第25話 ぼくらのヒーロー 後編

 少年たち三人は数メートル先を歩く少女の後を追う。抜き足差し足忍び足、時には物陰に隠れて様子をうかがう。


 「ねぇ、どうするのさ?」

 「きまってんだろ。あとをつけてアジト? ひみつきちをつきとめるんだよ」と直樹。

 「あいつなにをしてんだろ? かいものいってたようにみえるけど……」

 「きのうのテレビでいってたろ? テキジョーシサツってやつだよ」


 直樹の言葉にふたりが首をかしげる。


 「「テキジョーシサツってなに?」」

 「しらない。しっ! かくれろ!」


 少女がこちらを振り向こうとしたので、間一髪で曲がり角に隠れた。


 「……? 変ね。誰かにつけられてたような気がしたけど」


 気のせいかとくるりと踵を返して歩く。

 一方、少年たちはふぅーっと溜息をつく。


 「あぶなかった……もすこしでバレるとこだった……」

 「ねぇもうかえろうよ……」

 「ばか。ここまできてなにいってんだ」


 直樹がそっと物陰から様子をうかがう。

 少女がエコバッグから鍵を取り出して扉を開けようとしているところだ。

 カチリと解錠の音。次いで少女は建物の中へと消えた。

 少年たちが顔を見合わせる。そしてうなずく。


 ――ひみつきち!


 角から飛び出して建物を見る。木造の両開きの扉、見上げれば屋根には十字のシンボルが。


 「やっぱりひみつきちだ! ここがイザベラのアジトだよ!」


 力説する直樹の言葉にふたりの少年がごくりと唾を飲む。


 「そ、それでどうすんのさ……?」 

 「おれたちだけでだいじょうぶ?」


 途端、扉の奥から足音。少年たちが慌てて建物の裏に隠れる。

 扉を開けて出てきたのは少女だ。エコバッグを提げてはいない。代わりに手にしているのは――


 「ホウキだ! まじょのホーキだ!」と声をあげた少年の頭をふたりがぽかりと叩く。


 「バレたらどーすんだよ!」

 「やっぱり、あいつイザベラなんだ……」


 騒ぐ少年たちをよそに少女は扉の前をさっさっと掃く。


 「ねぇ、あれどーみてもふつーにそうじしてるようにみえるんだけど……」

 「あーやっておれたちのめをあざむいてんだよ」

 「イザベラってかしこいやつだよな。でもカワイイな」


 カワイイと言った少年をふたりがじろりと睨む。

 目を少女のほうへ戻すと、掃き掃除を終えたのか建物の中へと戻っていく。


 「ひみつきちにもどったな」

 「おれ、もうかえりたいけど……」

 「うん。おれもそーおもう。だっておれたちまだこどもだし……」


 弱音を吐くふたりに直樹が抗議しようとした時、足音が聞こえてきた。

 物陰から見れば老婆が扉を開けて建物の中へと消えた。


 「おばーちゃんはいっちゃったよ!」

 「どーすんの? なおき」

 「あわてるな! あわてたら、もっとたいへんなことになる。まずはかんさつするんだ」


 ファイブレンジャーのリーダーのセリフをそのまま言う。

 すると、あとから続々と人々が建物に入っていった。


 「なかがどうなってるか、ようすをみないと……」


 だが、窓は子どもの身長では届かない。


 「みんな! ちからをあわせるんだ!」


 †††


 「ねー、なにかみえる?」

 「しっ、ちょっとまってろ」


 ふたりによる肩車で、窓枠に身を乗り出した直樹はじっと目をこらす。

 左右に分かれた長椅子にはさっき見かけた人々が、そして奥の方にあの少女がいた。

 なにか話をしているようだが、ここからでは聞こえない。


 「ねー、どーなってんの?」

 「なにいってるか、きこえないからわかんない!」


 肩車からすとんと着地。


 「それでなんだったの?」

 「まって、こういうのなんかみたことある……」


 直樹はこれまでに観たファイブレンジャーの回を思い出す。


 「おもいだした! こないだやってたやつで、かいじんがひとびとになにかはなしてて、ファイブレンジャーをおそうようにあやつってたやつだ!

