第39話 ベルリン、壁のむこう③
ベルリン、シェーネベルク地区――現代。
ハルゼー
どくどくと高鳴る動悸が治まるまで深呼吸を何回か。
深く息を吸うと次第に動悸は治まっていった。
また、あの夢を見るなんて……。
ベッドから降りて窓のほうへ。カーテンを開けると昇ってきた太陽の眩しさに思わず目を細める。
窓ガラスにハンナの顔が映り込む。髪は白髪となり、顔には年相応の苦労という名の皺しわが刻み込まれていた。
老婆となった自分の顔を見つめて、ふぅと溜息をひとつ。
あれから、もう50年以上も経つのね……。
東ドイツから西ドイツへ逃げ出したハンナはアンネ・ビーアマンへ名を変え、後に西ドイツで知り合った男性と結婚してフォルトナーへと姓を変えた。
だが、その夫も数年前に亡くなり、今は娘がときどき様子を見に家に来るだけとなった。
1990年にドイツは統一し、壁が無くなったことによって自由に行き来が出来るようになった。むろん、東に残してきた夫を探しに行ったが、統一直後の混乱で行方はわからなくなっていた。そう、あの日までは……。
窓に手を触れると痩せて細くなった手にひんやりとした感触が伝わってくる。
「ノイマン。教えて、あなたは本当にスパイだったの……?」
当然その疑問に答えてくれるものはいない。ハンナはカーテンを閉めて寝室を出た。
†††
同時刻――
ドイツの高速列車――
窓から田園地帯が次々と通り過ぎるなか、車掌が「切符を拝見」と確認していく。
「
制帽のつばをつまんで礼を言い、次の座席へ。
「切符を拝見」
だが、乗客は眠っているらしく、アイマスクをしたまま口をだらしなく開けていた。
寝ているからといって無視するわけにはいかない。こほんと咳をしてから再度声をかける。
「すみません! 切符を拝見します」
するとその声に驚いたか、体をびくっと震わせた。
「へあっ!? な、なに?」とアイマスクのまま、きょときょとと振り向く。
アイマスクをずらして目の前の人物が車掌だと認めると「ああ、切符ね……はいどうぞ」と半券を手渡す。
「結構です。どうも」
「ありがと。ね、ベルリンまであとどのくらいかかりそう?」
「ついさっきドルトムント駅を過ぎましたから、あと5時間というところですね」
「そう、ありがとう」
「どういたしまして」
制帽のつばをくいと上げて「よい旅を」と挨拶を交わして次の座席へと。
車掌から戻された切符を修道服――スカプラリオのポケットに戻したフランチェスカはアイマスクを下ろしてふたたび眠りについた。
昨日、パリ北駅からフランス国鉄が運営するTGV(高速鉄道)に乗車してフランクフルトへ。そこからICEに乗り換えて列車は一路、ベルリンへと向かう――。
この時、フランチェスカはのちに、ベルリンで東西ドイツ統一に関する事件に巻き込まれることは知る由もない。
④に続く。
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