第2話 植物体
私は車椅子の前で腰を折り、タオルケットを妻の膝の上に返すと、俯いた顔を見上げた。
「大丈夫?」
妻からの返事はなかった。首をうなだれて、息をしているのかも定かでない。
焦った。
脈はある。心臓は止まっていなかった。
私は車椅子の背の後ろにある小型操縦機を操った。動かない。
――急いで病院に戻らねば。
目を上げると景色は異様に様変わりしていた。かなり広めの中学校の校庭だったはずだ。暗いとはいえあちこちに提灯型ライトが配置されていた。
今は真っ暗で華やかな浴衣も、Tシャツもジーンズも見当たらない。
車椅子の進行方向にもこもこと地面が盛り上がっている。いや、前だけではない、見渡す限りが掘り起こされた畑のようだ。
そしてもこもこの盛土の天辺から、植物がみるみるうちに芽を出した。どんどん大きく育ってきている。
「なんだこれ?」
……みんな、植物になるのよ……
妻の声が聞こえたので座席を覗きこんだが、目を覚ましたようではない。首はがっくりと垂れ、力ないまま。
空耳か? テレパシー? それとも思念同調というやつだろうか?
でこぼこになった地面を私は、よたよたしながら手動で車椅子を押した。土や植物の動きも止まらない。今にもバランスを崩して倒れてしまいそうだ。背もたれを押さえながら、地表の動きが少ないところをぬって病院に向かう。
……花の遺伝子を浴びてしまったのね、私も……
「遺伝子って何?!」
また声がして、私は走りながら妻の後ろ頭に叫ぶ。
……花火にされてしまった花たちが私の中で叫ぶの。思い上がってる、本物そっくりにしたいからって遺伝子操作なんてって……
「花火の色は金属の炎色反応だろう?!」
花火に各植物の遺伝子が載っていたと妻は呟いているらしい。
「あの花火は生命体だと言うことかっ?」
……植物の命を夜空に散らす、人類はそんなことまでしてしまった。飛び散った遺伝子を受けてみんな植物になるの。ほら、どんどん進んでる、見て、あそこ。子どもたちは福助作りの
花が…………咲き始めていた。
校庭だったところに数え切れない植物群落がある。校門外の路地にも、民家の庭にも、アスファルトの亀裂にも。
それぞれ元は人間だったのか?!
自分にもそれとわかる花があり愕然とする。
ヒマワリになったのは男子高校生。
病院に続く道路のセンターラインの真下から、しだれ柳が芽吹いた。みるみるうちに幹を伸ばし太っていく。根がはびこるにつれて道路はせり上がっていく。そこにトケイ草と妻が呼んだ蔓性植物が絡んでいった。
私は柳の根張りが作ったでこぼこの上を、息を切らせて車椅子を押した。
「ハアハアハア、誰、でも、いい、こんな悪夢は終わらせてくれ!」
……仕方ないわ、二酸化炭素が増えすぎたもの。私たちは植物に進化するしかないの……
「そりゃ、花火だって爆発、二酸化炭素は出るんだろう。環境にはよくないのかもしれない……」
……ミサイルを打ち上げるのも迎撃するのも人間。酸素を吸って二酸化炭素を吐くのも人間。地球は2025年以来、人類を育むことを辞めたそうよ? 人が愚かな大惨事を引き起こす度に取って代わるのは植物……
「進化というなら光合成のできる人間でもいいじゃないか、どうして人が死んで植物に変わらなくちゃならない?!」
……わかってないのね。花そっくりの花火を欲しがったのも人。自国の主張を通すためにミサイルを発射したのも人。自分たちを守るために迎撃したのも人。お祭り騒ぎしたいのも、最新の花火を愛する人に見せたいのも人。人の切なる願いが折り重なってしまっただけ。逆にいえば、人などいなければこんなこと、起きない……
しだれ柳の根元を廻り、何とか病院に辿りついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます