第43話 夏祭りと浴衣と花火と…… 後編
待ち合わせ場所の神社の入口。そこで安藤はひとりぽつんと立っていた。
ちょっと早く来すぎたかな……?
暇つぶしにスマホを取り出そうとすると、声をかける者が。
「おまたせ……待った?」
「あ、神代さん」
見れば浴衣姿の舞がこちらにやってきた。
紫色の布地に紫陽花の柄がよく似合っている。
「よく似合ってますよ」
「そ、そう? ありがと……」
そう褒められて朱が差した頬を掻く。
「そういえば、あの子はまだ来てないの?」
「そうみたいすね。とりあえず待ちましょう」
フランチェスカが待ち合わせ場所の神社の入口に着いたのは約束の時間より10分過ぎた頃だ。
「あ、フランチェスカさん!」と安藤が手を振り、舞が「遅いわよ!」と腕時計を指さす。
「ごめんごめん! 途中でマザーに捕まっちゃってさ」
片手で詫びながら合流を果たす。
「あれ、フランチェスカさんも浴衣なんですね」
「あんたも浴衣持ってたの?」
「ううん、ラーメン屋のおばさんが貸してくれたの」
「へぇ、でもよく似合ってますよ」
「えへへ……ありがと。そういえばマザーからもそう言われたわ。おまけに夏祭りにも行かせてくれたのよ」
逆に何かあるんじゃないかって思うくらい恐いけどねと付け加え、三人で神社の敷地内へと入る。
今夜の神社は参拝客ではなく屋台や花火を見に来た者たちでごった返していた。
境内や本殿へ通じる道路では、屋台の焼きそばがじゅうじゅうと音を立て、ソースの良い香りが通行人の鼻腔をくすぐる。
その隣では店主が器用に棒をくるくるまわしながら出来上がった綿あめを客に手渡す。
いずれもフランチェスカにとっては初めての体験で、見るものすべてが新鮮に映ったことだろう。
「わあ……っ!」と目を輝かせて様々な屋台を見てまわる。
「ちょっと、あんま遠くに行かないでよ! 迷子になっても知らないから!」
舞の忠告などどこ吹く風とアニメのキャラや戦隊ヒーローのお面が並ぶ出店を通りすぎ、屋台のひとつで立ち止まる。
「ねぇ、これなに?」と指さしたのはあんずやリンゴ、ミカンなどが飴でくるまれたものだ。
「あんず飴ですよ。食べたことないですか?」
「お嬢ちゃん、このゲームで当てたらもう一本もらえるよ」
店主の老婆がスマートボールを指さす。ビー玉を入れてパチンコではじいて穴に入れるゲームだ。
「面白そう! やってみる!」
代金を支払ってビー玉を入れる。だが、力加減が強すぎたのか、穴に入らなかった。
「残念! はいどうぞ」と飴を手渡す。
「むー……」
納得いかない顔のフランチェスカが受け取り、舞が「今度はあたしがやる!」と袖をまくる。
今度は絶妙な力加減で見事、真ん中の穴に落ちた。
「大当たり~! はい二本ね」
「神代さんすごいっすね!」
「コツがあるのよ。コツが。はいアンジローの分ね」
両手にあんず飴を持ったドヤ顔の舞が安藤に一本を渡す。
そんなふたりの様子を見習いシスターは恨めしそうに見る。
「ぬ~……」
そしてガリッと飴をかじり、ふと隣の露店を見る。
「ねーまいまい」
安藤と談笑する舞に話しかけ、「なに? って言うか」
まいまい言うなと言おうと振り向いた巫女の頬に何かが当たる。
「やーい引っかかった!」
吹き戻しと呼ばれるおもちゃの笛で舞の頬に紙筒を当てたフランチェスカがけらけら笑う。
「あんたねぇ……」
「ん? 怒った? やーんこわーい」とまた笛をピーと鳴らす。
そのあとはいつものやり取りだ。
「あ、あのふたりともここでケンカは……」
安藤がなだめようとしてもなしのつぶてだ。険悪な空気を変えたのは意外な人物であった。
「安藤じゃねーか。お前も祭りに来たのか?」
安藤が振り向くとそこにはクラスメートの
「俺はフランチェスカさんと神代さんと一緒に……でもお前がひとりで祭りに来るなんてめずらしいな」
「今日からユーチューバーとしての活動を本格的に始めようと思ってな……まずは夏祭りの実況に来たというわけさ」
そう言ってハンディカメラを見せた。
「高そうだな」
