無能は不要だと言われて追放された最弱魔術師、実は《時空魔術》の才能を持つ最強魔術師だった 〜奈落の底で覚醒した世界最強の時空魔術師は、王女の護衛となって学園で無双するようです〜
浮島悠里
【第一章】奈落の星に手を伸ばして
01 追放
「貴様には失望した、アークよ」
富の限りを尽くした執務室。
豪奢な椅子に腰掛けた姿勢のままに僕の父、カーティス・オルブライトは、冷め切った視線でこちらを睥睨した。
周囲には家族が全員――いや、妹だけがいないが、それ以外は全員揃っている。
揃って、僕に冷たい目を向けていた。
「……それ、は」
父の言いたいことは分かっている。
十中八九、僕の魔術師としての欠陥のことだろう。
「貴様には期待していた……だが、期待外れだったようだ」
二年前。
八歳の誕生日を迎えたその日、僕は初めて魔術を使用した。
……そして、その結果は失敗。
どんなに努力して魔術を使おうとしても、僕は魔術を一切使用することができなかった。
「最悪の出来事だ。我がオルブライト公爵家から貴様のような無能の恥晒しが生まれるとは……」
原因は不明。二年間もの時間をかけた調査も徒労に終わった。
公爵家としての権力を使い、この国でも有数の魔術師を呼び寄せて原因を探ったものの、それでも理由は判明しなかった。
「貴様が無能だと判明したとき、私がどんな思いをしたか貴様に分かるか?」
「……いえ」
「屈辱だよ。まさか私の血を受け継いだ子が無能とはな。貴様は私の人生の汚点だ」
父の視線は息子に対するそれではなかった。
まるで薄汚い
これは反動、というべきか。
僕は生まれながらにして高い魔力を有していた。
魔力の量という一点だけを見れば、それこそ、歴代の当主の中でも抜きん出て優れていたのだという。
そのことから、父から多大な期待を寄せられていたことは僕自身、肌で感じていた。
そんな風に期待が大きかっただけに、父にとっては僕の無能がどうしても許せないのだろう――僕としては、そんなことを言われても困るという話だが。
僕は黙って父の次の言葉を待った。
「――貴様は今日からオルブライト公爵家の人間ではない。家名を名乗ることも許さん」
「…………」
薄々、こうなるだろうとは思っていた。
とはいえ、僕にはどうすることもできない。
魔術が使えないという根本の原因をどうにかできない限り、父を説得などできないだろうから。
「貴様の顔を見るだけでも虫唾が走る。――今すぐ屋敷から出て行け」
僕は父の背後に控えていた護衛の大男二人に腕を掴まれ、父の執務室から連れ出される。
僕が生まれたときには既に父の護衛として雇われていた彼らとは、当然何度も顔を合わせたことがあった。
かつて父の護衛として誇りを持っていると嬉しそうに語っていた彼らの顔には、しかし今は冷たい無表情が張り付いている。
抵抗はしない。下手に抵抗をしたらそれこそ、この場で殺されかねない。
もう父の決意は固まっているのだろうし、ここで訴えたところで味方は誰一人いない。
母親も、兄も、姉も、弟も。誰も彼もが僕を他人と看做していた。
……ここにいない僕の双子の妹は大丈夫だろうか。
妹は、妹だけは僕の魔術の才能がないと判明してからも、僕に対する態度が変わることがなかった。
兄さん、兄さんと言いながら雛鳥のように僕の後ろを着いてきていた可愛い妹。
あの子がもしこの場に居たのなら、きっと僕を庇ってくれたのだろうけれど、残念ながら父は娘の言葉で態度を変えるような人間ではない。
「……くっ」
魔術が使えないという、たった一つの躓き。
たかがそれだけのことで、僕の人生は完全に変わってしまった。
執務室の扉が閉められる。
僕は護衛の男に引き摺られたまま廊下を歩き、そして。
そのまま身一つで、屋敷を追い出された。
