07 時空魔術
「じゃあ次はノア君ね」
「はいはい」
アリシアに呼ばれたため、前へ一歩踏み出す。
後ろから俺へ向けられる好奇心の混じった視線が感じられる。編入生である俺の魔術の実力の程が気になっているのだろう。
とりあえず一番最初にやることにならずに良かった、と俺は思った。
真っ先に、つまりはレオンハルトの技量を確認する前にやっていた場合、どの程度の魔術を使えばよいかの判別が難しかっただろう。
やはり、これも俺の日頃の行いの成果か。俺は内心で頷いた。
――さて、ならばどの魔術を使うか。
学年で二番目に優れた実力を持つというレオンハルトが用いたのが第五階梯の魔術だというのなら、それより二つ階梯の低い第三階梯の魔術辺りが丁度良いだろう。
そうすると第三階梯で、同じ風属性魔術である『
……尤も、それを使えればの話なのだが。
そもそもとして。
何故、俺が今こうしてノア・メイスフィールドという名で魔術学園に通っているのか。
護衛の仕事だとか色々と理由はある。
あるが、一番根本の原因としては、俺がオルブライト家を追放されたことにある。
つまり、それは――俺が一切の魔術を使えなかったからだ。
今では牢獄迷宮の中で最悪の魔女――ユーフォリア・メイスフィールドから魔術を教わったことにより辛うじて魔術の行使もできるようになっているものの、俺の使用できる魔術は極めて限定されている。
具体的に言うならば、ある一つの属性、更にその中でも
そしてその魔術が問題なのだが……。
「
詠唱。
ぽつり、と。周囲に聞こえない程度の微かな声で。
第五階梯空属性魔術『
石柱のある座標の空間と空間――その間を切り開くように隙間を開く。
一拍遅れて、魔術によって無理矢理に開かれた空間は、元に戻ろうとして強烈な反発力を発生させる。
――当然、内部でそんな現象が発生したため、石柱は空間の元に戻ろうとする抵抗に巻き込まれ、即座に粉々に粉砕される。
「――っ」
唖然とした様子のアリシア。
見ると、周囲のクラスメイトも驚いたようにこちらを見つめている。
とはいえ、俺が使用した魔術が一体どういったものなのか、それについてを正しく理解している者はこの場には恐らくいないだろう。
なぜならば、今俺が使ったこの魔術――時空魔術は、この大陸では完全に廃れているからだ。
だからこそ――かつての俺は魔術適性なしと判断されたのだから。
石柱が粉砕された時点で空間の隙間はすでに消えているため、端から見る分には突然石柱が粉砕されたようにしか見えないはずだ。
「今のは……『
「ああ」
アリシアの質問に肯定する。
時空魔術はほとんど忘れ去られた魔術である。
だからこそ、彼らは自らの常識に引き摺られて、土属性の魔術である『
土属性の持つ要素である物質操作により対象物を内側から爆発するように破壊するその魔術と、今の『
尤も『
……第五階梯の魔術とは本来は、それを使えてようやく魔術師として一人前と言われるような階梯の魔術である。学生にすぎないはずのレオンハルトが軽々と扱っているのが例外なのだ。
だが、それこそ時空魔術など使った日にはもっと目立ってしまうため――というか、目立つどころでは済まない――、これが相対的には最善だった。
――時空魔術は五大属性で表されるところの、空属性に分類される魔術である。
魔術師は魔力をそのまま運用する無属性を除いた、火、水、風、土、空という五大属性のそれぞれに適性が定められる。
これら五つの属性に大して、魔術師の中でもおよそ九割の魔術師は、空属性を除いた、火属性、水属性、風属性、土属性のいずれか一属性のみに適性を持ち、残る一割が二属性以上の適性を有する。
三属性、四属性に適性を持つ者は極めて稀で――そして、空属性に適性を持つ魔術師は更に少ない。
それに加えて、時空魔術は空属性に分類される様々な魔術の中でもとりわけ高度な魔術であり、当然、その時空魔術を扱うためには強い空属性への適性が必要とされる。
更に決定的な原因として――かつてこの大陸で暴虐の限りを尽くしたと言われる存在、最悪の魔女の得意魔術がこの時空魔術だったために、多くの国において時空魔術は禁忌とされていたのだ。ユーフォリアの話では、当時には大規模な時空魔術師の掃討すら行われたという話である。
つまるところ、ほとんどユーフォリアが原因だ。
そういった理由が、かつて最も強力な魔術の一つと謳われていながらも、時空魔術がこの大陸において廃れた理由の原因だった。
そうした一方で、師のユーフォリア曰く、俺は魔術の適性が五大属性のうち空属性、中でも時空魔術という限定された一点に
そのために、俺は時空魔術には強く才能を示す一方で、他の属性の魔術は一切使うことができないのだ。それこそ、初歩の初歩である
それが、俺がオルブライト家を追放されることになった理由だった。
「……じゃ、じゃあ次はリリーさん。お願いね」
「はい」
アリシアが未だ動揺の残る声色で、リリーを指名した。
後ろに下がる俺と入れ替わるようにしてリリーが前に出る。
その際、彼女の青い瞳がこちらを睨み付けたことに、俺は気付いていた。
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