらしい。
「おかえりなさい」
「帰れ」
その用意された家に帰宅すると、玄関先で待っていたナタリアを見つけて、俺は溜息を吐いた。
「で、何でいる」
「また後ほど、と言ったでしょう?」
「そういう意味で言ってるんじゃないことは分かるよなぁ」
「ふふ、冗談ですわ。わたくしが『
ちなみにこの家に関してはラヴィニアに訊ねたら教えてくださりましたわ、とナタリア。
「そっちの方が冗談だったら良かったんだがな……」
軋む廊下を抜け、居間にあるソファに腰掛けると、埃が宙を舞った。
どうやらしばらく使われていなかったのか、随分と汚れているようだ。
「で、お前の方の仕事はどうだったんだ? 確か、詳しくは知らないが他国の勇者関係だったか?」
「ええ、わたくしの仕事はあくまでも調査だけでしたのですぐに済みましたわ」
「そういえば気になってたんだが、勇者ってのは結局何なんだ?」
俺の疑問にナタリアは僅かに考え込んだ後、答えた。
「ええと……簡単に言えば、勇者というのは異世界から召喚された存在ですわね」
「召喚?」
「ええ。確か、古い昔に
「へぇ……知らなかったな」
「実際、勇者召喚だなんて現代では滅多に行われていませんもの、知らないのも無理はありませんわ。かくいうわたくしも、勇者の案件に関わるまではそんな慣習については全く知りませんでしたわ」
ナタリアは楽しげに言った。
にしても、勇者召喚なんて、あの国――聖国は突然どうしてそんなことをしたのだろうか?
聖国は今現在どこかと戦争しているわけでもないし、ここエントルージュ王国も含めて、周辺の国との関係も良好だ。
そんな疑問についても訊ねてみると、ナタリアは意外な答えをした。
「ああ、それならノア様の方にも多少関係があるかもしれませんわね」
「というと?」
「――勇者召喚の真の目的はこの大陸の地下に巣食う『
「なるほど、そういうことか」
それは確かに無関係ではない。
俺が『
「勇者召喚のことはそれくらいにして、今回のお仕事についてのお話をしましょう?」
「やっぱそうなるよな……お前が協力者か、面倒だな」
「心の中で思われるだけならともかく、面と向かって言われると少し悲しいですわねぇ」
「そうか、それは悪いな」
ナタリアが俯いたので、流石に若干罪悪感が沸く。
「まあ嘘ですけど。ちょっとは罪悪感を抱いてくれたようで感激ですわ」
「おい、俺の罪悪感を返せ。まったく、お前のそういうところが苦手なんだよ……」
「わたくしはノア様のそういうところが好きですわよ?」
「…………」
嘆息。俺は夕食用にと帰りついでに買ってきたパンを一つナタリアに投げ渡して黙らせた。
「あら、チーズ入りのパン。わたくしの好みを覚えてくださったんですのね」
「本題に入るぞ」
黙らせた。
□
「――というわけで、俺たちは『
「なるほど、それは少々面倒ですわね……」
ナタリアも既に大方のところは把握済みなのだろうが、かといって説明を怠ったことで万が一伝達の不備があってはいけないので、一応最初から現状について説明をする。
そこら辺は何度か組んで仕事をした経験があるだけあって、茶々を入れることなくナタリアは説明を聞いていた。
「ということは、ノア様が学園内の、わたくしが学園外での護衛を務めるということでよろしくて?」
「ああ、それで問題ない」
「確かにこの任務はノア様にはあまり向いていないかもしれませんわね。ノア様、戦闘以外はからきしですもの」
「人を脳筋呼ばわりするんじゃない。心外な。かつて天才と呼ばれたこともある俺にできないことなんてあるわけないだろうが」
「凄い自負ですわね……」
天才と呼ばれていたのは魔術が使えないことが発覚するまでの短期間だけだったが。
「追加人員を頼んだのはただ面倒だっただけだ。俺はお前の心ない言葉に傷付いた。というわけで仕事はそっちの方で頼むぞ。俺は心の傷を癒すのに忙しいんだ」
「一緒に頑張りましょう、ノア様」
「ちっ」
あわよくば仕事を押し付けられないかと思ったが、流石にそうはいかないか。
ともあれ、ナタリアが協力してくれるのならば俺の仕事も楽になるだろう。少なくとも学園だけなら負担はだいぶ減る。
「了解しましたわ。わたくしの方も『
「メイド……お前が?」
ナタリアはとても家事ができるようなタイプには見えないのだが。
