渋茶のアカネ

Yosyan

泉茜

 私は泉茜。子どもの時から写真好き、カメラ好きで、高校も写真部。賞も取った事があるのよ。どうしてもプロになりたいんだけど、写真のプロのなり方がよくわからないのよねぇ。ウジウジ考えてるうちに普通の大学に入っちゃったけど、やっぱりプロの道が諦めきれないのよ。


 カメラの専門学校にでも入り直そうかとも思ったけど、卒業したからってプロになれるものじゃなさそう。なんでもそうなんだけど、一番大事なのは技量で、次はこれをどう売り出すかみたい。技量は専門学校でも上がるみたいだけど、専門学校卒ったって、写真の世界では下手すりゃ洟もひっかけられないみたいだし。


 だったら我流で腕を磨くのもあるし、それで成功してるプロもいるみたいだけど、それで成功するのはまさにレア・ケース。そうなってくると、どこかの有名写真家の弟子になるってコースが浮かんでくるわけ。


 でもさぁ、でもさぁ、今どき、弟子入りってなんなのよ。師匠と弟子となればガチガチの徒弟制度じゃない、昭和の時代じゃあるまいに。でもメリットはあるのよね。そりゃ、お手本は本当のプロだから、プロにもなれなかった連中が講師やってる専門学校よりイイだろうし、売り出しも師匠のお墨付があれば良さそうじゃない。


 この弟子入りコースだけど、神戸にはうってつけのところがあるのよ。それはオフォス加納。ここは世界の巨匠とまで呼ばれた加納志織が作ったところなんだ。加納志織は八年前に死んじゃってるけど、加納志織が健在の頃は、


『日本一のスタジオ』


 こう呼ばれてた時代もあったそう。このスタジオも加納志織が死んでから低迷していた時期もあったみたいだけど、凄いのが出てきたのよね。そう、あの麻吹つばさ。加納志織が元気な頃は知らないけど、麻吹つばさがどれほどかは写真好きなら誰でも知ってる。写真好きじゃなくても名前ぐらいなら誰でも知ってるぐらい有名。


 麻吹つばさの写真も見たことがあるけど、確かに凄い。なにが凄いって、真似したくても出来ないぐらい凄い。写真好きなら誰でも一度はマネするけど、似ても似つかないものしか撮れないのよ。アカネも試したけど、どう撮ればああなるのかサッパリわからなかったぐらい。


 この麻吹つばさの弟子になって、認められて、オフィス加納から売り出してもらうのがプロになるには一番近道の気がするんだ。だから弟子入り希望の手紙と、これまで撮った中で一番イイ写真を添えて送ったんだ。


 ところが返事が来ないのよ。半年経っても来ないから無視されたと思ってたんだ。そしたら一年ぐらいしてやっとこさ、


『面接をしたい』


 ようやくこんな返事が来たんで、勇んでオフィス加納に行ったんだ。ビルは五階建てで、ちょっと古い感じ。そりゃそうよね、これは加納志織時代に建てられたものだもんね。でも、中は綺麗になってた。リフォームしたのかな。受付で来意を告げると部屋に案内された。


 なんかえらい待たされて麻吹つばさともう一人が来たんだ。この男も知ってる。星野サトルって言って、渋い写真を撮るのよね。ちょっとアカネの趣味じゃないけど評価は高い。間違いなく一流のプロ、ちなみに今の社長。


「社長の星野です」

「麻吹つばさです」


 麻吹つばさは美人で有名だけどビックリした、ビックリした。美人なのもビックリしたけど、とにかく若く見えるのよ。たしか二十七歳のはずだけど、どう見たって二十歳過ぎぐらいにしか見えないの。


 若く見えるタイプは童顔が多いけど、麻吹つばさは全然違う。女から見てもため息が出るほどの完璧な美しさ。綺麗さもあそこまで行くとジェラシーさえ湧かないぐらい。もう神々しいレベルとでも言えば良いのかな。


 とりあえず一通りやり取りがあって、持ってこいと言われたロー画像を渡したら、二人で一枚ずつチェックしてた。


「サトル、これは」

「ツバサ先生、今は面接中ですよ」


 あれっ、変だな。星野サトルは社長だし、麻吹つばさの師匠のはず。それなのに麻吹つばさは星野社長を呼び捨てにしてるし、星野社長は麻吹つばさを先生付って呼ぶのは変じゃない。そしたらいきなり、


