【詩】東京2015
紀瀬川 沙
2015年01月
(1月6日)
メトロ抜ければ夜の八時
青のハイヒール急ぐマーク下
仕事から 小雨から
救い出してくれる誰かに急ぐ
信号待ち 無性に長い時間
騒がしい街の風景を見てる
会ってあふれる笑顔に言葉
ふたり手に手を取り合って
井の頭線までかけのぼる
エスカレーターの左側
あなたの大きな背中越し
黒と白が融け合う雲の切れ間
月がふたりをのぞいてる
都会の夜 まぶしいネオン
時が流れる場所を失って
月の明かりの道しるべ
タイミングよく来る吉祥寺行き
あなたの街にわたしを運ぶ
幸福な週末の予感
(1月8日)
朝はまだ眠ってる
街もまだ眠ってる
ひとり小高い丘の公園へ
朝を迎えに自転車をこぐ
上り坂 止まりそうになる
ふいに雲の端が燃え上がる
早起きの子猫と朝の挨拶
眠い目で今日という日を喜んでる
坂を上りきると朝の空気
丘の向こう側 君の街が広がる
一足先に朝が訪れてる
世界はいま輝いている
そのまま振り返らずに
光りの道を走り抜ける
(1月11日)
久しぶりに帰った生まれた町
あの頃と変わらない
無限に広がる空と海
アイスティーと水平線ならべたら
カモメが横切って八幡さまの赤い鳥居の上
海沿いの路面電車
ドライブのクルマと並ぶ
ツーシーターには幸せそうなふたり
あの頃と変わらない
季節の過ぎた紫陽花 静かに眠ってる
通り過ぎる向日葵 おどけて風に揺れる
夏の海に魅せられて
きっとサーフボードが迎えてくれる海岸通り
松林走り抜けた頃を思い出す
そんなことを思っていたら次の駅
流れるアナウンス 車窓からの景色
ホームを夏の風が吹き抜ける音
あの日の君が僕を待つ 隣の車両
君は恋人を見るような目で海を見てる
その目はあの日僕の前にあった眼差し
あれからどれだけ時を隔てた
あの日と変わらない いやもっと素晴らしい
もう一度 いや今度こそ
一歩出かけてやめた
吊革に添えた君の左手
太陽と海に光る指輪
ひとりひそかに
ありがとうとさよなら
(1月11日)
しんしんと降りやまぬ雪の夜
せめて心だけは温かに
湯気にヒノキが和らいで
静かに向き合う 男と女
眼差しと眼差しが交叉して分かれた
目で追う 追えない 交叉してわかれる
花冷え 雪冷え
燗の苦手なあなたのお酒
(1月14日)
思わず足むく夜の海
こぎれいな夜の公園
しずかに波間をたゆとう眼差し
観覧車の夜景 いつかのあの子を思い出す
面影は今も瞼の裏
波止場の波音に寄せては返し浮かぶ
いつかと同じ心 よみがえる
また人を また世界を いとおしいと思う
いてもたってもいられない この気持ち
波がいっそう優しくなった
マリンタワーのブルーライト
いつかの彩りと同じ
君の瞳のなかにも瞬いている
摩天楼の夜景に点いては消える
いつかと同じ心 ときめいてく
また人を また世界を 信じたいと思う
ひとりではいれない この気持ち
(1月16日)
渋谷の路地裏 裏通り
若い華やぎ遠ざかる
ちびりちびりと進む酒
水のように透き通って沁みいる心
雨雲のたなびく夜は
新月に向かってつぶやいて
しとしとと降る夜の長雨
白魚の身に明日が映る
白い光に透かして見れば
黒い夜にも朝が訪れる
(1月19日)
早くも明日を迎える午前零時
あの日夢見た明日を生きてる
つまらない日常から続く憂鬱なこんな夜
明日はもうとっくに来てるのに
明日がきてほしくなくて眠れない
おかしな気持ちはこの夜と同じ
耳の奥 変なメロディ流れ出して
ところどころは美しい旋律
でもほとんどが不協和音
聞きなれなくて耳が鳴る
早く安らかになりたいと
目を閉じても暗闇が笑うだけ
もし悪魔がきたりて笛を吹くのならこんな夜
窓の外 聞かない外国のことば
汚く罵っているのだけわかる
耳をふさいで守りたい何を
それも許さない 夜の底から染み出す黒くぬるい淀み
口からこぼれ落ちて滴る
優しい歌なんて太古の昔 壁画にも残っていない
めまい 頭痛 苦しみ
すれ違う人全員の眉間を割って
トラッシュボックスのステンレスに映る顔
睨んだ途端にわたしだと気づく
立ち止まって食い入った