「姉貴から借りたんだ。で、モノは相談なんだが……あのふたりに出演をお願いしたいんだが」
相変わらず火花を散らすフランチェスカと舞のふたりを見る。
「あのー……」と安藤がおそるおそる声をかけるが、「なに!?」とふたりからじろりと睨まれる。
「実は同級生が来てて……」
経緯を説明すると、ふたりの険悪な顔がだんだんほぐれてきた。
「ユーチューバー?」と怪訝な顔をする舞に対して、フランチェスカは「それおもしろそう!」と乗り気だ。
「で、提案なんすけど、おふたりにいろんな屋台を見てまわってほしいなーと。その様子を動画に収めたいんす」
「あたしやる! ちなみに経費で落とせるの?」
「まだ高校生っすから、それはちょっと……」
桧山が申し訳なさそうに手を振り、つぎに舞のほうを見る。
「ぜひ神代神社の巫女さんにも出演していただきたく」
「お断りよ。道楽のために動画に出るなんて」
ふんっとそっぽを向く。
「そんなぁ……」
「いいじゃない、出てあげなさいよ。まいまい」
「だからまいまい言うなつってんでしょ!」
せっかくアンジローと良い雰囲気になったってのに……。
巫女から色よい返事をもらえずに桧山ががっくりとうな垂れ、「じゃフランチェスカさんお願いしますね」とカメラを回そうとした時、見習いシスターがそれを止める。
「まって! いい考えがあるの。せっかく夏祭りに来たんだから、それらしいもので勝負しましょ! ね、まいまい」
だが、舞は両手を組んだままそっぽを向く。
「あれー? もしかして負けるのがこわいの?」
この一言が効いたらしく、舞がきっと見据える。
「言わせておけば……! いいじゃない。やってやろうじゃないの!」
「そうこなくちゃ!」
売り言葉に買い言葉だ。
「いいねいいねぇ! ふたりとも良い素材だから、これは確実にチャンネル登録数のびるぞ! ここに見習いシスターと巫女の勝負の火蓋が切って落とされた――!」
興奮気味にカメラを回す同級生を安藤は冷めた目で見る。
†††
「夏祭り対決! まずは金魚すくいでいってみよー!」
桧山がハイテンションでカメラを回しながら実況するなか、見習いシスターと巫女のふたりは
「ルールはシンプル! 捕れなくなるまで捕って数が多いほうが勝ち! それではよーいスタート!」
号令と同時にフランチェスカがポイを水中へと――――
「ああっ!」
「おおっとぉ! 勢いが強かったのか、フランチェスカ選手のポイが破れてしまいましたー!」
「ぬ~……」と穴の開いたポイを睨むフランチェスカを横目に舞が「あはは! ヘタねぇ」と笑う。
慣れた手つきでポイを水の中でくぐらせるように入れ、金魚が近づくと素早くにだが、慌てずにボウルに入れる。
「っしゃ! まずは一匹め!」
それからの舞はどんどんと金魚をすくい、ボウルはみるみるうちにいっぱいになってきた。
「神代選手! 圧倒的なスピードで金魚をすくっていきます!」
ふふん、この勝負もらったわね。ま、ポイに穴が開いた時点で勝負は決まったものだけど……。
そう勝利を確信していた舞の隣でどよめきが起こった。
「スゲー! このねーちゃん、どんどん捕ってるぞ!」
バカな……! あのポイで金魚がすくえるわけが……
見ればフランチェスカは穴の開いたポイの
ボウルにはすでに赤と黒とりどりの金魚がぴちぴちと跳ねていた。
「ちょっと! そんなのアリなの!?」
「別にポイが破れたら失格とは言ってなかったわよ?」とポイを指に引っかけてくるくる回す。
「そんなの屁理屈じゃない!」
なお抗議しようとする舞のポイがついに破れた。
むろんフランチェスカのように引っかけて捕れるわけもなく、ただ彼女がどんどん捕っていくのを眺めるしかない。
「もうやめてくれ! これ以上捕られたら商売あがったりだ!」
店主の制止で試合は終了し、それぞれ捕った金魚の数を数える。
「神代選手、13匹。フランチェスカ選手、18匹! よってこの勝負、フランチェスカ選手の勝利です!」
「っしゃ!」
桧山から勝利の宣告を受け、見習いシスターはガッツポーズ。
対する舞は納得いかない顔で睨む。
「次はあたしが勝つからね!
