第26話 NO TIME TO PRAY②
1552年、フランシスコ・ザビエルは日本に二年滞在した後にインドに戻った。
そして中国での布教活動を決意したザビエルは
『――インドのゴアからようやく澳門まで来た。
ここ澳門もそうだが、中国の宗教は雑多を極める。仏教、道教、回教、果てはイスラム教まで……。
だが、彼らは人種の違いなど分け隔てなく優しくしてくれ、使われていない空き寺を宿代わりに提供してくれた。
当分はここを拠点にして布教活動を』
寺の一室にてフランシスコ・ザビエルはそこまで書いてペンを止めた。
書き物机の蝋燭が揺れたのだ。倒れないよう慌てて押さえる。
寺全体がきしみを立てて揺れるが、程なくして地震は治まった。
ザビエルはふぅっと息をつくと、ふたたび日記にペンを走らせた。
『布教活動を行っていく。それは茨の道を進むがごとき、困難な――』
ぴたりと止めて、しばし考えてから書き始める。
『困難な試練ではあるが、主はいつでも共にあり、そして見守ってくださっている』
ことりと羽根ペンを置く。
胸の前で十字を切り、手を組んで祈りの言葉を唱えた。
翌朝、ザビエルは雀の鳴き声で目を覚ましてむくりと身を起こす。
修道服に袖を通そうとした途端、部屋の戸を激しくノックするものがあった。
そして入室の許可を待たずにがらりと開かれ、ふたりの男が入ってきた。
ひとりはここの村人、もうひとりは現地の通訳者だ。
村の男は興奮しているようでまくし立てているが、広東語なので聞き取れない。
「一体どうされたのです? 落ち着いて話してください」
ザビエルがそう言って男を落ち着かせるのに少々の時間を要した。
落ち着きを取り戻した男の言葉を隣の男が通訳する。
「大変です。ぜひ、あなた様に見ていただきたいものがありますと言っています」
「私に見せたいもの……? それは何なのですか?」
村の男がこちらへと外に出るよう促した。
「ご案内しますとのことです」
†††
「まだ進むのですか……?」
ザビエルが松明を手にして、村の男にそう問いかける。
「ここまで来ればあとすこしだそうで……」と通訳が代わりに答えた。
三人はそれぞれ松明を手に仄暗い洞窟のなかを歩いていた。
昨夜の地震で落盤があり、そこにぽっかりと穴が開いたのだ。そこで村の男が最初に入り、なにかを見たので慌ててザビエルに報告に来たというわけだ。
「しかし、こんな洞窟があったとは……」
そう言うと危うく鍾乳石に頭をぶつけそうになる。
もう十数分は歩いたろうか。この暗さと天井の低い洞窟は息が詰まりそうだ。
ひと休みを……
そうザビエルが提案しようとしたとき、先頭の男が立ち止まった。
現地の言葉で通訳と二言三言話す。
「この先です。しゃがまないと入れないので、頭に気をつけてとのことです」
見ればなるほど、そこには岩壁に人ひとりしか通れない狭い通路があった。
松明を高く掲げて体をなんとかねじ込ませる。長身のザビエルには辛いことだろう。
神よ。私はまさに“狭き門に入っています”(マタイ伝7章)
やっと開けたところに出た。ザビエルがふぅっとひと息つく。
「ここになにがあるのですか?」
だが、村の男も通訳も黙ったままだ。松明を手にしたまま、目の前の光景に釘付けになっている。
「一体なにが……」
だが、ザビエルがふたりの男が見ていたものに気づくと、彼もまた言葉を失っていた。
「これは……」
†††
三十分後。男たちが埃まみれになりながら洞窟から出てきた。
三人とも言葉を発せず、黙ったままだ。
沈黙を破ったのはザビエルである。
「……私は、まさに奇蹟を目の当たりにしました……」
そしてくるりと村の男に近づくと、手を握り締める。
「この上に教会を建てなさい。そして宝を護るために厳重に保管するのです! あれはまさに神の奇蹟です!」
興奮気味のザビエルに村の男は面くらいながらも通訳の言葉を聞き、力強く頷いた。
それを見てザビエルは安心したように手をさらに強く握り締める。
のちにフランシスコ・ザビエルは澳門を後にし、上川島にて病に倒れ、その生涯を終えた――。
――そして時を経て、現在。
マカオ コロアネ島。時刻は午前中。
「――こちらの教会は1928年に建てられ、かつてはフランシスコ・ザビエルの右腕の骨が納められていました」
フランシスコ・ザビエルの末裔であり、見習いシスター、フランチェスカ・ザビエルは観光客の前ですらすらと説明する。
ザビエルに関する知識は幼少の頃に嫌というほど叩き込まれたので、ガイドはお手のものだ。
むろん、その知識あってマザーが派遣したわけだが。
「ここにザビエルの骨があったんですね?」
「ええ、今は聖ヨゼフ修道院に納められています。セナド広場に行けば見られますよ」
「へぇえ! 行ってみます!」と観光客が目を輝かせる。
そして「ありがとうございました」と礼を言って寄付箱に寄付金を入れる。ちゃりんと音が鳴った。
「ありがとうございます。あなたの旅に幸多からんことを」と見習いシスターが両手を組む。その様はまさに聖女の名に相応しい。
イエロークリームで色塗られた教会を出て観光客を見送る。そしてふうっと溜息。
すかさず礼拝堂に戻って、寄付箱を開けて中身を確認する。
香港ドルやマカオパタカの紙幣が少し。あとは小銭だ。
「やっぱ少ないかぁ……」
はふぅっと溜息をついてうな垂れる。
「親切丁寧にガイドしたのに、これじゃ割に合わないわよ……」
もうすぐ日本で新作のゲームソフト発売日なのに……。
ふとフランチェスカの頭に閃くものがあった。
あたし、いまマカオに来てるじゃん!
にやりとさっきまでの聖女らしさとは打って変わって悪魔のような笑みを浮かべる。
寄付箱から寄付金を掴むなり、フランチェスカは颯爽と教会を出た。
③に続く。
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