第24話 BORN THIS WAY⑧

 

 すみちゃんが日本を発たってから二週間経ったある日、一通のエアメールが届いた。

 ベトナムからだ。


 やっほー、フラっち。元気? こっちはいまベトナムのホーチミンにいるよー。

 ここバイクがめっちゃ走っててさ、交通ルールなんてお構いなしw

 路上ライブはまぁ、まずまずといったところかな? んでね、ここ物価安くて、屋台で食べたフォーが一杯で30000ドン。

 これ日本円に換算するとなんと! たったの150円! だから食うには困らないってワケ。

 そろそろ次の国に行ってくるね。もちろんそこで絵ハガキ出すよー。

 楽しみにまっててねー♡


     あんたの姉貴分、すみちゃんより



 次の絵ハガキが来た時はそう時間はかからなかった。


 ナマステ! 相変わらず行く先々で路上ライブで日銭を稼ぐすみちゃんでーす。

 お察しのとーり、いまインドのバラナシにいます!

 インドってカオスだと聞いたけど、まさにそのとおりだわw

 近くにガンジス川が流れてて、そこで水浴びする人がいるんだけど、これが汚いのなんの!

 だってね、死体とか流れてくるときあるんだよ!? 信じられないっしょ?

 おまけにそこらに牛のフンとかが落ちててさぁ、これがチョーくせーのw

 あたしにはこの国は合わないから退散することにするわ。


 インドの男どもからナンパされまくったすみちゃんより



 三通目はトルコのイスタンブールからだった。


 フラっちー! 元気ー? イスタンブールのホステルにいまーす。

 あのね、トルコってすげー面白いの。ちょーどヨーロッパとアジアの真ん中にあるからそれぞれの文化が入り乱れてて、それがスゴく良いんだよ!

 もちろんご飯もうまいし、人々は優しいしでさ。

 そうそう、ホステルに泊まっている人たちと仲良くなったよ。

 そのなかにはサラリーマン辞めたひとも夫婦でバックパッカーやってるひともいて、みんなそれぞれ人生を歩んでるんだなーって実感したよ。

 トルコめっちゃ好き! サバサンドやケバブもあるし。あとキョフテっていうトルコのハンバーグがめっちゃうまいから日本で見かけたら絶対食べてみて! それじゃまたね。


 飛んでイスタンブールのすみちゃんより。



 すみちゃん元気そうでよかった……。


 それからすみれは旅先で絵ハガキを出していき、やがて年が明けて10枚目となったある日。


 フラっち。手紙遅くなってゴメン! あたしね、いま南アフリカのプレトリアにいるの!

 南アフリカって治安悪いイメージあったけど危ないところや夜外に出なければ大丈夫みたい。

 そうそうこないだギター、パクられそうになったけど、取り戻して日本語で怒鳴ったら逃げてったw

 フラっちは元気でやってる? あたしねフラっちに会いたいよ。会いたくてたまらない時があるの。

 って何弱気になってんだ。あたし! 気合い入れないと! これじゃプロになれないぞ!

 あたしの旅の無事と、プロになって成功出来るよう祈っててね☆

 よろしく頼むよ、見習いシスターのフラっち。(`・ω・´)ゞビシッ

   あんたの第一信者、すみちゃんより。



 最後の一文と顔文字でくすっとフランチェスカが微笑む。


 「いつもお祈りしてるよ。だから、大丈夫だよ……きっと」


 だが、それ以来すみちゃんからの手紙はぷつりと途絶えた。

 なにかあったのか、トラブルに巻き込まれたのか、それとも手紙が出せない辺鄙なところにいるだけなのか。


 大丈夫だよね……? だっていつもお祈りしてるんだから……。


 その夜、フランチェスカはひとり礼拝堂で祈りを捧げる。


 「神様、お願いです。どうかあたしの友だちを無事に帰らせてください……」


 ある日の朝、ベッドから起きたフランチェスカはダイニング兼キッチンに入って朝食の準備に取りかかる。

 テレビをつけるとニュースが流れた。交通事故のニュースだ。

 アナウンサーの報道を背中で聞きながら冷蔵庫から玉子を取り出す。


 「続きまして、現在南アフリカのプレトリアで起きている暴動について――」


 南アフリカ? プレトリア?


 ――――すみちゃん!


 テレビのほうを向く。その表紙に玉子が床に落ち、中身がぶちまけられた。


 「政策に反対する市民による暴動で、街は凄惨な有様となっています」


 画面が切り替わってプレトリアの街並みが映る。

 車道では車が横倒しになり、暴徒と化した市民が警察隊に火炎瓶を投げつけていた。

 あちこちから黒煙が立ちのぼる、その様子はまさに阿鼻叫喚と言ってよかった。


 「現在、市民と警察隊の衝突は日々激しさを増しており、住民のみならず、邦人の旅行客にも死傷者が……」


 アナウンサーの横から原稿が手渡される。


 「失礼、たったいま亡くなった邦人の身元が判明しました」


 ワタナベ マサキさん

 ウエシマ キミヒコさん

 オカ ハルエさん


 アナウンサーが事務的に名前を読み上げていく。


 「コウヅキ スミレさん」


 え……まって、いまなんて言ったの……?


 「以上です。亡くなった方に、ご冥福をお祈りいたします」


 アナウンサーがぺこりと頭を下げ、下にテロップが出て来た。亡くなった邦人の氏名と年齢だ。漢字で表記されている。

 何度見てもその名前に間違いはなかった。いつしかラーメン屋で名前を教えてくれた時、カウンターに書いてくれた名前……。


 そういえば、まだあたしの名前言ってなかったよね? 上月すみれって言うの。上に月があると書いてこうづき。



 上月 すみれ(25)



 フランチェスカは泣いた。いた。

 礼拝堂に出ると、キッと十字架を睨む。


 「あんたは最低よ! あたしの友だちを助けてって何度もお祈りしたのに! 神様ってなんのためにいるのよ!? 

