第33話 フランチェスカ、京都へ行く④


 「ほんまに助かりましたわぁ」


 フランチェスカが追い払い、観光客がいなくなったところで舞妓が礼を。


 「あれ、松風まつかぜさん?」

 「あらぁ、舞お嬢ちゃんやありまへんか」

 「ん、知り合いなの?」

 「うちに住み込みの舞妓さんのひとりだよ」

 「ほんなら、この可愛らしいお嬢ちゃんが舞お嬢ちゃんのお友だちどすな。初めまして、松風と申します。どうぞお見知りおきを」


 典雅な仕草で頭を下げる。


 「大丈夫? 観光客に取り囲まれてたけど」


 舞が不安そうに聞くと松風が手を胸に当ててふるふると首を振る。


 「かんざし屋の橘さんところへ用事を済ませた帰りにいきなり囲まれまして……まるで狼の群れに放り込まれた羊の気分どしたわ」


 おまけに言葉も通じまへんし……とまた首を振る。


 「安心して! また絡まれたらあたしがガツンと言ってやるから!」とフランチェスカが力こぶを作ってふんすっと力強い鼻息を。


 「そう言っていただけったら、頼もしいどすなぁ。それにお嬢ちゃんほんまにえらい綺麗やわ。まさにはんなりそのものどすなぁ」

 「? ハンガリー? あたしスペイン人だけど」

 「はんなりは明るくて陽気なって意味。まさにあんたそのものってこと」と舞が代わって説明する。


 「それはそうと、なんでここに来たんどすか?」

 「ちょっと市内観光を」

 「うん。あたし京都はじめてなの」

 「そうどしたか。あら?」


 松風がふたりの後ろを見やる。振り向くと年配の男性が人力車を引っぱっていた。


 「ちょうどええところに来たわ。とめさーん」

 「おぅ松ちゃんやないか。どないしたんや?」

 「こちらのお嬢ちゃん、京都に観光に来たんどす。乗せてもらえまへんか?」

 「松ちゃんみたいな別嬪さんのお願いならいつでも聞くわ! ほな嬢ちゃんたち、乗りぃや!」


 松風の好意に甘え、ふたりは人力車に乗り込む。


 「ほな飛ばしますさかい、しっかり捕まっとぉくれやす!」


 車夫しゃふの留吉が柄を掴んで水平に持ち上げると、後ろの座席ががくんと揺れ、フランチェスカが思わず「わっ!」と声を上げ、そのまま走り出した。

 松風に見送られ、人力車は留吉の年配とは思えぬ健脚で四条通りを駆ける。

 留吉がときどき解説をしながら、また冗談を挟んだりなどしてふたりを笑わせた。


 「留さんはこの仕事は長いの?」とフランチェスカ。

 「へぇ! この道もう五十年になりまさぁ! でもこの不景気で稼ぎは火の車でして! いまにも尻に火がつきそうですわ」


 碁盤状の祇園の街をえっさほいさと駆けめぐり、二条城が左手に見えてきた。


 「観光しますかい? なら、ここで待っとりますさかい」


 人力車から降りて砂利道を歩く。二条城は徳川家康が京都での本拠地として建てさせ、徳川慶喜が大政奉還を執り行って江戸幕府が崩壊するまで江戸時代の始まりと終わりを見てきた城だ。


