第15話 神代舞のシスター観察日記

 あたしの名前は神代舞かみしろまい。歴史ある由緒正しき神代神社の巫女だ。

 平日は学生として勉学に励み、休日では巫女として務めている。

 神道しんとうは日本古来の宗教。あたしは巫女としても、日本人としてもそのことに誇りを持っている……。

 だが! そんなあたしの日常に異分子が入りこんできた。伴天連バテレンのシスター、フランチェスカとかいうやつだ。

 初詣のとき、そのシスターと一緒にいた男、たしかアンジローと言ったろうか? その彼がいまあたしの神社の前にいる。


 「はーい、まいどー」


 境内の手前に並ぶ露店からアンジローがチョコバナナを受け取っている。

 気づかれないよう、あたしは鳥居の陰からこっそりと見る。

 と、アンジローがチョコバナナを口に入れようとした時、あたしのほうを見た。


 バレた!? いやでもたまたまこっちを見ただけ……。


 アンジローがぺこりと頭を下げた。

 はい、バレた。


 「初詣以来ですね。ええと、神代舞さんですよね?」

 「よく覚えてるね。と、今日はあのシスターは一緒じゃないのかい?」

 「いつも一緒ってわけじゃないんですけどね……」とぽりぽりと頬を掻く。


 ふーん。


 「あんた、あのシスターとはどういう関係なのさ?」

 「え、えーと友だち……ですかね?」


 挙動不審だ。怪しい。


 「ふーん、あたしはてっきり恋人同士なのかと」


 ぶっとアンジローがチョコを吹き出す。


 「いやいやいや! 彼女とは別にそんな関係では……!」


 ますます怪しい。このままではらちがあかない。


 †††


 その日、フランチェスカは教会から出るところだ。エコバッグを肩にかけてるので買い物にでも行くのだろう。

 鼻歌まじりで歩いて電柱を通り過ぎたところで、神代舞がひょこっと電柱から顔を覗かせる。


 を知り、おのれを知れば百戦錬磨も危うからずってね! あんたの日常を観察させてもらうよ!


 そう意気込んだとき、フランチェスカがいきなり振り向いた。


 「……気のせいかしら?」首を傾げながらも歩き出す。


 危なかった……! カンの鋭い女だね。


 電柱の陰で舞がほっとひと息ついてから、尾行を再開する。


 商店街のアーケードを舞は看板を巧みに使って身を隠す。一方、ターゲットは店先から挨拶を受けながら歩く。


 「お嬢ちゃん、今日はいい豚肉入ってるよ!」

 「あらフラちゃん、今日は彼氏と一緒じゃないの?」

 「新鮮なイワシあるよー! アヒージョにも出来るよぉ」


 意外と慕われてんのね……。


 「ママー! へんなおねえちゃんがいるー」


 少年が喫茶店の看板の裏に隠れてる舞を指さしながら言う。


 「しっ! 指さすんじゃありません!」


 †††


 尾行はまだ続いていた。膨らんだエコバッグを提げて、教会へ戻るフランチェスカを舞はこそこそと後をつける。


 「おねーちゃん!」と呼ぶ声がしたので、舞は思わずびくっと身を震わせた。

 だが、呼ばれたのはフランチェスカのほうだ。


 「おねーちゃんサッカーやろうぜ!」公園から三人組の少年がサッカーボールを手にやってきた。


 「いいわよ!」


 なにしてんのよ。あいつ……。


 公園の入り口近くへ移動すると、そばの茂みに隠れる。

 目の前ではフランチェスカが三人を相手に華麗なドリブルを繰り広げていた。


 「ほらほら! どうしたの!? そんなんじゃ三軍にも入れないわよ!」


 革靴の爪先で蹴り上げると膝へ、次に頭へとトスしていく。C・ロナウドやネイマールも真っ青のテクだ。


 「全然ボールとれねぇよ!」

 「おねーちゃん絶対ワールドカップ行けるって!」

 「コツ教えてよー」


 ぽんぽんと頭上でリフティングしながらフランチェスカが「ふふん」と得意気。


 「残念ながら、あたしの国じゃ女子サッカーってまだマイナーなのよ。その点、日本はスゴいわよ。優勝しちゃうんだし」


 くいっと首を後ろに逸らすと、背中越しに落ちたボールにヒールキックを決め、戻ってきたボールを膝で受け止める。


 「だからもし、あたしからボール捕れたら、その時は今よりもっと上手くなってるわよ。Jリーグ入りどころか、ワールドカップでの優勝も夢じゃないわよ」


 にかりと笑う。


 「ホントか!?」

 「オレがんばる!」

 「もっとサッカー教えて!」


 子どもたちに見送られながら、フランチェスカは公園を出る。当然、その後を舞が追う。


 子どもにも好かれてるんだ……ちょっと羨ましいかも……。


 そう考えたとき、前を歩いていたフランチェスカの姿が見当たらない。目を離したすきに角を曲がったのだろう。


 やばっ! 見失っちゃう!


 慌てて角を曲がる。するとそこには仁王立ちのフランチェスカがいた。


 「なにこそこそと後をつけてんのよ?」

 「え、あ、いや、これは……」

 「さっきから視線を感じると思ったらアンタだったのね」


 それで、用はなんなの? と突っ込まれたので舞はさらにあたふたする。

 今さらうろたえてもしょうがない。そう覚悟を決めた舞は単刀直入に聞くことにした。


 「そ、そのさ、あんたの友だち……アンジローっているじゃない? その、彼とはどういう関係なのかなと」

 「アンジロー? 別に彼とは友だち同士よ。あ、ははーん。さてはアンタ……」


 ぎくりと舞が身構える。


 「あんた友だちいないんでしょ? だからアンジローのこと聞いたり、あたしの後をつけてたんでしょ?」

 「へ?」


 しょーがないなとフランチェスカが修道服のポケットからスマホを取り出す。


 「ほら、あんたもスマホ出しなさいよ。友だち登録したげるから」

 「え、う、うん……」


 スマホの画面に出たQRコードを読み取ると、軽快な音で登録完了を告げる。


 「これでよしと。いつでもラインしていいわよ」

 「あ、ありがと……」

 「同業者としてのよしみよ」


 んじゃまたね、とフランチェスカが金髪をなびかせながら踵を返す。

 呆然としながら舞は彼女の姿が見えなくなるまで見送っていた。そしてスマホに目を落とす。


 「別にあんたとライン交換したいわけじゃないのに……」


 あいつ、良いヤツなのかも……。


 「友だち、か……」くすっと微笑む。

 「ふん、敵に塩を送るようなマネして! 言っとくけど、あんたとはライバル関係なんだからね!」べーっと舌を出す。


 そしてくるりと向きを変える。神社へと歩き出す巫女の顔はどこか嬉しそうだ。




次話に続く。

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