 時には宗教がきっかけで戦争になって、それでひとがたくさん死んでいく!

 それがあんたのおぼし召しというのなら、あたしはあんたなんてキライ! 大っ嫌い! シスターなんてキライ!」


 十字架にはりつけにされた何も言わぬ偶像の下で、フランチェスカの慟哭さけびが空しく響く。


 “主よ、わたしが呼んでいるのに、いつまであなたは聞きいれて下さらないのか。わたしはあなたに「暴虐がある」と訴えたが、あなたは助けて下さらないのか”


          ハバクク書第1章2節



 すみちゃんが亡くなってからひと月発った時……。


 「ちわーっす。宅配便です」


 教会にやってきた配達員が小包を手にして来た。

 フランチェスカがサインをし、受け取る。

 小さな小箱で幾重にもガムテープで梱包されたそれはやけに軽かった。


 「なにかしら……って、これ」


 伝票を見ると差出人はすみれだ。しかも南アフリカのプレトリアから出されたものだ。

 長椅子に座るとすぐさま中身を開ける。

 すると中から緩衝材で包まれたものが出て来た。一通の手紙とともに。

 手紙を取り出して開く。


 フラっち元気? あんたがこの手紙を見てるってことは、あたしはこの世にいないってことだ。

 ホントはプレトリアを無事に出たら、この手紙を無視するよう手紙を送るつもりだったんだけどね。

 というのもなんかね、街がヤバいことになっててね……。

 あたしがいるホステルでもずっと暴動が聞こえててさ、さすがにコレはヤバいなって。

 だから、そうなる前にあんたにもらってほしいのがあるからこの手紙と一緒に送る。

 下にあたしの新作のURLを書いておくから、ぜひ聴いてね。

 本当に、フラっちに会えてよかったと思う。あたしがここで死ぬことになっても、後悔なんてしてないから。

 本当にありがとう。好きだよフラっち。


 P.S.

 見習いを卒業したフラっちのシスター姿も見てみたかったけど、あたしはありのままでいいと思うな。


  あんたの一番の親友、すみちゃんより。



 フランチェスカが小包から中身を取り出す。それはコード付きのイヤホンだ。

 すみちゃんが日本を発つ前に、お台場海浜公園でふたりで音楽を聴いていたものだ。

 自分のスマホに繋げて手紙に書かれていたURLを入力すると、録音アプリに繋がった。

 インストールして再生ボタンを押す。そしてイヤホンを耳に差し込むと、聞き慣れたアコギの音と懐かしい歌声が聞こえてきた。


 ♪うつむいてるそこのキミ、顔をあげて。

まだ旅の途中だよ。


 フランチェスカの目尻からじわりと涙がにじむ。


 ♪道はひとつだけじゃない。分かれ道も三つに分かれてる道だってある。


 ぱたりと長椅子に横になる。依然としてイヤホンから音楽が流れてくる。


 ♪近道でも遠回りでもいい。ムダなことなんてないさ。だってキミの選んだ道だから。


 ごろりと仰向けになり、両手を胸の上で組む。


 ♪ベイビー、自分の信じた道を進め。どこまでも突き進め。

 後悔なんて後ろに置いて進め。ベイビー、ベイビー……。


 閉じたまぶたから一筋の涙がつぅっと零れる。


 今度、アイマスクを買おう。誰かに涙を見られないように……。


 †††


 電車の中でフランチェスカは目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 幸い、次で降りる駅だ。

 車両から降りて改札を出、商店街のアーケードを抜ければ教会まではすぐそこだ。


 「あら?」


 教会の前に誰かが立っている。フランチェスカに気づくと手を振った。


 「フランチェスカさん!」

 「アンジロー? いったいなんの用なの?」

 「用というか、フランチェスカさんに渡したいものがあって……」


 安藤が手に抱えていた小包をフランチェスカに渡す。


 「? なによこれ?」


 受け取るとふわりと微かに甘い香りがした。スペイン出身のフランチェスカにとってはお馴染みの匂いだ。


 「これって……」

 「はい。レチェフリータです。バレンタインでクレマカタラーナごちそうになりましたから、お返しにバスクのお菓子なんてどうかなと……」

 「もしかして、あんたが作ったの?」

 「はい! こう見えても料理が趣味なので。レシピ見ながら作ったんで、うまく出来たかどうか……」


 小包からひとつ取り出してぱくりと食べる。レチェフリータはカスタードクリームを揚げたお菓子だ。

 カリッと音を立てて、中からじゅわりとクリームが舌に流れていく。


 「ん、味はまあまあね」

 「そすか……でもお返し渡せてよかったっす」


 じゃ、と踵を返す安藤をフランチェスカが「まって!」と止める。


 「なんすか?」


 振り向こうとした時、背中にとすんとフランチェスカが頭を預けてきた。


 「ど、どうしたんすか?」

 「ごめん。ちょっとだけ、このままでいさせて」

 「はあ……」

 「あたしね、今アンジローがいてくれて良かったって思ってるの」


 フランチェスカの目から涙が零れていた。


 「お返しがそんなに欲しかったんですか?」

 「違うわよ。バカ……」


 フランチェスカは思い出した。

 今日はホワイトデー。そして春はもうすぐそこまで来ていると。





次話に続く。

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