ミュンヘン・バトル
当日は審査会場にサキ先輩と見に行った。公開審査と言っても各国語が入り混じるので同時通訳の都合上で人数制限があり、審査員の推薦者のみの入場。ツバサ先生はサキ先輩とアカネをなぜか選んでくれてた。
今回は平穏無事で済んで欲しい半面、暴れるならどこまでやらかすかの野次馬根性が半分ぐらいかな。アカネは審査基準とかで荒れると予想してたんだけど、まさかのいきなりだった。
「審査員の資格に疑問あり」
言いだしたのはスウェーデンのルーマン先生。なんとツバサ先生が審査員になるのはおかしいと主張しだしたのよ。ツバサ先生は、
「ルーマン先生。わたしは押しかけで審査員になった訳ではなく、招待されています。資格としては十分でしょう」
おっとツバサ先生冷静だ。これで審査委員長のミュラー先生が丸く収めてくれれば、ここは問題ないと思いきや、
「私もミス・アサフキが審査員に呼ばれたことは不思議だった」
おいおい、審査委員長が煽ってどうするんだよ。
「ではルーデル先生にお聞きしますが、審査員の資格に必要なものはなんでしょうか」
「それは実績だ。たとえば権威あるコンクールでの受賞歴とか・・・」
ここでツバサ先生は、
「では審査委員長のミュラー先生も、そうお考えでしょうか」
「必須とまではいわないが、ここの審査員になるぐらいであれば、あって当然ぐらいだ」
ミュラー先生で有名なのは、
『ミュラー風写真』
これで一世を風靡したこともあるし、アカネも真似したことがあるし、アカネだけでなく写真好きなら一度は真似したことがあると思う。それぐらいの有名写真家であり大家でもある。そしたらツバサ先生は冷やかに、
「ではミュラー先生の輝かしい受賞歴でも、お聞かせ頂きましょうか。なにしろ審査委員長ですから、さぞかしご立派なものがお有りでしょう」
あれっ? ミュラー先生が困った顔されてる。あれだけ有名だから、いくらでもありそうなのに、
「あら、ミュラー先生、多すぎてお忘れになられましたか?」
「いや、その・・・」
「あって当然ですものね」
「その・・・」
なんで困ってるんだろ、
「多すぎて覚えておられないようですから、わたしが代わってお答えしましょう。エルデン村夏至祭写真展子どもの部の佳作です。他にございましたらどうぞ」
「ど、どうしてそれを知っている・・・」
「あら、間違いでもございましたか」
なんじゃそれ、そんなの受賞歴には普通は入れないけど、
「他にどんな輝かしい受賞歴がございますか」
「それは・・・」
「それは? どうぞご遠慮なされずに」
「・・・ない」
えっ、たったのそれだけ。それだったらアカネの神戸まつり協賛写真展高校の部入選の方が上じゃない。目くそ鼻くその世界だけど、プロとして自慢するほどの受賞歴じゃないものね。
「ではミュラー先生はエルデン村夏至祭写真展子どもの部の佳作が、審査委員長に相応しい権威ある受賞歴とされておられるのでよろしいですね」
ツバサ先生も皮肉がキツイな。ミュラー先生は黙り込んじゃった。
「ルーデル先生、他に御意見は?」
ルーデル先生も俯いたままだ。でも、これは喧嘩じゃなくて議論だよね。ツバサ先生はゆっくりと、
「写真家に取ってコンクールは一つの目標ではありますが、これが到達点ではございません。あくまでも利用すべきステップに過ぎないということです」
たぶんミュラー先生も似たようなものだと思うけど、ツバサ先生もコンクール受賞歴はないのよね。だってさ、いきなり衝撃のデビューで大ブレークしちゃって、新進気鋭時代さえ一気に飛び越えちゃってるもの。
コンクールが必要な写真家は、アカネのようにこれから売り出したい連中が対象。プロの目標はツバサ先生の口ぐせである、
『食えるようになること』