 なんだっけ……そうそう! センノーってやつだ!」


 直樹の言葉にふたりが顔を見合わせる。


 「「センノーってなに?」」

 「しらない。とにかくセンノーってやつをやってるんだよ! あのひとたちあやつられちゃうんだよ!」


 ふたたびごくりと唾を飲む音。


 「キミたち、なにをしてるの?」


 不意にかけられた声に三人がぎょっとする。恐る恐る振り向くと、そこにはあの少女が立っていた。金髪をなびかせながら。


 「なにか騒いでる声がしたと思ったら、さっき会った子じゃない。こんなところでどうしたの?」とにこりと微笑む。


 少年たちは叫ぶとその場から一目散に逃げ出した。


 「ヘンな子ね。説教に戻らないと……」


 †††


 逃げ出した少年たちは走れなくなると、立ち止まって肩で息をする。


 「あ、あぶなかった……」

 「ちがうだろ! バレたんだよ、おれたち! どうしよう? なおき……」


 ふたりが直樹を見る。当の本人は拳をぎゅっと握りしめながら涙を流していた。


 「おれ、くやしいよ……せいぎのみかたなのに、にげちゃうなんて……」


 ごしごしと袖で目を擦る。そしてキッと顔をあげた。


 「さくせんかいぎだ!」


 †††


 「おれがドアをノックしたら、すかさずなかにはいるんだ」


 公園にて地面に枝で描いた図を指し示しながら直樹が言う。

 ふたりの少年が顔を見合わせる。


 「まだやるの?」

 「おれ、もうかえらないと。ママにしかられる……」

 「なにいってんだよ! おれたちがやらなきゃだれがやるんだよ!?」


 リーダーの名セリフを口にする直樹にふたりはあきれ顔だ。


 「おーい、なにしてんだよ? サッカーやろうぜ!」


 後ろから友人が声をかける。


 「あ、おれやるやる!」

 「おれ、もうかえるね」


 ふたりが離れ、残された直樹はまた涙が出そうになったので、目を擦る。


 「もういいよ! おれひとりでもやるから!」


 そう言ってしゃがみ込み、作戦を練りはじめる。あーでもないこーでもないとぶつぶつ呟きながら。


 「わ、バカ! どこけってんだよ!」


 顔をあげると、誰かが蹴ったボールが公園の外へ転がっていくところだった。

 少年のひとりが慌ててボールを追いかける。ボールはころころと転がり、路上に停められた車のところで止まった。

 ボールを拾いあげようとするところへ運転席のドアが開く。

 出てきたのはタバコを口に咥えた、いかにも柄の悪そうな男だ。

 ふーっと煙を吐き出すとじろりと少年を睨む。次に運転席のドアを見る。


 「ああ~っ! お前、なにしてくれてんの? オレの車にキズがついちまったじゃねーか!」


 ドアの下部を撫でる。だが、それはどう見てもボールが当たったキズには見えない。

 どう見ても前からあるキズだ。


 「あ、あの、ボク……」

 「どーすんのコレ? たかーい車だからそれなりにお金かかるよ?」

 「ま、まって! おれのたからものあげるから……!」


 家へ帰ろうとした少年がポケットから取り出したのはドッキリマンのシールだ。


 「これ、めったにでないキラキラシールだから……これでみのがして」


 言い終わらないうちにシールが引ったくられた。


 「お前、ナメてんの? こんなのネットで転売しても、はした金にしかならねーよ」

 「やめろ!」

 「ああ?」


 面倒くさそうに首をまわすと、直樹がそこに立っていた。ぶるぶると震えながら。


 「よ、よわいものいじめはやめろ!」


 はぁーっと男が溜息をつく。


 「これだからガキはめんどくせーんだよ。アレか? ヒーローごっこか?」


 直樹が泣きそうになるが、ぐっと堪える。


 「おれはせいぎのみかただ!」


 男が笑い出した。


 「バァーカか? お前。テレビの見すぎだっつーの! ゲンジツじゃ誰も助けにきてくれねぇんだよぉっ!」


 途端、ガラスの割れる音。

 振り向くと、後部ドアの窓にヒビが。そしてそばにはシスターらしき少女が片手をガラスにめり込ませている。


 「ごめん、手が滑っちゃった☆」とこつんと頭を叩いててへぺろ。


 「おっおま! なにさらしとんじゃああああ!」

 「それはコッチのセリフよ。大の大人が小さい子をいじめるなんて、情けないとは思わないの?」

 「うるせぇ! 俺の車にキズつけやがってよぉ!」


 またガラスの割れる音。今度は運転席の窓だ。


 「ごめん。今度は足が滑っちゃった☆ もしかしたら、次はアンタの頭が砕けるかも?」

 「……ッッ!?」


 覚えてやがれ! と安っぽい捨て台詞を吐くと男は車に乗り込んでその場を離れた。


 「ふぅ……」


 ぱっぱっとスカートについた埃を払いながら少女がひと息つく。

 そしてくるりと少年のほうへしゃがむ。


 「だいじょうぶ? ケガはない?」と捨てられたシールを渡す。


 「あ、うん、ありがと……」


 少女がにっこりと微笑む。


 「あ、あの、ねーちゃんはイザベラなんでしょ? なんでたすけてくれたの?」と直樹。

 「イザベラ? だれそれ?」とキョトンとする。

 「あ、もしかしてファイブレンジャーのやつ?」


 少年たちが「うん!」とうなずく。


 「そうなのね。実はあたしシスターなの。ホントはなりたくないんだけどね……困ってるひとを助けるのは人として当然の役目よ」


 すっくと立ちあがる。


 「それじゃまたね。ヒーローごっこもいいけど、危ないことはしちゃダメよ」とウインク。


 「うん、またね。おねえちゃん」


 直樹はその場に立ったまま、シスターの少女を見送る。


 「なおき、だいじょうぶか?」

 「うん、おれ、ほんとはわかってたんだ。ファイブレンジャーはホントはいないんだって。でも……」


 でも、ヒーローはほんとうにいるんだ……。

 まじょみたいなかっこうだけど、やさしいヒーローが。





次話に続く。

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