東京出張
アカネ先輩と麻吹先生がなにやらもめています。
「堪忍して下さいよ。アカネに時間がないのはツバサ先生が一番良く知ってるじゃないですか」
「だから、気分転換と思って」
「でも一週間は困ります。締切が迫ってるのですから」
「ああ、それ。わたしが頼んで一ヶ月延ばしてもらってる」
「でも、そんな事をしたら、他の仕事が回らなくなります。どうせ溜まってるんでしょ」
ここでマドカも呼ばれて、
「アカネと一緒に行ってやってくれ。アカネは東京に不慣れだし」
一週間の東京出張の命令です。マドカは助手兼ガイド役みたいです。新幹線の車内でアカネ先輩は物思いにふけっておられました。
「やはりカレンダーの仕事が気になられますか」
「あれは東京出張中は忘れることにしてる。ツバサ先生も気分転換だって言ってたし」
さすがの割り切りです。
「では東京での仕事についてですか」
「それは行って見ないとわからないし」
たしかに、
「では何をお悩みですか」
「東京の食い物って不味いというじゃない。アカネは食べないとパワーが出ないから、それをどうしようと思って」
そんなことをここまで深刻に悩むものかと思いましたが、
「マドカがちゃんと案内します」
「それは助かった」
マドカには楽しみがあります。それはアカネ先輩の仕事ぶりが見られる事です。どうやったら、あんな写真が撮れるかの秘密がわかるかもしれません。麻吹先生がマドカをアカネ先輩の助手にされたのも、きっとその目的もあるはずです。
依頼されたお仕事は遊園地のポスターとパンフレット写真及びHP写真のリニューアルです。
「えっと、えっと、東京って広いな。どこにあるん」
しっかり案内させて頂き遊園地の事務所に。そこからアカネ先輩はとにかく遊園地の中を歩き回られます。もちろん遊具にも乗られるだけでなく、売店や食堂も。
「マドカさん。せっかくだから撮ってみて」
「アカネ先輩に見て頂けるのですか」
「そんな大層な。アカネのヒントになればと思って」
アカネ先輩はパンフレットにあれこれ書き込みながら、ジェット・コースターなんて五回も乗られています。
「う~ん、う~ん。ここのポイントは・・・やっぱりあそこか」
「予算からしてサクラは雇えないとすると・・・」
ホテルに帰ってから、アカネ先輩はマドカの写真を見て、
「うんうん、そう撮るよね。わかるわかる」
ひたすら褒めておしまいです。翌日になにをするかと思ったら、事務所でまず交渉。それから園内に来ている人に交渉。写真撮影での顔出しOKの了解を取っています。そのうえで係の人と一緒にジェットコースターを登り始め。
「お願いしま~す」
なるほど、あそこから撮れば迫力ある写真が撮れます。いやまあ、あんな怖いところに良く登れるものだと感心しますが、どこも『えっ』ってポイントを探し出して、次々に撮影を進めます。夜になって、
「これは、イマイチ」
「これは、ありきたり」
「これは、ボツ」
マドカからすると、どれも迫力満点の素晴らしい写真なのですが、アカネ先輩は気に入らないようです。翌日も、翌日も、翌日もあれこれ撮影ポイントを変えて撮り続けます。それでも合格になる写真はわずかで、
「アカネ先輩、これなんかイイと思うのですが」
「それはね・・・」
その写真の欠点というか、気に入らない点を次々と、
「・・・マドカさん、遊園地の写真のポイントは、見ただけで乗ってみたいと思わせる事と、動きを写真の中に盛り込む事なのよ」
麻吹先生も撮影現場に入ると『妥協』の二文字が無い人ですが、アカネ先輩も麻吹先生と同じぐらい、下手するとそれ以上に無いかもしれません。
「この写真惜しいけど、右から三番目の子の表情が死んでる」
自分の理想とするイメージにするためには何度でも撮り直されます。まるまる一週間全部費やして、
「こんなもんで許したろ」
そこには遊園地の迫力と楽しさが溢れだす作品が出来上がっています。帰りの新幹線で、
「マドカさんゴメン。予定では一日ぐらい休みにして、マドカさんも家に帰ってもらうつもりだったんだけど、ちょっと欲張って全部使っちゃった。ホンマ言うたら二日ぐらい余裕とって東京見物もしたかった」
そんなことは気にもなりません。マドカにとってこんな勉強になる取材旅行はありませんでした。アカネ先輩は煌めく才能をお持ちですが、もっと凄いのはその才能を振り絞る努力を惜しみもしないところです。帰ってから麻吹先生にもマドカの写真を見てもらったのですが、いつものように指摘の山を築かれた後に、
「アカネは凄かったろ」
「はい、あそこまでされてるのに感動しました」
麻吹先生は椅子の背もたれで大きく背伸びしながら、
「アカネみたいのは初めて見た。普通にテク伸ばせばマドカの写真みたいになるんだよ。プロとして食うためには、そこから自分の世界を切り開くのが大きな壁になるのだが、アカネには壁がなかったんだ。すうっと、単なる通過点みたいに通り過ぎて行ってしまいやがった」
「そんな感じに思います」
「その上だよ、壁をすうっと通り過ぎた意識さえなくて、あるはずの壁を探し求めて、ドンドン突き進んでやがるんだ。どこまで進むか考えただけで空恐ろしいぐらい」
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