 「ヨーロッパの城とはまた違うわね」

 「ヨーロッパのお城って石造りだっけ?」

 「うん。それもあるけど、ヨーロッパの城って縦に造られてるのが多いのよね。でも日本の城って横に広がってるって感じ」


 ああなるほどと舞が納得する。

 フランチェスカがスマホで二の丸御殿を撮影する。

 そこへ「あの……」と遠慮がちな声。振り向くと女子大生と思しきふたりが。


 「一緒に写真撮ってもらっても構いませんか?」

 「あたしと? いいわよ!」

 「ありがとうございます! キレイなひとだなーと思ってました!」

 「日本語うまっ! どこから来たんですか?」

 「スペインよ。まいまい撮って!」

 「だからまいまい言うなっての!」


 ふたりの女子大生に挟まれるかたちでピースサイン。

 礼を言う女子大生と手を振って別れを告げる。

 本丸御殿、庭園と巡り、入口へと戻る。

 人力車に戻ろうとした時、また声をかけられた。今度は英語だ。


 「Excuse me,I don't know how to by ticket……(すみません、チケットの買い方がわからないのですが……)」

 「え、あ、えーと……ア、アイアム……」


 狼狽える舞の隣でフランチェスカが英語で対応し、いささかオーバーなリアクションで礼を言われる。

 すると、それを皮切りにわらわらと外国人観光客が集まり、それぞれ母国語で質問攻めに。


 「まいまい、あたしが通訳するから道とか教えて!」

 「う、うん」


 まず観光客から母国語で相談を聞き、フランチェスカが日本語で通訳して舞から回答を得ると、最後に母国語で返答するという三者間通話で次々とさばいていく。


 「Vielen Dank!(どうもありがとう!)」

 「Bitte schön! Gute Reise!(どう致しまして。よい旅を!)」


 ドイツからの観光客に手を振ると、ふたりの少女がふうっと溜息をつく。


 「疲れた……さすがに数ヶ国語で通訳するのは骨が折れるわよ」

 「あたしもそばで聞いてて疲れたよ……聞いたことない外国語ばっかだしさ……」


 やっと人力車へ戻り、後部座席に腰を下ろしてぐったりとなる。

 留吉が柄を水平にして駆けぬけ、ぐるりと一周して元の場所へと戻る。

 柄を下ろして踏み台を用意してふたりを降ろす。


 「ありがとうございます。留吉さん」

 「へぇ、いつでもお声かけくだせぇ! ときにそちらのお嬢ちゃんどうされたんで?」


 見ればフランチェスカがトントンと腰を叩いていた。


 「長く座ってたから強ばってて……あとお尻が痛い……」

 「みなさん初めてはそんなものでさぁ!」とかかかと笑う。


 礼を言って別れを告げる。舞が腕時計を見ると時刻はもう午後5時だ。


 「フランチェスカ、悪いけど帰る前に寄りたいところがあるの。付き合ってくれる?」

 「いいわよ」


 ふたり並んで歩き、四条通りから花見小路を抜け、向かった先は八坂神社であった。

 白漆喰の壁に朱色の木組みで建てられた門をくぐり抜け、本殿へ。

 舞が十円玉を賽銭箱に投げ入れて鈴を鳴らして柏手を打ち、合掌。フランチェスカもそれに倣う。

 手を離して一礼して舞が踵を返したので、フランチェスカが慌てて後を追う。


 「ね、なんでここに来たの?」

 「……あたしの父さんね、ここで神主務めてたの。あたしが小さいときに事故で亡くなったけど」

 「あ、ごめん……」

 「いいさ。まだ小さかったからよく覚えてないんだけどね……覚えてるのは、お祭りかなにかで頭に烏帽子を被って式典を執りおこなってた時ぐらいしか……」


 ぽつりとつぶやいて遠くを見るような目。ふたりは舞殿まいどのまでやってきた。


 「知ってる? あれ舞殿って言って、舞を踊るところなの。あたしの名前はそこからつけたって母さんが教えてくれたの……」

 「まいまい……」

 「だから、あたしが巫女になったのはそういうわけ……ほんの少しでも父さんが身近に感じられるような気がしてさ」


 茜色の空を見上げる。どこからか鐘の鳴る音が聞こえてくる。


 「――祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声、諸行無常しょぎょうむじょうの響きあり。沙羅双樹さらそうじゅの花の色……」

 「?」

 「平家物語の冒頭。あたし、この句が好きなの」


 くるりとフランチェスカのほうを向く。


 「なんだかセンチメンタルな感じ……って、柄でもないか。そろそろ帰ろ?」

 「うん……」

 「あと、まいまい言うなつってんでしょ」

 「あ、聞こえてた?」


 巫女と見習いシスターが並んで帰路につく。




⑤に続く。

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