「……さて、どうするか。まさか屋敷に戻るわけにもいかないし」
せめて手荷物くらい寄越してくれても良いだろうに。
内心でそんな風に愚痴るが、言ったところで持ってきてはくれないだろう。
「……はぁ、行くか」
こうなったらできる限り早くオルブライト公爵領を――少なくとも、その威光が最も強く及ぶ中心都市のラキアからは脱出しようと、僕は思った。
今回はこうして家から追放されるというだけで済んだが、もし父が本気で僕を排除するつもりだったのなら、あの場で僕は一切容赦なく殺されていただろう。父はそういう人間だ。
僕は窓からこっそりと屋敷に侵入し、こうなったときのために貯蓄しておいた小遣いと、適当に売れそうな調度品などを自室からこっそりと拝借した。
冷遇され始めてからは以前と比べると雀の涙程度の小遣いしか貰えていなかったが、それでも公爵家、こうして二年前から貯めていたおかげで、平民ならば数年は働かずに暮らせるほどの量が集まっている。
……そう、実のところ、僕は
可能性こそそれほど高くはないと思ってはいたが、決してこういった事態に至らないなどと家族を妄信することは僕にはできなかった。
ともあれ、結果としてそのおかげで当面の資金はなんとかなった。一先ずこれを使ってオルブライト領を出て、そこで拝借した調度品を売るとしよう。
そうして屋敷を離れ、街から出て半日ほど歩き続け、辺りが真っ暗になったころ。
ラキアから出て、少し離れた位置に広がる森――隣町に移動するにはこの森を通る必要がある――、その森の中に作られた道を歩いていると。
――ふと、背後から気配を感じた。
嫌な気配。
嫌な予感。
僕は恐る恐る、振り返った。
「――兄さん」
背後にいたのは、僕の兄だった。
それも、兄妹の中でも僕を最も毛嫌いしていた長兄のジュリアンだ。
「屋敷を貴様のような下賤の血で汚すつもりはない」
「……っ」
殺気が向けられ、体が震える。
その殺気を鑑みれば、兄の意図するところなど明らかだった。
「随分な言い草だね、兄さん」
「黙れ、貴様のような劣等と会話をするつもりはない」
「分かってるよ――僕が魔術を使えなくて安心したんだろう? いつか弟の僕に追い抜かれるんじゃないかって震えてたからね」
「黙れッ!」
挑発を投げつけると、兄は顔を真っ赤にして激高した。
会話の応酬の最中に周囲を見渡す。兄を除き、他の人間の姿は見られない。
……どうやら父は来ていないようだ。それを確認し、ひとまず息を吐く。
もし此処に父がいたらならばどうしようもなかった。
僕がどうあがいたところで、本気で殺しにかかってくる父から逃げることなど不可能だからだ。
「貴様のような無能が生きているだけでも不愉快だ――故に、死ね」
だが、兄だけならば話は別だ。
魔術が使えないと分かって以来、僕は訓練と称して何度も兄に魔術をぶつけられてきた。だから兄の攻撃のパターンは身をもって把握している。
特に、苛立っているときのジュリアンは威力を重視する代わりに、単調な攻撃を繰り返す傾向があることに僕は気付いていた。
――先程の挑発も、ジュリアンの頭に血を上らせ、攻撃を避けやすくことを狙ったものである。
「――『
その詠唱が僕の耳に届いた瞬間、雷の槍が飛来した。
体を左に傾けて回避、そのまま僕は駆け出す。
――僕は身体の震えを抑え、森の中に逃げ込んだ。
道に沿って逃げるつもりはない。
背後から迫り来るジュリアンの魔術による攻撃を避けるためにも、まっすぐな道では駄目だ。それでは絶好の的でしかない。
だから、視界が悪く、遮蔽物の多い森の中に逃げるしかなかった。
どこに逃げればいいかなんて分からない。
だけど、逃げなければ殺されてしまうのだけは確かだった。
「待てッ!」
背後からの怒声。
そして膨大な魔力の高まり。
「――
僕は走る足を止めないままに身を屈める。