写真家にとってコンクールはあくまでも新人戦であって、過去の業績が評価されるノーベル賞みたいなのとは位置づけがちょっと違うのよねぇ。この辺は報道写真となるとまた変わって来るけど。それにしてもツバサ先生、ミュラー先生の受賞歴なんて良く知ってたな。それも子どもの時のだよ。
これぐらいなら平穏と思っていたら、
「やはりミス・アサフキの審査員資格には問題があると考えます」
おいまたかよ、アイツは誰なんだ。
「トラース先生。理由を伺いましょう」
「ここはユーロ大賞、域外の人が審査員になるのはどうかと」
ツバサ先生は何かを思い出すように。
「ジャック・レモン、アレクサンドル・ミハルスキー、サンドラ・エドワース・・・」
名前を次々と読み上げ最後に、
「・・・加納志織。なにかご意見でもございますか」
これはこれまでのEC域外の審査員の名前に違いない。アカネでも聞いたことがある有名写真家も入ってるもの。でも故人ばっかりなのに良く知ってたもんだ。
それにしても無礼だよな。ここは公開審査の会場だよ。審査員の資格問題なんて議論するところじゃないじゃない、つうかツバサ先生を呼ぶ前に済ませとく話だよ。よくツバサ先生があそこまで我慢されているのに感心するわ。
こんな調子で始まったもんだから、この後にどんな修羅場が待ち受けているかとハラハラ、ドキドキしてたんだけど、その後はまるで何事もなかったかのように公開審査が行われて終了。
でもね、でもね、審査後の受賞者発表の記者会見で質問が一番多かったのがツバサ先生。なんかユーロ大賞より、公開審査冒頭のやりとりの方が余程記者たちの関心を引いたよう。まあ、そうなるよねぇ。ここでツバサ先生が爆弾をさく裂させるかと思いきや、
「この麻吹つばさの審査員資格に問題が無かったのは、皆さまがお聞きになられた通りです。それ以上の感想はございません」
ツバサ先生は表彰式もあるから、アカネたちは先にホテルに帰ったんだけど。帰り道からサキ先輩と二人で憤慨してた。非常識にも程があるじゃないの。部屋に入ってからも二人でヒート・アップしまくってたんだけど、そこにひょっこりツバサ先生が顔を出されたの。
「先生、あの場であそこまで言われるのは無礼にも程があります」
「そうですよ。先生なら、コップの水ぶっかけて、机をひっくり返すと思ってました」
「いや、先生の事なら塩を持ちこまれていて、ぶっかけるはずだと」
「それもバケツに一杯ぐらい」
「それぐらいじゃ、気が済みませんよ。バット持って・・・」
「いやダンビラ振り回して」
「マシンガンをぶっ放すとか」
「爆弾ドカン」
「ミサイル乱射」
「ICBMを雨あられ」
「全面核戦争だ」
ツバサ先生はあきれ顔で。
「おいおい、わたしの事をそんな人間と思ってたのかい」
サキ先輩と二人で声をそろえて、
「もちろんです!」
ツバサ先生は苦笑いしながら、
「イイ勉強になっただろ。ヨーロッパとかに来るとこんな扱いは普通だよ。黄色人種の上に若い女だからね。これぐらいは、どこでもあり得るってこと。お前らも一人前になって、こっちに来たらあれぐらい覚悟しときな」
えっ、わざわざそれを見せるために!
「さて、これから受賞パーティがあるから行ってくるわ。晩飯はスタッフと食べといて」
さすがはツバサ先生と思ったけど、なにかモヤモヤしたものが。そりゃ、鮮やかに切り返してギャフンと言わしたけど、あまりにも場馴れしすぎてる感じがする。ツバサ先生だってそれほど経験があると思えないのにまるで、
「ああ、いつもの奴」
そんな感じで対応していたようにしか感じなかったもの。ツバサ先生はやっぱり・・・
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