第29話 HAPPY EASTER!④

 おばあさんが営む駄菓子屋はアーケードから外れたところにある。

 昔ながらの駄菓子屋にフランチェスカが「ごめんくださーい」と入ってきた。

 「おや、いつぞやのお嬢ちゃんだね。お友だちから話は聞いてるよ」


 店主の老婆が取り出したのはクジ箱だ。


 「はい。ここから当たりを引いてね。当たりに次の場所が書いてあるよ」


 言われるがままにクジ箱に手を突っ込んで手頃なクジを引く。

 三角に折られたクジを開くが、ハズレだ。


 「ハズレだね。当たりが出るまで何度も引いていいよ」

 「絶対に引き当ててみせるわよ!」


 †††


 「これでよしと……」


 安藤がハンドミキサーのスイッチを切ってひと息つく。

 ボウルには卵と卵白、グラニュー糖が攪拌され、そこへあらかじめ混ぜ合わせておいたアーモンドパウダー、摺りおろしたレモンの皮、シナモン、ベーキングパウダーを少しずつ混ぜていく。

 ある程度もったりしてきたら次は型へと流し込み、予熱で温めたオーブンへと入れる。

 ボタンを操作して15分タイマーをかければあとは待つだけだ。


 間に合うかな……?


 †††


 「やった! 当たりよ!」

 「おめでとう」と老婆が拍手。もっとも隙を見計らって当たりくじを入れたわけだが。


 「さて、次はどんな問題かしら?」


 『当たり』と書かれた下に絵が描かれている。豚のイラストの隣に「-O+A=?」と妙な数式めいたものが書かれていた。


 「なによこれ?」


 豚の絵にアルファベットの数式……?


 「こんなわけのわからない数式なんて、ふざけてるにも程が……」


 そこではたと思いつく。


 まって、豚は英語でPORK。そこからOを引いてAを加えるという意味だったら……


 「PARK! 答えは公園よ!」

 「すごいわぁ。お嬢ちゃんは天才ね!」


 はい、ご褒美ねとラムネ菓子入りのミニチュア缶を渡す。


 「ありがとう! おばあさん!」

 「頑張ってね!」


 †††


 一方、舞は最後の卵を置くべく、公園にいた。この時間は子どもはほとんどいない。


 「ここでいいかな……?」


 卵をすべり台の上に置く。ここなら公園の入り口からはっきりと見える位置だ。スマホを取り出して安藤に報告を。


 「もしもし? 最後の卵を置いたわ」

 「OKです。じゃこっちに来て手伝ってください」

 「わかったわ」


 通話を切って舞はすぐさまその場を後にする。急がなければ彼女に気付かれてしまう。


 その頃、フランチェスカはミニチュアの缶からラムネを取り出してボリボリ頬張りながら公園へと向かっていた。


 ここまでは順調ね。あたしってやっぱ天才かも!


 ぴんっと指で弾いてぱくりと口に放る。

 気付けば公園の入り口が見えてきた。たたたっと小走りで向かうと、奥のすべり台に何かが置かれているのをめざとく見つける。


 「あった!ウボ!


 すべり台に上がっていよいよ最後の卵を開く。メモを開くと、そこに書かれたのはなぞなぞではない。『GOAL』と矢印で場所を示した地図なのだが……


 「これって……うちの教会じゃない! なによ! 最初の場所がゴールって!?」


 わなわなと震わせ、ミニチュアの缶のラムネをひと息にあけるとガリガリと噛みつぶす。


 「さんざん人をあちこちと行かせて……! 覚悟しなさいよ!」


 †††


 「飾りつけ終わったわよ」と舞が椅子から降りて言う。


 「こっちも最後の仕上げにかかるところですよ」


 安藤がオーブンから取り出して、型を抜くと良い匂いが部屋中を包む。


 「良い匂いね。これで完成?」

 「いえ、これからなんですよ」


 そう言うとオーブンから取り出したものの上に紙を載せる。


 「その紙って……」


 舞が言葉を発する前に、安藤がぱらぱらと粉砂糖を上からかける。


 「え、ちょっと」


 だが、安藤は構わず粉砂糖を降り続ける。全体が白く染まるように。

 その時だ。荒々しく礼拝堂の扉が開く音がしたのは。


 「来た! 神代さん、手伝ってください!」

 「う、うん!」


 †††


 「アンジロー!」


 礼拝堂に入るなりフランチェスカが声をあげる。

 彼女の目の前には左右の長椅子の間の床に紙が置かれていた。

 「↑」と方向を指し示した紙をぐしゃりと踏みながら前に進む。

 突き当たりの祭壇には「←」の紙が。見ると住居スペースへと続くドアに『GOAL』と書かれている。

 そのドアを勢いよく開けた。


 「アンジロー! あんた、いったいどういうつも……」


 パンっと破裂音。


 「ゴールおめでとうございます!」

 「は……?」

 「さ、こっちへどうぞ!」


 クラッカーから飛び出したテープを頭に乗せて、訳が分からないという顔をするフランチェスカを椅子に座らせる。


 「な、なによ? それより景品は……」

 「景品ってわけじゃないですけど、これをどうぞ」


 安藤が困惑する見習いシスターの前にごとりと置く。

 それはスペイン人である彼女にはよく知っているものだった。


 「これって……」

 「はい。タルタ・デ・サンティアゴというケーキです」


 そのケーキは表面が粉砂糖で白く彩られ、中央には十字架を象った紙が置かれ、それを取るとそこだけ粉砂糖で縁取られた十字架が浮かび上がる。


 「なんで……」

 「私がお願いしたのですよ。シスターフランチェスカ」


 いつの間にか入ってきたマザーがにこりと微笑む。


 「マザーから頼まれたんです。今日はフランチェスカさんの誕生日だから、祝ってあげてほしいと……それにこないだ言ってましたよね? 友だちとこういうバースデーパーティーをしたことがないって」

 「そうよ。あたしも飾りつけとか卵探しとか手伝ったんだから」

 「さ、ロウソク並べましょう」とマザーからロウソクを受け取って安藤と舞が等間隔で差していき、マッチで火を付ける。

 次に三人で祝いの歌を。


 ♪ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー。

 ハッピーバースデー ディア フランチェスカ!


 ぽうっと明るく点されたバースデーケーキの前にフランチェスカが思わず涙をこぼす。

 そしてふぅっと火を消すと、三人から拍手。


 「お誕生日おめでとうございます!」

 「誕生日おめでとう」

 「またひとつ歳を重ねましたね。シスターフランチェスカ」


 マザーがよしよしと見習いシスターのヴェールを被った頭を撫でる。


 「あ、あのフランチェスカさん。景品のことなんですが、実はあれ、サプライズするためにウソを……」


 言いにくそうにする安藤にフランチェスカがぶんぶんと首を振る。


 「そんなのより、こっちのほうが最高のプレゼントよ……」


 4月7日、フランチェスカの18歳の誕生日。その日は奇しくもフランシスコ・ザビエルと同じ誕生日である。


 誕生日おめでとう!フェリス クンプレ! フランチェスカ。




次話に続く。

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