七夕の願い事 if 前編 Shining ☆ Summer

「はあ・・・・・・」


 夏輝は屋上でカフェ・オ・レを飲みながら溜息をついた。

 勿論飲んでいるのは『俺のカフェ・オ・レ 俺のスペシャル!! 夏季限定モーレツミルク』だった。


「どうしたんですか? さも話を聞いてくれと言わんばかりの大きな溜息なんかしちゃって」


 隣に居た翠は夏輝にそう問い掛けた。

 夏輝が盛大な溜息をしている時、それは実際大した事ではない話が多いが、翠は毎回律儀に友人として話を聞いていた。


「ああ・・・・・・、最近あいつとあんまり話してないなって思って」


「あいつ・・・・・・、ああ、月島さんですか?」


「う、うん」


 やはり大した内容ではないなと翠は思った。


「何を悩んでいるかと思えば、話くらいすればよいではないですか。そうだ、夏輝も部活に顔を出せばよいのでは?」


「今どうしても穴開けられねえバイトがあってな」


「なら今パーッと月島さんの教室に行ってくればどうです?」


「そうなんだが・・・・・・、俺が教室に行くとそのクラスのやつら一斉にザワつくんだよな。まるで強盗でも見るかの様な顔をするんだ」


「あーー・・・・・・、それはあなたのその見た目のせいでは?」


 夏輝のファッションセンスは独特で、複数のピアスやギラギラしたネックレス、攻撃的な髪型、全てにおいて見る者にもれなく恐れを抱かせる様な出で立ちだった。


「う、別にいいだろこの格好は。それに、いつ行っても大体はあの三寒四温とかいう二人組が引っ付いてるんだよな」


「同じクラスなのですから仕方がないじゃないですか」


 夏輝は飲み終わりかけのパックをりきみ過ぎてグシャリと潰し、カフェ・オ・レがストローから噴水の様に吹き出た。


「うわ、汚いですね。ほら、ウェットティッシュをどうぞ」


 こんなこともあろうかと、翠はウェットティッシュをポケットに常備していた。


「そうなんだけど、そうなんだけどよ・・・・・・」


 夏輝はウェットティッシュで手を拭きながらまたも大きな溜息をついた。


「どうしたらもっとこう・・・・・・人に好かれる人間になれるのかって思ってな」


 それは見た目と目つきを変えればなんとでもなるのにとか、たった一人の人物相手ならそんなの必要ないはずなのにと思いながらも翠は呆れ顔で懐から二枚の札を取り出した。


「仕方がないですね。こういう時は願掛けでもいかがですか?」


「願掛け? なんだそれ?」


 夏輝は怪訝な顔をして聞き返した。

 翠の持つ札は金色と銀色の折り紙を貼ったような細長い紙切れで、天辺の所には穴があいていて白い輪っか状の紐が通された物だった。


「今朝、道に迷ったご婦人を助けたらお礼にとくれました。多分七夕の短冊じゃないですかね? 明日は七夕ですし」


「ふん、この俺がそんなもんに頼るとかそんな軟弱な事するわけがないだろう!!」


「はあ・・・・・・」


「高校生にもなって短冊に願い事なんて、はは、だせぇだろ!」


「はあ・・・・・・」


「じゃーな! お前もその歳で夢みたいな事言うなよな!」


 そう言って夏輝は屋上を出ていった。

 翠は手元に一枚残った銀色の短冊を静かに見た。


「そう言いながら短冊、持っていくのですね・・・・・・」


 この行動を後悔する事になるのを翠はこの時知る由もなかった。





 翌日の朝、翠が教室に入るとそこはいつもの教室ではなかった。

 いつもの窓際の夏輝が座っているはずの席、そこには知らない男子生徒が座っており、周りには複数人の女子生徒をはべらしていた。

 その女子生徒は皆黄色い声を上げ、さながらハーレムといった光景だった。

 翠は数歩下がり、そっと教室の扉を閉めた。


「私としたことが、教室を間違えましたかね」


 そう呟きながら扉の上を見ればちゃんと自分の教室の札が付いていた。


「おや?」


 翠は訝しげな顔をしながらもう一度教室に入り、まさかと思いながら群がる女子を掻き分けその男子生徒を間近で良く見た。

 その男子は髪がオレンジ色でワックスで爽やか系に整えられ、左右の耳には小粒なピアスが一つずつと、胸元には細いチェーンで長方形のペンダントトップがぶら下がったシンプルなネックレス、制服はきちんと着て、まるでどこかのアイドルかの様にキラキラとしたオーラを放ちながらにこやかに笑っていた。

