すべてを滅ぼし掌握する【覇王】
次の瞬間、液体の塊に捕らわれていた少年は炎に包まれていた。
続いて激しい爆発が巻き起こる。青と橙の混じり合った極大の炎の柱が渦を巻くようにして少年を包み込み、噴き上がった。
それは、急激な蒸発と燃焼。彼を包み捕らえた液体の塊が、魔力でカタチを成していたアルコールが、内部からのあまりの高温によって発火したことによるものだった。
眼前で起こった爆発に、瑞穂は咄嗟に跳び退いて避け、奈留は防御魔術を展開することによって身を守る。そして少女たちは、立ち込める白煙の中から少年の声を聞いた。
「ふ――俺も随分とつまらん奴を相手に呼び出されたものだな」
炎の中から腕が伸びる。
それは筋肉のような繊維が犇く屈強な腕。その色は紅く、より紅く煌々と輝くマグマのような筋が這うように走っている。節々から煙が上がっているその様子は、非常な高温を湛えているかのように見えた。
腕から発せられる熱によって、アルコールの塊は爆発し瞬時に気化したのだろう。それを誇示するかのように、巻き起こる炎の制御を掌握しているかのように、紅く屈強な腕はその拳を握り締める。
途端に、炎の勢いが失せた。
紅い腕は炎の柱を軽く薙ぐ。
瞬時に、炎の柱は拭い取られたかのように掻き消えた。
そこに立っていたのは天王寺翔真の身体。しかし、その瞳は爛々とした金色に満ち、その肩から伸びているのは、己が身体を覆い捕らえていた液体の塊を炎と爆発によって瞬時に消しとばした、紅く屈強な腕。
「翔真さん――いえ、アシャ――さん」
爆風の中で立ち上がり、瑞穂は呟いた。
金色の瞳の少年――覇王アシャは微動だにせず、爛々と輝く瞳だけをじろりと動かして瑞穂を見やった。
「小娘。お前――何故、俺を呼んだ?」
「え――?」
問いの意図がわからず、瑞穂は小首を傾げた。
「お前であれば、この程度の
「それは――」
言い淀む瑞穂を庇うように、奈留は横から声を上げた。
「いやいや、もっちーは翔真くんを助けるために、仕方なくあんたの封印を断ち切ったんだよ! それにあんたの力に頼って何がいけないのさ! あんただって一時的とはいえ封印から解放されて大暴れできるんだから、それでいいじゃないさ!」
アシャは視線を動かすこともなく一喝した。
「
「うっ――だっ、だけど、今回は翔真くんを助けるために仕方なくだって――」
「俺はそれ以前の話をしている。貴様が考察を垂れ流すまでもなく、小娘は敵の弱点が頭か心臓であることに気づいていた。つまり、最初に敵があらわれた時点で、小娘はそれを倒すことができたはずだ」
「いや――でも、それはさ――」
「も――もういいよ、奈留さん――ごめんね」
しどろもどろになる奈留を見かねたのか、瑞穂は小さく呟いた。
「アシャさん――確かに、あなたの言う通りですよ――私は防戦に徹してしまい、結果としてエリスちゃんを拐われて、さらに翔真さんまで危険に晒してしまった。もちろん、安易にあなたの力に頼ってはいけないことも――【切り札は最後まで取っておくもの】だということもわかっています。これは私の甘えです――なぜなら、あの敵は――」
「ふ――もうよい、解った」
金色の瞳の少年は、視線を正面へと戻すと嗤いを咬み殺すかのように口許を歪めた。
「あの敵は人間ゆえに、ということであろう――? なるほど、そうまでして、【人間は殺したくない】ということか」
心の中を見透かすようなアシャの言葉に、瑞穂は息を呑む。少女は精一杯の反抗の姿勢として、睨み付けるような視線を送りつつ呟いた。
「あなた――そこまでわかっていて、あえて理由を聞くんですね」
「ふ、念のために確認しておこうと思っただけの話だ。本来であれば、俺に歯向かう敵は例外なく抹殺し、肉片どころか塵ひとつ残さずに滅ぼすところだが――今回だけは、お前たちのその甘さに付き合ってやろう」
「――え、それは」
意外なアシャの言葉に、瑞穂は眉を潜めた。
「聞こえなかったのか? 要はあの人間を殺さずに、この状況をどうにかすればよいのだろう?」
表情を動かさず白い顔をして、少女は小さく頷く。
「え、ええ――お、お願い――します」
「ふむ――だが、勘違いするなよ。何もお前の願いを聞いてやっているわけではない。我が【器】が、【人間を死なせてしまうと、瑞穂ちゃんが泣いてしまう】などとのたまうが故に、仕方なくその我儘に付き合ってやっているにすぎん」
「え――翔真さんが――えぇ――私が泣く? ええっ――??」
思いも寄らなかった翔真の考えを聞かされ、恥ずかしさからか瑞穂の白い頬はみるみる紅潮していく。
「さて――」
真っ赤な顔で身を捩らせる少女を尻目に、アシャは白い空間を見上げて声を張り上げた。
「いつまでも隠れていないで、そろそろ姿を現したらどうだ! カタチ無き流体生物よ。それとも俺に見つけて欲しいのか?」
○●
アシャの声に応えるように、白い空間の何処かから湿った声が――【
「アヒヒヒィ……! なるほど、それがお前の本性か……【枷の男】よ」
「ふん、そんなつまらん名で呼ぶな。俺の名は【絶対覇王のアシャ】――かつて、
「クヒィッ! 知るかそんなこと。【あの方】からはお前を捕らえるように言われているが、しかし抵抗するようであれば――」
キシナリが言い終えるよりも先に、白に染まった上空から液体の触手が生えて伸び、アシャへと一斉に襲いかかる。
「クヒヒィ――そう、【あの方】からは、抵抗するようであれば殺してもよいとも言われているのでナァ!」
頭上から降り注ぐ液状の触手。アシャは表情ひとつ動かさず、実につまらなそうに、すぐそこまで迫った触手を、その尖り研ぎ澄まされた先端とを見つめていた。
「つまらん攻撃だ――小娘にすら先読みされ断ち切られてしまうほどに遅く安直な軌道、急所を射貫かなければ致命傷にならぬ殺傷力の低さとそれ故のワンパターンな狙い、それは即ち――防ぐのが非常に容易いということ」
アシャは右腕を握りしめた。
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