いや……ああでも、少なくとも料理はできるか。以前食べさせてもらう機会があったが、料理の腕はかなりのものだった記憶がある。
「ええ、屋敷の方の護衛も必要でしょう? 刺客が屋敷に攻めてこないとは限りませんもの」
「まあそうだな」
先程の襲撃者は下校中を狙ってきていたが、屋敷が狙われる可能性は十分ある。
屋敷にも警備の兵士は存在しているのだろうが、『
「了解した。そういうことなら当初の予定通りに学園外の警戒は任せていいってことだな?」
「ええ、わたくしにお任せくださいな」
ナタリアは頷いた。
□
そんな風にナタリアと護衛の方針について話し合って――そして翌日。
学園に登校した俺が目撃したのは、凄まじく不機嫌そうな様子のリリーだった。リリーの周囲だけが恐ろしいほどの静寂で満たされている。
椅子を引き、自分の席に座った。リリーの席は俺の席とは少し離れている。
ちらりと横目でリリーの様子を確認するが、窓の方を向いているためどんな表情をしているのかはこちらからは見て取れない。
「よう」
「私に話しかけないでくれるかしら?」
「…………」
声をかけてみるが、取り付く島もないとはこのことか。
あわよくば友好関係を築き、護衛しやすい状況に持ち込もうと目論んでいたのだが、残念ながらこの対応では諦めるしかなさそうだ。
尤も、リリーの目的を考えると護衛の存在そのものが邪魔になるのだからこの対応も頷ける。
こちらとしては困ったものだが。
「ふん、さっそくリリー様に取り入ろうとは、浅はかだな」
隣の席に座っていたレオンハルトがこちらを見て鼻で笑う。俺はそれを無視した。
しかしまた、こんな面倒そうな女を護衛しなければならないと思うと憂鬱になるが、しかし護衛対象の善悪、好感が持てるか否かで仕事に対する態度を変えるつもりはない。
「おはようございます、リリー様」
「私に話しかけないでくれるかしら?」
「…………」
そんなことを考えている間に、レオンハルトがリリーに話しかけて速攻玉砕していた。
無言でこちらに戻ってくると、机に顔を突っ伏した。
「さっそくリリー様に取り入ろうとは、浅はかだな?」
「……黙れ」
そんな風に時間を潰していると、ふ――と、横から視線を感じた。
ちらと視線を向けると、白髪の少女がその金色の瞳でじっとこちらを見つめていた。その人形じみた無表情と整った顔立ちには見覚えがあった。
確かクラスメイトだ。
名前は……確か、メリル・エンケファリンといったか。そう、エンケファリン侯爵家の令嬢だ。
「……あなた、編入生?」
「いや、編入生は隣で突っ伏してる男の方だ」
レオンハルトを指差してみる。
「そう……」
「…………」
沈黙。
冗談が通じたのか通じてないのかすらその無表情からは読み取れなかった。
「あー、お前、同じクラスだよな? 名前は?」
「お前じゃない、メリル・エンケファリン」
「そうか」
「そう」
口数の少ない性格のようで、どうにもやりにくい。俺の周りには今までいなかった種類の人間だ。
「…………」
「あなたは?」
「俺? ああ……俺はノア・メイスフィールドだ。よろしくな」
「よろしく」
「…………」
「…………」
また沈黙。
ふと、俺はメリルの意識の矛先が机の上に置かれた俺の鞄――厳密には、鞄の中身の方へ向いたのを感じ取った。
「……あー、これ食べるか?」
何となく鞄の中から昼飯用に買ってきていたパンを取り出すと、メリルは無表情のまま目を輝かせた。表情が変わってないのにここまでわかりやすい反応なのも面白い。
パンの一つを渡すと、メリルは包みを開いて勢い良く齧り付いた。
「……何やってんのよ、あなたたち」
「……いや、何だろうな。餌付け?」
「はぁ……馬鹿やってないでちょっと来なさい」
「話しかけるなと言ってきたのはそっちだろうに」
「煩いわね、黙りなさい」
こちらの背後に立っていたリリーはすたすたと廊下の方へ歩いていく。
俺が黙ってそれを見送っていると、リリーが振り返り「あんたも着いてくるのよ!」と怒鳴ったので、俺はやれやれと肩を竦めた。
隣の席のレオンハルトは、俺を物凄い目で睨んでいた。
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