写真勝負

 まさかやらされる羽目になるとは思わなかったのよ。だってだよ、アカネは端くれでもプロだし、東野の腕は落ちてるし、そのうえアマチュア。勝って当然だし、インチキされて負けでもしたらアホらしいって頑張ったんだけど、


「こういう修羅場もイイ経験だよ」


 勝負の場は祝部写真教室って事になって、ツバサ先生もどうしても付いて行くっていうのよね。そりゃ、付いて来てくれたら心強いけど、なんか子どもの喧嘩に親が顔を出すみたいな感じじゃやない。だから止めたんだけど聞いてくれなくて、


「アカネ行くよ」


 見てビックリした。ツバサ先生、変装してるの。あれじゃ、余程知ってる人じゃない限りツバサ先生ってわかんないぐらい。なに考えてるんだろ。さて勝負の場になる祝部写真教室は元町六丁目の古いビルの中。


 元町商店街もかつては栄えていたんだけど、西の方から順番に寂れて行って、三丁目ぐらいまではまだしもなんだけど、六丁目ともなるとかなりって感じ。そのせいで古いビルの家賃が下がっていて、ビル全体が若手芸術家のアトリエみたいになってるところもあるのよね。祝部写真教室もそんなビルの一角にある感じ。


 入っていくと写真教室の生徒みたいなのがずらり。やな感じ、なんか道場破りに来ている気分。アカネがやってるのは写真であって武術じゃないんだけど。そしたら東野が、


「アカネ、逃げなかったのは褒めてやる」

「ふんだ、これぐらいのアウェイのハンデをあげても勝負になんかならないわよ」

「言うか」

「なにを」


 そこに祝部老人が、


「勝負は人物写真とする。モデルは当教室の生徒だ。撮影条件はこちらで設定したものを使ってもらい、変更は禁止だ。つまり与えられた条件でカメラだけで撮ってもらう」


 えらい不利な条件じゃない。どうせそのモデルで、この撮影条件でトレーニングしてただろうし。それにアカネはペンギンとか、ライオンとか、トラとか、カルガモは撮ったことあるけど、まだ人物写真を仕事で撮っていないし。


「なにか質問は」

「相手のカメラをチェックさせて頂いて宜しいですか」


 先に撮ってるかもしれないものね。


「御心配には及ばん。ここに新品のSDカードを用意してある」


 ほぅ、祝部老人もわかってるじゃない。目の前で開封して、マークを書きこんで、


「双方のカメラをここに」


 そこで東野の野郎が、


「あははは、アカネ、まだそんな初心者用カメラを使ってるのか」

「悪いか。これで負けたら赤っ恥だぞ」

「せいぜい頑張りな」

「お前こそな」


 チクショウ、良いカメラもってやがる。これも勝負の前にツバサ先生に相談したら、


『あん、アカネはプロだから、それぐらいハンデあげなきゃ』


 どんだけハンデあげるんだよ。アウェイだし、相手はトレーニング済みの撮影条件だし、カメラもアカネのは八年前の入門機だし、審判の爺さんだって東野の先生だし。


「時間は三十分ずつとする。先攻は泉君でイイかな」


 またハンデ。撮影は教室の真ん中に座ってるモデルを撮るんだけど、全員が見てる前で撮るから、先に撮った方は相手の狙いとか見ることが出来るのよねぇ。それ以前に後攻だったら、東野が撮ってる間に作戦を考える時間があったのに。ツバサ先生を見ると涼しい顔してる。


「始め」


 エエイ、ヤケクソだ。人物写真だから被写体の魅力を引き出すのがテーマだよね。さて、この女の魅力がどこかになるんだよね。あちゃ、ここでもハンデか。ニコリともしやがらない。そっか、そっか、どんな表情しようがモデルの勝手ってわけか。きっと東野の時にはニコニコ微笑むつもりなんだ。


 仏頂面のモデルが相手となると・・・うんと、うんと、そう言えばいたよそんな奴。あの時にツバサ先生がどう撮ったかというと・・・その手で行くか。時間もあんまりないから、真似させてもらおう。


「終り」


 ふう、ふう、ふう。なんとかなったはず。それにしても一度ぐらい笑えよな。祝部老人にSDカードを渡して椅子に座ったんだ。ツバサ先生は相変らず涼しい顔。


「始め」


 東野の番になったら、予想通りモデルの女は微笑み始めたよ。勝つためにそこまでやるかと思ったけど、東野の野郎、エライ緊張してるな。どうして、こんな座興みたいな写真勝負にあそこまで緊張するのか不思議だ。ありゃ、汗までかいてやがる。あんなに緊張したら、肩に力が入り過ぎるから良くないんだけど。


「終り」


 東野の野郎、滝のような汗をかいてるじゃない。なんか変な病気か。東野も祝部老人にSDカードを渡して、さあぁ判定だけど。あの爺さん、いきなり、


「判定は泉君の勝ちじゃ」


 えっ、えっ、写真も見てないじゃない。東野が抗議してる。そりゃ、するよね。逆の立場だったら、アカネだってするもの。祝部老人は東野の抗議を一切無視して、ツバサ先生のところに歩み寄り、


「麻吹先生、本日は御多忙の中、座興に付き合って頂きありがとうございました」

「お互い弟子を鍛えるのは大変ね」

「ごもっともです」


 東野の野郎が豆鉄砲喰らった鳩のようになってた。


「麻吹先生って、あの麻吹つばさ・・・」

「そうじゃ、泉君はその愛弟子で、既に渋茶のアカネと呼ばれるほどのプロじゃ」


 渋茶は余計だ。でも、なぜ知ってるんだろう。帰り道で、


「祝部さんはどうして写真も見ずに判定が下せたんですか」

「あれだけ差があれば、プロならわかるよ」


 そうかもしれない。東野の奴、緊張の余りか、ロボットみたいな動きになってたものな。しっかし、ホームでインチキ同然の必勝条件をあれだけそろえて緊張しすぎだろ。


「東野の奴は緊張しすぎですよね」

「あれ、こういうシチュエーションなら、あれぐらいは誰でも緊張するさ」

「でもアカネは・・・」

「アカネはあれぐらいじゃ、プレッシャーなんて感じないようにしてある」


 たしかに。それにしてもツバサ先生は、祝部老人の事を知ってたみたいだけど。


「そりゃ、狭い世界だからね」


 まあ、プロとして食えてるのは少ないけど、


「でもよく先生のことがわかりましたねぇ」

「だからプロだって。これぐらいの変装ならわかるよ」


 そう言われれば、そうかもしれない。なんとなく祝部老人とツバサ先生が組んだ芝居を演じさせられた気がしたけど、これで高校以来の因縁の東野にリベンジ出来たようなものだからヨシとするか。

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