†††
「さて、続く第二戦目は型抜きです! おふたりには同じ型で競ってもらいます。相手より早く型を抜いたほうが勝ちです!」
色づけされた板状の菓子に様々な模様が描かれた型をピンでくり抜くゲームだ。
割らずに型を抜けば、店主から景品やお金がもらえるという、子どもにとってはお小遣い稼ぎにもなる夢のようなゲームだ。
とは言うものの……
見習いシスターと巫女のふたりがピンを手にちまちまと無言で削る様子はいまひとつ盛り上がりに欠ける。
「むー……なんで日本のお祭りってこんな細かいのやるの?」
細かい作業が苦手なフランチェスカはだんだんと苛立ちを募らせていく。一方、細かい作業が得意な舞はもくもくと削りながら型を順調に抜いていく。
それがますますフランチェスカを苛立たせた。細い線の型を削る指に力が入りそうになる。
パキッ
「ああっ!」
「フランチェスカ選手、割れてしまいました! 神代選手のひとり勝ちなるか!?」
「古来より、日本人は手先が器用な民族。細かいことを気にしない欧米人には難しかったみたいね」
ふふんとしたり顔で言う舞にフランチェスカがぎりぎりと歯噛みする。
「あっ!」
いきなり舞の型がパキッと割れた。
「ちょっとあんた何すんのよ! もう少しで完成だったのに!」
「うるさい!」
「おおっと! 乱闘が始まってしまいました! ここは同級生に判定をお願いしましょう!」
桧山がくるっとカメラを安藤のほうへ。
「フランチェスカさんが机を叩きつけるのを見ました」とキッパリと断言。
「フランチェスカさんの不正が認められましたので、この勝負、神代選手の勝ちです!」
「アンジロー! あんたどっちの味方よ!」
「こんな勝ち、納得いかないんだけど!」
互いの頬をつねりながらぎゃあぎゃあと丁々発止を繰り広げるふたりをなんとか引き剥がして、次の試合場へと向かう。
†††
「ついにやってきました! 最終決戦! ここまでふたりとも一勝一敗。泣いても笑ってもこれが最後です!」
最終決戦の場として選ばれたのは射的だ。
「ルールは単純明快。的を撃って、落とした数が多いほうが勝ちです!」
すでに両者とも銃を構えている。
「それでは始め!」
号令と同時にポンッと破裂音がしたかと思えば、駄菓子の箱が棚から落ちた。
「……銃に、異常はないようね」と次弾のコルクを詰める舞に「いや、どこのA級スナイパーすか?」と安藤が突っ込むと、また破裂音。
今度はフランチェスカだ。
「あたしの後ろに立つと危ないわよ」
「こっちも!?」
次々と的が撃ち抜かれ、ぽとぽとと落ちていく。
「両者、一歩も譲らぬ勢いです! はたして勝利の女神はどちらに微笑むのか!」
的を撃ち落としたフランチェスカが弾を込めて次の標的に狙いをつけ、引き金を引く。
「あっ!」
コルクの弾はすれすれで外れた。
「一撃必殺が絶対条件のこの勝負、どうやらあたしの勝ちみたいね!」
舞がコルクを詰め、構えて引き金を引く。だが、いきなり弾が的に当たる直前ではじかれた。
「え……!?」
「ごめーん。流れ弾が当たったみたいね」とフランチェスカがぺろっと舌を出す。
「卑怯よ! 狙ってたでしょ!」
「さぁー? なんのことやら」
あくまでしらを切る見習いシスターに巫女がぐぬぬと歯噛みし、銃を構えた。狙うは最上段の『王将』と彫られた特大サイズの将棋の駒だ。
それを見てフランチェスカがけらけら笑う。
「バカなの? ねぇバカなの? あんなデカいの倒せるわけないじゃない」
だが舞が放ったコルクの弾丸は駒に命中し、跳弾ではじかれたそれはけらけら笑うフランチェスカの眉間に見事命中した。
「いっ……!」
「あら、ごめんなさいねぇ。まさか駒じゃなくてあんたに当たるとは思ってなかったわ」
「今のは明らかに狙ってたでしょ!」
眉間を押さえてびしっと舞を指さす。
「さぁー? なんのことやら」
「ぐぬっ……こうなったら白兵戦よ!」
「いいじゃない。やってやろうじゃないの!」
銃剣のようにがきんがきんと乱闘を始めたので安藤が慌てて止める。
「喧嘩両成敗ということで、この勝負無効です。よって夏祭り対決引き分けとなりました!」