「ちょっと撮ってみてくれる。三十分ほどあげるから、この近所の風景で良いわ」


 これは実技試験て奴だな。さすがに緊張する。あれこれ工夫したのを撮ってきたら、


「ツバサ先生、これは」

「う~ん、まあそうなんだけど」


 そこから麻吹つばさはしばらく考えて、


「弟子にしてもイイよ。でも先に断っとくけど、弟子になったからと言ってプロになれるわけじゃないからね。写真でメシ食うのは甘いもんじゃないんだ。それで良ければ付いて来な」


 エラそうだな。でも弟子入りOKみたいだから、


「よろしくお願いします」

「これからアカネって呼ぶからね」

「はい、麻吹先生」


 麻吹先生に弟子入りするために、大学を退学したって親に報告したら大騒ぎになっちゃった。親はせめて休学で様子を見てからにしろって頑張ってたけど、もう退学届出しちゃった。これはアカネなりの背水の陣のつもり。


 その場から弟子生活は始まったんだけど、とりあえずオフォスの他の人もそう呼ぶから、麻吹先生はツバサ先生、星野先生はサトル先生と呼ばせてもらってる。これも最初に呼ぶ時はドキドキしたんだけど、ツバサ先生はあっけらかんとしたもので、


「なんだいアカネ」


 サトル先生も反応も同じぐらい軽くて拍子抜けしたぐらい。オフォス加納の雰囲気自体がそんな感じで、スタッフも明るい人が多いし、あれこれと親切にしてくれるし、わからない事があれば丁寧に教えてくれる。


 そうそう弟子はアカネを含めて三人だけ。入門年次が一年上だから先輩になるけど、年齢もかなり上で、アラサーぐらい、それでも兄弟子だし、こういう世界では新弟子はイジメられるものだとビクビクしてたんだけど、


「あなたがアカネちゃん、私はサキよ。よろしく」


 サキ先輩はツバサ先生のお弟子さん。兄弟弟子というか、姉妹弟子というかだけど、姉御肌で面倒見が良くてサッパリした人。でも情熱家で入門の経緯を聞いたら、


「なかなか弟子入りを認めてくれないから玄関でテント張って一ヶ月籠城した」


 だからか。弟子入りを考えた時にあれこれ情報集めたけど、直接押しかけるのはタブーってなってたのは。サキ先輩のが先例になっちゃうと、玄関での籠城合戦になっちゃうものね。


「アカネ君、よろしくね」


 もう一人のお弟子さんはカツオ先輩。サトル先生のお弟子さん。最初の印象はクールで近づきにくい感じがしたのを覚えてる。でも話してみると、全然違ってホッとした。だってカツオ先輩って呼び名の由来からして笑っちゃったもの。カツオ先輩の名前は磯野哲郎なんだけど、


『磯野だからツバサ先生に磯自慢ってあだ名にされそうになったんだけど、サトル先生が反対してくれたんだ』


 さすがはサトル先生と思ったけど、反対した理由はサトル先生が磯自慢を好物だったからみたい。とにかく麻吹先生のキャラだからあだ名を使ってコキおろしたり、笑い者にしたおすから磯自慢が不味くなっちゃうぐらいかな。


『そしたらツバサ先生が、じゃあイソノだからカツオだって決まっちゃったんだよ。カツオの方が怒鳴りやすいからってサトル先生まで賛成しちゃって決定。だからアカネ君が呼ぶ時にもカツオでイイよ』


 なかなかさばけた人で、アカネも可愛がってくれてる。二人ともあれこれ気さくに教えてくれて、新弟子イジメなんてこのオフィスには存在しようもない感じ。そうそう面接になかなか呼ばれなかった理由も教えてもらった。


「なんですか、この段ボールの箱の山は」

「ツバサ先生は面倒くさがるから、サトル先生が頑張って見てるけど、どうしても溜まっちゃって」


 ひぇぇぇ、こんだけ弟子入り希望が来てるんだ。とりあえず居心地は悪くなさそうなんだけど、甘いところではないのはすぐに思い知らされる事になったの。

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