第16話 Can you celebrate?①
よく晴れた朝、教会の扉からホウキとちり取りを手にフランチェスカが出てくる。
扉の前の掃き掃除だ。さっさっと落ち葉を一カ所に集め、ちり取りにまとめてゴミ袋へとあける。
「これでよしと。あとは……」
扉の横に設置されている郵便受けの蓋を開けるとそこから配達物を取り出して礼拝堂に戻った。
ホウキとちり取りをしまい、配達物を長椅子の卓に置く。
朝刊、水道料金の請求書、ピザのデリバリーのチラシなどなど……。
「あれ?」
配達物を検めていると一葉のハガキが目についた。差出人は本田という名前で、裏返すと年の若い夫婦のあいだに産まれたばかりの子どもの写真だ。
「そっか。子どもうまれたんだ……」
ふふっと微笑む。そしてこの若き夫婦に初めて出会った時の記憶に思いを馳せた。
それは去年の春。陽気な天気に爽やかな風が吹いていた日であった。
「ん~。午前のお務め完了っと」と伸びをひとつ。
「フランチェスカ。シスターとしてその態度はいけませんよ。場をわきまえなさい」とマザーがたしなめる。
「はーい」
「分かればよろしい」とマザーがうなずいたとき、扉が開いた。
「あ、あのー……入ってもよろしいでしょうか?」
若い男性が扉からおそるおそる尋ねる。年は二十代後半だろうか。
「ええ、構いませんわ。教会はいつでも皆さまのために開かれております」
さ、お入りくださいとマザーが促す。
「は、はい」と男性が扉を開け、礼拝堂に入ってくる。扉の陰になっていて見えなかったが、若い女性も一緒だった。
「すみません。いきなりで……」女性がぺこりと頭を下げる。
「それでどういったご用件でしょうか?」
「はい。実は……僕たち結婚しまして」
「おめでとうございます」とフランチェスカ。
「ありがとうございます。それで言いにくいのですが……こちらで結婚式を挙げることは出来ませんでしょうか?」
これにはフランチェスカもマザーも驚いた。
「やっぱり非常識ですよね……」
「詳しい話をお聞かせ願えますか?」マザーが若き夫婦に長椅子に腰かけるよう勧めたので、ふたりが席につく。
詳しい話を要約すると、夫である
「でも僕たちどうしても式を挙げたいんです。でも予算が厳しくて……」
「
どうかお願いします! とふたりが頭を下げる。
「顔を上げてください。お話はよくわかりました。ですが、私は本部でのお務めがありますので……」
マザーの言葉にふたりがしゅんとなる。
「ですので、このフランチェスカに任せたいと思います」
え! と若夫婦だけでなくフランチェスカもマザーを見た。
「あ、ありがとうございます!」とまたふたりが頭を下げるが、フランチェスカが異議を挟む。
「ま、マザー……! 私はシスターとは言え、まだ見習いです!」
「フランチェスカ、これも務めですよ。困っている方を放ってはおけません」
「で、でも……」
せっかくゲーセンに新作のゲーム入ってきたのに……。
「あなたの考えていることなぞ、お見通しですよ?」
「うぇっ!? なんでゲーセンのことが」
しまったと口を押さえるが、後の祭りだ。
マザーががしりと片手でフランチェスカの頬を挟む。
「やっていただけますね?」
「
「あなたならきっとそう言ってくれると信じてましたよ」とにこりと微笑むと、くるりとふたりに向き直る。
「この子もお二方を祝福したいと言っております。無償で喜んでお手伝いさせていただきます」
若夫婦の顔がぱあっと明るくなる。
「ありがとうございます!!」
マザーから解放されたフランチェスカが手を上げた。
「ちなみに式の当日って何人くらい親族の方を呼ぶ予定なんですか?」
せめてご祝儀から少しだけでも……!
「我々ふたりとも親族は少ないですが、合わせて10人くらいは」
頭の中でそろばんを弾くフランチェスカの脳天にマザーの拳骨が振り下ろされた。
「
そしてにこりと若夫婦に微笑を向ける。
「ご安心ください。主はあなた方を祝福してくださいますわ。“人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる”(エペソ人の手紙第5章31節)と聖書にもあります」
マザーが「あなた方に祝福を」と祈りを捧げる傍らでフランチェスカは頭を押さえながら、拳骨による痛みで呻いていた。
②に続く。
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