 ああ、やはり知らない生徒かと思い、翠がきびすを返そうとした時、その考えはすぐに打ち消された。


「やあ、おはよう翠君」


「翠・・・・・・?」


 その声は確かに聞き覚えのある声だったが、君付けをされるのは初めてだった。


「あなた・・・・・・まさか夏輝? 一体どうしたんですか!? その髪! その笑顔! その制服! 悪い物でも食べましたか!? それとも頭を強打したとか!?」


 あまりの変わり様に信じられないという風に、翠は夏輝の両肩を掴み強く揺さぶった。

 その揺れ具合は翠の動揺に比例して激しく揺れていた。


「あははは、やだなぁ翠君、俺は生まれ変わったんだよ。そう、真夏に輝く存在として!」


 夏輝が周りの女子に向けてウインクしてみせると、悩殺された女子達は目にハートを浮かべて「キャーー、シャイニング様ーー!!」と口々に叫んだ。


「しゃ、シャイニング様・・・・・・?」


 勿論、普段の夏輝を良く知っている翠はこの状況についていけず、かなり引いていた。


「シャイニング様、シャイニングさま、シャイニングサマー、シャイニング・サマー・・・・・・輝く夏・・・・・・で夏輝ですか!」


 翠は名前からそんな連想ゲームをした。

 今の夏輝はシャイニング・サマーの名前通り、何もかもをあべこべにした様な人間になっていた。





 それから夏輝は授業で指されても完璧な答えで教室の女子を魅了し、体育の授業で運動神経の良さが光り隣のクラスの女子までも悩殺し、廊下を歩くだけで女子を無差別に色香で酔わしていった。

 夏輝の人気はたったの一日で急上昇し、三寒四温の二人にも引けを取らなかった。

 しかし不思議な事に、ほとんどの人間が夏輝を『夏輝』と認識しておらず、誰もが『シャイニング様』と認識し、それは男子生徒や先生にまで及んだ。

 翠はこのままではいけないような気がしていたが、夏輝の周りは常に女性に囲まれ話す機会を作る事が出来なかった。

 そしてそのまま昼休みになり、昼食を食べ終えた夏輝は動き出した。




 ほのかは昼食後、そろそろマジックペンのストックが切れそうになっていたのを思い出し、購買へ向かっていた。

 すると、ぞろぞろと女子を引き連れた見慣れない男子生徒が前方からやってきた。

 その様子はまるでハーメルンの笛吹きの様だった。

 ほのかは廊下の端に寄り避けようとしたが、その生徒はわざわざ方向を変えほのかの前に立ちはだかった。

 ほのかは更に道を譲ろうと今度は右端に寄ったが、それでも男はほのかの前に立ちはだかり、不思議に思ったほのかは男の顔を見た。


「やあ、子猫ちゃん。君と話をしたかったんだ」


 そんな一昔前の少女漫画みたいな台詞に、ほのかは猫の様に全身の毛がゾワリと逆立さかだった気がした。

 そもそも、こんなに派手で、アイドル並みに笑顔を振りまき、高身長のカッコ良い男子生徒と知り合いだっただろうかとほのかは困惑しながらその生徒を見ていた。

 ほのかがボーッと考え事をしていると、夏輝はほのかの手を取り、映画や童話に出てきそうな王子様の所作でひざまずくと手の甲にキスをした。

 すると周りの女子達からは悲鳴の様な声が上がった。


「俺とデートしてくれない?」


 ほのかは女性陣の悲鳴は聞こえなかったが、痛い程の羨望せんぼうの視線と、王子様みたいな生徒に手の甲をキスされた事やデートに誘われた事などに頬がカッと熱くなり、目を回し、体が重力に逆らえずその場に倒れた。

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