第32話 Mona dama Mexicana!②
グアナファト――メキシコシティーから車で5時間ほど走らせたところにその街はある。
1540年代に征服に来たスペイン人によって砦が築かれ、スペイン人はもとい多民族の移住や先住民の商人や労働者によって次第に街として発展していった。
街は複雑に入り組んでおり、ピンクやイエロー、ブルーなどで彩られたバロック様式やコロニアル様式の極彩色の迷路は目眩を覚えるほどだ。
「さぁみんな! 起きといで!」
街の外れに位置する
数人の孤児が目を擦りながらベッドから下りて朝の挨拶を。
「「「
「はいおはようさん。さっさと顔洗ってきて! 朝ごはんの支度だよ!」
小さな孤児院をたったひとりで切り盛りするマリアおばさんは横広に太った褐色の肌をした、50代の肝っ玉母さん《マドレ》だ。
「お皿並べといて! パコ、つまみ食いするんじゃないよ!」
マリアおばさんの指示でてきぱきと朝食の準備が整うと、全員揃って祈りを捧げる。
「主よ、いつもと変わらぬお恵みに感謝いたします。アーメン」
「「「アーメン」」」
マリアおばさんに続いて十字を切ると一斉にパンやサルサにかぶりつく。
あっという間に平らげると、めいめいが食器を流しへと下げ、マリアおばさんが洗剤で洗い、隣の子へ渡すと水で流し、さらに隣へバトンタッチして拭き終えると、残りの子たちが元の場所へと戻していく。
それが終われば子どもたちの自由時間だ。そのあいだにマリアおばさんは全員分の洗濯物が入った籠を手にして外へ。
陽気なメキシコらしい快晴の下、マリアおばさんは物干し竿のところまで来ると、籠から洗濯物をぱんぱんと広げ、次から次へと干していく。
かんかんと照らす太陽を手でひさしを作って見上げる。
このぶんならすぐ乾くね。
シーツを干そうと籠に手を伸ばした時――
「相変わらず忙しそうね。手伝いましょうか?」
不意に後ろからかけられたその声は聞き覚えのある、懐かしい人物のだ。
振り返るとそこに立っていたのは修道服に身を包み、頭にはヴェールでなくソンブレロと呼ばれるメキシコの有名なつば広の帽子を乗せていた。
「
マリアおばさんがシーツを落として両手を頬に、次に胸に手を当てて驚きの声を。
「フランチェスカ!
どたどたと見習いシスターの下へ駆けより、ぎゅっと抱きしめる。
「いつ来たの? いきなりどうしたのよ? ビックリしたじゃない!」
「ごめんなさいマリアおばさん。昨日メキシコシティに着いて、早朝のバスで来たの。二日ほど泊めてもらえる?」
「もちろんよ! 遠慮なんかしないで。あんたは私の娘同然なんだから!」
マリアおばさんがさらにぎゅっと抱きしめたので、フランチェスカが「ぐえっ」と声をあげる。
†††
「どうしてメキシコに? 去年来たときは……あらやだ、いつだったかしら?」
「ちょうど
「相変わらずね。でも、あんたのそういうところ嫌いじゃないわよ」
ふたり笑って洗濯物を干す。
「はいありがとうね。ふたりだと早く終わるから助かるわよ」
「そういえばミゲルは?」
「ああ、ミゲル! ミゲルね。あの子は二ヶ月前に、里親が見つかってね……」
籠を持って孤児院に戻ると、マリアおばさんは自室へと向かったのでフランチェスカも後に続く。
本棚から分厚いアルバムを取り出すと、ぱらぱらめくり、ぴたりとページをめくる指を止めた。
「二ヶ月前のことなのに、懐かしいわ」
マリアおばさんが取り出した一葉は褐色の肌に縮れ毛が特徴的な少年だ。サッカーボールを手にカメラに向かってピースサインを。
こみあげる思いを抑えきれなかったのか、マリアおばさんが涙を拭う。
「あの子、今でも手紙くれるのよ。地元のサッカーチームに入ったんですって」
「元気そうでよかった」
「あんたのおかげよ。悪い人から守ってくれて……」
そう言うとマリアおばさんがフランチェスカの頬にキスする。
フランチェスカがふたたび写真に目を落とすと、懐かしい記憶が呼び起こされた。
「と、いけないいけない。昼ご飯の支度をしないと……あんたも食べるでしょ?」
「もちろん! みんなと一緒にね!」
†††
「フランチェスカ
「ねーちゃんだれ?」
久しぶりに会った子は再会を喜び、新しく入ってきた子は不思議そうに見る。
「ルピタ! それにリカルドも! 久しぶりね!」
彼女のもとに集まってきた子の頭を撫で、初対面の子に対しては、顔が同じ高さになるよう屈んで挨拶を。
「はじめまして、フランチェスカよ。よろしくね。お名前は?」
名前を問われた少年は気恥ずかしそうに手をもじもじさせるだけだ。
そこへマリアおばさんがちゃんと挨拶しなさいとたしなめる。
やや間を置いて「ハビエル」と名乗った。
「ハビエル! 奇遇ね。あたしの名字、ザビエルなの」にこりと微笑むとハビエルも釣られて笑った。
「さぁ、みんな食事だよ!」とマリアおばさんの威勢の良い声が食堂に響き渡った。
③に続く。
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