「「ふざけんじゃないわよ!」」
†††
「いやー撮れ高十分十分♡ これもすべておふたりのおかげですよ」とほくほく顔の桧山がカメラを回しながら見習いシスターと巫女のふたりに礼を。
「別に。あんたが満足したんなら勝手にすれば」とイカめしをぱくりと食む舞。
「そんなことより収入はいったらあたしにも回してよね」とずるずると焼きそばを啜るのはフランチェスカだ。
「まぁまぁふたりとも……もう対決は終わったことですし、祭りを楽しみましょうよ」
対決が終わってもふたりの喧嘩は続いていた。安藤がイカめしと焼きそばをおごるからと言わなければ永久に続いたことだろう。
腕時計を見るともうすぐ7時50分だ。
「あと10分で花火があがりますよ」
「そうなの? でももうちょっと屋台見てまわりたいな」と見習いシスターが名残惜しそうにきょろきょろと周りを見る。
「そこの学生たち、肝試しはいかが?」
急に声をかけられ、そのほうを見ると幽霊の仮装をした中年男性が提灯を持って手招きしていた。
「キモダメシってなに?」
「お化け屋敷みたいなもんですよ」と安藤が説明し、舞が「花火の時間に間に合わなくなるわよ」と断ろうとする。
「花火大会なら、この肝試しのゴールの近くですよ。ここを通ったほうが近道ですよ~」
ひっひっひと幽霊役の中年男性が脂ぎった汗を浮かべながら下卑た笑みを。
そのリアルな役作りに思わず一同がたじろぐ。
「おもしろそう! あたし行く!」とフランチェスカが挙手を。
「おお~勇気あるお嬢ちゃんだねぇ。そちらのお三方は?」
「もちろん! 俺には動画配信という使命があるしな!」
「あー……じゃあ俺も」
「らっしゃいらっしゃい。地獄の入り口へようこそ~……おや、お嬢ちゃんは入らないのかい?」
見れば舞が残っていた。
「あたしはお化けとか幽霊とかは信じてないの。そんな子供だましに……」
そこまで言って舞ははたと気づいた。
まって! これってチャンスだわ! 驚いた拍子にアンジローに抱きつくという口実が出来るじゃない! 我ながら名案だわ。
うんうんと拳を握りながらうなずいた巫女は先に入った一同の後を追うべく入り口へと飛び込んだ。
「はーい。いってらっしゃ~い」
舞の後ろでひっひっひと笑い声。
†††
そこは竹藪を利用したもので、お化け役に扮装した町内会の役員が陰から飛び出して驚かし、そこかしこで悲鳴が上がる。
フランチェスカを先頭にして安藤たちは暗い通路を進む。狭い道なのでふたりしか通れない。
幸いフランチェスカは先頭にいるので安藤の隣はがら空きだ。桧山はといえば、相変わらず後ろでカメラを回し続けている。
そのうち訪れるであろうチャンスを舞は今か今かと待ち構えていた。
「あはははっ! 見てみて、ヘンなメイク!」と驚かし役の幽霊を指さす。
フランチェスカは怖がるどころか、楽しそうだ。それどころか面白がっている節さえある。
これじゃなかなかアンジローの隣に行けないじゃない……。
はぁっと溜息をひとつ。
しかたない。作戦を練り直すか……。
その時、舞のそばで草むらががさがさと音を立てた。
いきなり草むらから飛び出したそれは舞の足元へ――
「ひゃっ!」
飛び出したのはただの蛙だ。だが、舞を飛び上がらせる効果はあったようだ。
がしっと腕をしっかと抱きしめるように掴む。思いもよらずに訪れたチャンスを逃さないかのように。
「あ、あたし、カエルだめなの……」
ぎゅっと目をつむる。
思い人はなにも言わない。きっと突然のことで驚いているのだろう。
ならば、こちらから想いを伝えるまでだ。
「アンジロー……あ、あのね、あたし……」
意を決して目を見開く。
だが、そこにいたのは安藤でなく、カメラを回す桧山だ。抱きつかれて嬉しいのか、鼻の下を伸ばしている。
「なんであんたなのよぉおおお!」
「や、巫女さんの驚く顔も動画に収めたいなー……と」と舞に首をがくんがくんと振られながら。
すでにフランチェスカと安藤は先に進んでいる。
桧山からカメラを引ったくると、遠くへとぶん投げる――!