すると、僕の頭上を雷が通過して、前方の木々をへし折った。
高い殺傷力を誇る雷の魔術。
それを見て僕は、本当に兄が自分を殺すつもりなのだと心底から理解する。
僕は森の中に逃げた。
□
――そうして今、僕は追い着かれようとしていた。
体力は既に限界が近い。
木の根や石に何度も躓いたせいで、全身には擦り傷が刻まれている。
そして、目の前には――底が見通せないほどの奈落が大口を開けていた。
見える限り、ほとんど崖に近い急勾配が延々と続いている。真っ暗でここからでは底は見えない。
また、その大穴を覆うようにして、うっすらと漆黒の結界が張り巡らされている。
息を呑む。
僕はその存在を知っていた。
この国に住む人間なら知らない者などいないであろう存在。
「……『
曰く、一度入ったら出られない奈落。
曰く、罪人たちの流刑地。
曰く、神に見放された穢れた世界。
数百年前、災厄と呼ばれる
この国の地下に広がる巨大な世界。
今まで出てきた者は一人たりとも存在しないとすら言われる、禁断の地。
現在では国家による重罪人の流刑地としても扱われている他、後ろ暗い過去を持って地上で生きていくことのできないような人間が最後に訪れる場所とされる。
――そう、僕のような。
ふと、僕は周囲を覆う結界の一部にちょうど人がぎりぎり通れそうな大きさの亀裂が走っていることに気がついた。
結界の亀裂を通れば、流石にジュリアンも追ってこないだろう。死んだと判断するはずだ。
運が良いのか悪いのか。
偶然――いっそ作為すら感じるほどにできすぎた偶然ではあったが、僕には他の道はなかった。
「――見つけたぞ」
背後からの兄の声。
このまま立ち止まっていては殺される。
かといって逃げようにも、前方にも左右にも深い森が広がっており、体力の限界を迎えた僕ではもう逃げ切れないだろう。
ならば……と、僕は前方の亀裂を睨んだ。
「どうする、か……いや、選択肢は一つしかない、か」
『
中の環境がどうなっているかを知っている者はいない。
この大陸に蔓延る深淵。
過去に何度も騎士団や宮廷魔術師団による掃討作戦が行われているものの、その全てにおいて、誰も帰ってこない――つまりは生還者が皆無という形で大失敗しているという話である。
明らかに危険な場所だ。
ひょっとしたら、入った瞬間に、結界内にいるであろう存在によって殺されてしまうかもしれない。
そもそも、こんな底の見えないような急勾配に身を投じたら、落下の衝撃だけで死んでしまう可能性の方がずっと高い。
……だけど、どちらにせよこの場で立ち止まっていたら僕は殺される。
ならば、これに賭けるしかない。
「死ね――!」
「ッ」
殺気の篭った兄の怒声。
振り返ると、迫り来る雷の魔術。
時間はない。体力も限界だ。避けられない。
「ぐっ」
全身に雷を浴び、激痛で意識が朦朧とする。
だが、ここで気絶してしまったら僕は終わりだ。
歯を食い縛り意識を保つと、僕は意を決して、軋む身体を強引に操り、亀裂の中に――『
「な――っ! 待てッ!」
背後からの驚きの声。
僕の身体は奈落に落ちていった。
□
そうして奈落の底で、彼女と出会う。
「――『
この世の者とは思えないほどの絶世の美貌。
足元まで届きそうな黒髪を闇の中に靡かせて、漆黒のナイトドレスを纏った美女。
「……あなたは?」
「わたくしはユーフォリア・メイスフィールド――最悪の魔女、と言えば通じるかしら」
彼女は紅い唇を歪め、こちらに向かって細腕をすっと差し出した。
「さあ、立ち上がって――もしも生き延びたいのなら、わたくしの手を取りなさい」
世界の底。
地獄に最も近い場所で、彼女はそう言った。
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