汚い鏡の中のわたし
憎しみに満ちて睨み返すわたし
おもむろに黒い手を伸ばす
わたしの喉の柔らかいところ まだ優しいところ
強く締め上げる 暗く黒い力
手で手を抑える わたしの手
息つまり目の前が黒に支配されてゆく
夢にならないまま滲みきって
最後には何も残らない こんな夜
(1月23日)
ああ僕の書く歌は決まって夜が舞台だ
明るい夜はない だから決まって暗く下向きな歌
登場人物たち みな影をしょって
笑いもぎこちなくすぐ途切れる
偽りは誰もみな気づくけど誰も口に出すものもいない
愛する君のショールもリングも瞳も
すべて漆黒の色に塗られてる
明るいのは黒真珠の光沢だけ なにも映らない
こころもみなも 同じ色を映してる
いま一個の奇跡で僕に降りてきたこの歌
夜だからってまた暗がりの道を歩き出そうとしてる
その先に何がある もう何度目 もうわかってる
昨日もたどり着いて目をふさいだばかり
いまならまだ間に合うか Uターンできるか
戻る先には 生まれ故郷のような明るい世界
いつか見た いつも見てた
潮風吹き抜ける海沿いのルート
松林の中ハマナスが光る
家々を縫って走る路面電車すぎれば
日差し照り返す真っ青な海が見える
沖合に魚跳ねるみなも
さっきまでの夜の世界に決別して
幻想と言われてもいいから
誰に強いられるでもない あるがままにほら
木漏れ日の明滅抜ければ突き刺すような明るさが眼前に
(1月24日)
ベランダに出る 冬の星空のもと
息が白くなって星屑のあいだに溶けてゆく
息のなかに消える星座
わたしの想いも同じ
あなたは優しいほほえみで
わたしの背に固い腕をまわして
そんなこと考えてたら
寒さも忘れる むしろ心の内側から熱を帯びてきてしまう
空の上 星空のキャンバスの上
スピカより光る星 またたきながら海から山へと抜けてゆく
かけていたヘッドホンはずして眺めれば
夜間飛行の夜の向こうへ飛んでゆく音が響く
遠い地へわたしのこの想いものせていって
つぶやきにもならないか細さ すうっと耳元を冷気が撫でてゆく
音楽がなくなって初めて 夜のしじまが星空のもと透き通る
ああ この音 静寂の音 星々のまたたきの音
聞こえる 聞こえる いま 確かにわたしの耳に届く
幸せな結末がたしかに聞こえる
いつも見上げてた星空にも 美しい音があったってことに気づく
あなたにも きっと聞こえるはず
いつもと同じ帰り道 何かのきっかけで ふとこの満天の星空を見上げたら
耳を澄ませて 聞こえるでしょう 幸せな星の音
聞こえればそう 音と星に身を任せて この夜のあいだじゅう
(1月31日)
迷うことがあると この海岸までやってくる
今日もまた 朝食の後すぐに足が向く
砂浜を慎重に西へと歩く
スニーカーのなか砂がまぎれこむ隙を狙ってる
コーヒーのストローに口すぼめ 朝の太陽にはかなわない
テトラポットの脇 いつもの場所を見つける
今日も空いている特等席 まあ誰もこないな 海を私だけのものにできる場所
恋も仕事も 仕事も恋も 迷うことばかりで海に頼ってばかり
でも今日はやけに波が高くてご機嫌斜め
今日だけは静かにわたしを聞いて
みぎわの砂が波に巻き上げられて空に飛ぼうと
でもダメで 波のさなかに落ちる
まるで昨日のわたしのよう
何も思うようにゆかないで
いつの間にか引き波のなか
上も下も 右も左も もうわかんないや
いっそ目ざといカモメにつままれてどこかに行ければな
白く泡立ったなぎさ みぎわの砂をいじくる子たち
ただただ楽しそうな顔で波と遊ぶ
近づいて離れて また近づいて また離れて
無邪気な様子で水をすくう
わたしもこんなにして戯れたらなあ
急に愛おしい気持ち 楽になってゆく
東のほう 海の向こうに連なる海沿いの町
正面にくる日差しに波の乱反射
思わず目を細める ようよう慣れてゆく
遠くパラソルもった美しく軽やかな人
太陽の意地悪で黒い影になっても変わらない
見える影形じゃない 本当の自分を見つけて
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