そんなことには、ならねぇよ

美作為朝

DRIVE

「中西部で育つと、だいたいこんな感じになるんだよな」

     「ビッグバレル」のバーテンダー、ウォルター・ジョーンズの独り言。



 1990年式のでかいがボロボロのリンカーン・タウンカーが橋にかかった。


「ミズーリ川だぜ」

 

 助手席に座っていた。<クイック・フッター早足>がバドワイザーの缶をあおりながら言った。


「もうビールはそれぐらいにしとけ」


 反対側で運転している<エイト・ボール>が<クイック・フッター>を軽くいさめた。


「てめぇ軍隊なんかに行ってから、<ウォー・ヒーロー英雄>とか呼ばれてちょっと偉くなったんじゃないのか」

「呼ばれてねえし、たった三年で上等兵ぽっちだが大学への奨学金受給資格までつけてもらって満期除隊だぜ」

「で、アフガンでは人を殺したのかよ?」

「あぁ、女子供老人、みんな見境なく百人近くはやったぜ」

「うそつけ」


 時折、すれ違う対向車のヘッドライトのハイビームが<エイト・ボール>の充血した赤い目を刺す。

 <エイト・ボール>が少し坂になっている橋の上りでアクセルを少し踏み込んだ。


「このリンカーン、加速でギアが上がるときクラッチがちょっと滑るな」

 

 と前部座席の<エイト・ボール>と<クイック・フッター>に挟まれた<イーク泣き屋>が言った。


「なめんなよ、4.6LのV8だぜ。八気筒なんてちょっとないぜ」


 と<エイト・ボール>。


「六人も乗ってたらこんなもんだよ」


 と後部座席から<チートス>が言った。このリンカーンの真の所有者はやや怪しい。<チートス>の父親が中古車屋に売ったものをその日の真夜中に<エイトボール>と合鍵を勝手に作った<チートス>が展示場に入り込み盗み出したものだ。

 難は駐車位置が不便だってことだけだ。


「ヘンリー・フォードも肩なしだな」


 このフォード・リンカーン・タウンカーには、オートマのベンチシートに前部三人。後部三人ぎっしり座っている。

 後部には右から<アン・ラバードコンドームなし>真ん中に大男の<アニマル・ダディ>、そしてカロリーの摂取はほぼスナック菓子のチートスで摂取している窓の外ばかり見ている<チートス>。

 <アニマル・ダディ>があまりにも大きいため後部座席は両脇の<アン・ラバード>と<チートス>が割りをくっている。

 前部座席は運転席にアフガン帰りの<エイト・ボール>に真ん中に<イーク>、そして助手席には、<クイック・フッター>が大量のバドワイザーの空き缶をダッシュボードの上に大量生産しながら座っている。

 前部座席では真ん中の<イーク>が小さくなっている。

 <クイック・フッター>が大きなゲップをした。

 運転しながら<エイト・ボール>が言った。


「もうビールはやめろ、次ゲップしたら、撃ち殺すぞ」

「やれるもんなら、やってみろ、この<トレインド・キラー訓練された殺し屋>、指一本で殺すやり方でもフォート・ブラックで習ったのか?」

「工場についたら、ぶち殺してやる」

「おまえの仕事は運転なんだよ」

「ぶち殺す」


 <エイト・ボール>が左手でハンドルを持ったまま、さっとジーンズの腰に刺したグロックを右手で抜き<クイック・フッター>に向ける。

 負けじと<クイック・フッター>もM9を抜き返す。

 間に挟まれた<イーク>がたまらず声を出す。


「ふたりともやめろよ」


 この時代遅れのリンカーン・タウンカーには負け犬とゴロツキも満載なら、銃器も満載だった。

 各員、グロックにH&K、S&WにSIGなんでもこい。

 一人一丁並びに二丁。

 中西部の最低賃金、時給ともに持ち主たちより拳銃のほうが高い。


「それより、さぁ、<ジャスト・ショット小便を便器からこぼさない>はマーリン1895とちゃんと先乗りしてんのか?」


 と<クイック・フッター>。


「俺が昨日送ったよ」

「<ジャスト・ショット>は昨晩はどこに泊まったんだよ」

「あの<XO副長>の汗臭い寝袋さ」

「最悪じゃん。あんなかでジューンとティッピーがファックしたんじゃなかったっけ?」

「知るか!」


 <クイック・フッター>がまたグビっとあおる。

ちらっと、<エイト・ボール>が苛ついた目で右を睨む。


「<スラヴィー・マウス>のやつ何を考えているんだか、毎回こんな州境越えさせられたら運転はきついし、ガス代がかかってことだぜ」

「これが最初で最後かもよ」


 と、<クイック・フッター>


「なぁ、<エイト・ボール>それより知ってるか?お前がアフガンに行ってる間に<クイック・フッター>殿は、武装強盗をやったんだぜ」


 と<アン・ラバード>。


「本物のワルだぜ」


 と<チートス>


「そんなんじゃねぇよ」


 と<クイックフッター>。


「銀行か?」

「しょぼい店だよ」


 と<クイックフッター>。


「店ってどこだよ?」

「あのタイトスの姉さんがバイトしてたとこ」

「あんなとこ、レジに三百ドルも置いてねえだろ。ははは」


 と<エイト・ボール>が充血した目を光らせて茶々を入れる。


「それにしちゃあ、早く出られたよな」


 と<イーク>。


「主犯じゃなく二級準共犯だとか、弁護士は言ってたな。<グレイト・マルケス>知ってるだろ」

「ヒスパニックだったっけ、あの無敵のノーザンヒル・ベアーズを六回まで一安打に抑えたやつだろ」

「だけど、あん時、死球六つだったぜ」


 チートスが茶々を入れる。


「それより、全然うちらが打てなかったよな」

「そんなことどうでもいいんだよ、<グレイト・マルケス>が『儲けさせてやるからついて来い』っていうから、ついて行ったら店にずんずん入っていって、俺がタブロイド誌立ち読みしてたら、あいつ古いM1911をレジで突きつけてやがんだよ。したら、10ドル札が何枚とか、5ドル札は使いにくいからやめろとか、1ドル紙幣は、紙幣じゃねえとか、そのダイム10セントコインは綺麗だなくれ、とか、言ってるうちに三台のパトカーが店の前に飛んできて逮捕さ。おれは何もしてねぇのに蜥蜴みたいに這いつくばらされて、、、」

「ランズデール保安官か?」

「ちげーよ、あの中年太りの保安官補デピュティーだよ。ドレクスラーだっけあいつ絶対ジューユダヤ人だぜ。今度あったらぶち殺してやるぜ」

「なんにせよ、すぐ出られてよかったじゃん」

「まぁな」


「おい、<チートス>、<アニマル・ダディ>を起こせ!、寝ちまってるじゃないか」


 <エイトボール>が叫んだ。

 車内には、低いロードノイズと<アニマル・ダディ>のいびきが響く。

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