魂込めて歌いますッ‼

聖火

プロローグ 私はドームの主である

「魂込めて歌います!」

 まるでこの一言がすべてを操っているかのように、紅く黒く、煌びやかに発光するドーム天井の照明。

 それに呼応するかのように輝きだす観客席のペンライト。

 ドームの舞台上では艶やかな黒髪が乱舞し、鼓膜を穿つかの如く迸る赤いエレクトリック・ギター。

 ああ遂に、やっとこの時が来たんだ。

 今日までの無謀は、無駄じゃなかった。

 夢に見て、憧れ続け、努力し続けた。

 そして追いついた。

 遥か彼方の『憧憬』に。

 こみ上げてくる感情を頬に流す。

 それでもギターを弾く手は止まることを知らない。

 膨大な修練が、それを許さなかったのだ。

 このステージのためだけに何年も積み上げた。

 このステージのためだけに色々な物を失った。

 こちらの方がよほど魅力的だったから。

 代わりに得たものすべてを歌に乗せて楽しむ。

 人生を賭して追いかけたステージだったが、まるで瞬きのように終わりを迎える。

 楽しかった。最高だった。幸せだった。

 最後は澄み渡った心でピースサインを天高く突き上げる。

 そして鳴りやまない拍手の破裂音と共にステージは幕を下ろした。


 という妄想を三時間ほどしているわけだが……

 時間は午前四時半。

 猛暑が過ぎ去ったとはいえまだ湿度がその存在を主張している。

 なかなか寝付けずにいた私——上代ひびきは、遂にそれを諦めてベッドから出る。

 お高めな椅子に腰かけ、隣に置いてあるギターを手に取ってジャカジャカと音を鳴らす。

 耳を澄ませ注意深く弦の音を合わせた後はアンプ——音を増幅させる機械と、ギターを繋げる。

 少し早いけど今日も始めますか、マイ・フェイバリット・ターイム!

 ヘッドホンを耳に当ててアンプの音量をぐいぐいと上げる。

 朝練の準備が整い、少し高いテンションで、少し、いやかなり思い切りの良いストロークでジャーンと音をかき鳴らす。

 かき鳴らしてしまった……

 爆音が階層を突き抜けて家族の安眠を奪い去っている最中に気づく。

 ヘッドホンのコード、アンプに繋ぎ忘れてた……

 時すでに遅し。

 激憤する両親にどやされ、今日もクソつまらん一日が始まった。

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