「やめたげてよぉおお! 俺の動画がぁあああ! いや、その前に姉貴に殺されちゃううううう!」
桧山がカメラを追いかけ、舞はふたりのあとを追う。
†††
「はいゴール! おめでとうございます!」
幽霊役のスタッフに迎えられ、フランチェスカと安藤は竹藪の外へと出た。
入り口にいた中年男性が言ったとおり、そこは花火大会の会場の近くで、浴衣を着た男女がぞろぞろと集まってきていた。
「ここで花火が見られるのよね」
「もうそろそろですよ」と安藤が腕時計を見ながら。
「そういえばスペインでも花火大会ってあるんですか?」
「もちろん! サン・フアンの火祭りも有名だけど、やっぱり一番はバルセロナのメルセー祭で打ち上げられる花火ね」
日本の花火も上がるのよと付け加える。
「へぇー。あれ、そういえば神代さんたち来てないすね」
「どうせ後から来るでしょ」
その時、ひゅるるると音がしたかと思えば、たちまち夜空に一輪の華が咲いた。
間を置かずに次々と花火が打ち上げられ、見物客の目を楽しませる。
「わぁ! すごいすごい!
「ホントすね!」
隣で目を輝かせる見習いシスターを見る。
花火の照り返しを受けた彼女は、着物の柄と相まってとても美しかった。
「フランチェスカさん、俺……フランチェスカさんのことが」
その後の言葉は打ち上げられた花火の音でかき消された。それと同時に安藤も我に返る。
「ん? なに? なにか言った?」と手を耳に当てながら聞いてくる。
どうやら聞こえなかったようだ。そのことに安藤は少しホッとする。
「あー……いや、その花火がキレイだなーって……」
そう言って頭を掻きながら誤魔化す。
そんな微笑ましいふたりの光景を遠くから見つめる者があった。
舞だ。やっと肝試しから抜け出し、ふたりの姿を探していると、ちょうどふたりが仲良く話している場面に出くわしたのだ。
舞とふたりの間には見えない溝があるかのように、まるでどこかの別世界のように感じられた。
あたしの入るすき間なんて、ないじゃん……。
上空にて花火が上がるなか、舞は下を向いてうつむく。そして踵を返してその場を後にした。
その時、桧山とばったり会った。カメラを手にしているところを見ると、無事回収出来たらしい。
「あ、神代さん。ひどいじゃないすか! まぁ無事だったからいいものの……ちょ、どこ行くんすか? まだ花火終わってないですよ?」
「いい……あたし、帰る」
桧山はとぼとぼと歩く巫女の背中をしばらく見送り、姿が見えなくなると花火大会の模様をカメラに収めるべくふたりの下へと走っていった。
†††
聖ミカエル教会の最寄り駅。
改札口から夏祭りを堪能したフランチェスカと安藤が出てくる。
「あー楽しかった!」
「楽しんでもらえたみたいで何よりっす。でも神代さん途中で帰っちゃいましたね」
「しょうがないじゃない。門限あるから帰るってライン来たんだし」
「それはそうすけど……でもなんで俺も一緒に教会まで行かなきゃいけないんすか?」
安藤の降りる駅は別だ。帰る際にフランチェスカから一緒についてきてほしいと頼まれたのだ。
「だってさ、今日のマザーなんかヘンだったんだもん。誰か一緒にいたほうが安全じゃない?」
そう言うと、いきなり安藤の腕にしがみつく。
「ちょ、フランチェスカさん! 近いっすよ!」
「なにを今さら照れてんのよ」
付き合いたてのカップルのようなやり取りをしていると教会に着いた。
「いい? 開けるわよ。あんたは絶対そこにいてよね」
門をゆっくりと開ける。礼拝堂は薄暗く、明かりといえば蝋燭のみだ。
誰もいないと思いきや、最前列の長椅子に腰かけて静かに祈りを唱える者が――
マザーだ。
帰ってきたふたりに気づいたのか、マザーが頭を上げてこちらを見る。
「お帰りなさい。フランチェスカ……あら、安藤さんも来ていたのですね」
「お久しぶりです。マザー」
「めずらしいですね。マザーがこんな時間までいるなんて……なにかあったんですか?」
フランチェスカの問いにマザーは言いにくそうにする。やがて意を決して彼女を見据える。
「フランチェスカ、よく聞きなさい。あなたの日本での修業は終わりです。スペインに帰るときがきました」
次話に続く。
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