部活ハント! 最終編
それから、写真部でブレブレの写真を撮りまくり、将棋部で将棋三十連敗の偉業を達成したほのかは意気消沈した様子で廊下を歩いていた。
日は段々沈んできて、窓の外はオレンジ色の空になりつつあった。
「もう、そろそろ帰る? 続きは明日にしてさ」
「そうだな・・・・・・月島さんはそれでいいか?」
冬真がそう聞いた時、ほのかはある教室をドアのガラスから覗き見ていた。
その教室は空き教室になっていて、一人の男子生徒が黒い
その所作はとてもゆっくりで、穏やかで、まるで神聖な儀式でもしているようで、ほのかは引き込まれるように教室に入って行った。
「月島さん?」
陽太はついてこないほのかを不思議に思いほのかの後を追った。
「んん? 君達は・・・・・・どうしたのですか?」
その男子生徒はほのか達が教室に入ってきたのに気がつき、手を止めた。
その生徒は凛としていて切れ長の目に、短く切り揃えられたストレートの黒髪、とても落ち着いた印象で、畳の横に脱ぎ揃えられた上履きの色から二年生の先輩だと分かった。
「あ、えっと、すみません先輩、実は」
「もしかして! 入部希望の方ですか!?」
その男子生徒は陽太の言葉も遮り、勢いよく立ち上がった。
すらりと伸びた背は真っ直ぐで、
「いえ、まあ、部活を探してはいるんですが、まだ入るかは・・・・・・」
「そうでしたか・・・・・・」
陽太がそう言うとその生徒はとても残念そうに肩を落とした。
「あの、ここって書道部ですか? 書道部なんて初めて聞くんですが」
部活リストを見ながら冬真はそう言った。
「聞いた事がないのは無理もないですね。この部は今年部員が集まらず廃部の危機に陥ってますから」
その生徒は寂しそうに笑ってそう言った。
「新入部員が集まるまで廃部になる期限を延ばし、延ばし、延ばしに延ばしてきたのですが、ついに先日生徒会から廃部勧告をされてしまいました」
「部員って今何人なんですか?」
興味本位から陽太は質問した。
すると、その先輩はしばしの沈黙の後、涼し気だった顔を崩し、泣きそうな顔で、フルフルと震えながら人差し指を立てた。
それはつまり、『一人』を指し示していた。
「ええー・・・・・・」
陽太と冬真は二人同時に呆れと驚きの混ざった声を上げた。
「えーと、どうする? 月島さん、廃部になっちゃうかもしれないけど」
陽太がそう聞くと、ほのかは【ちょっとだけ、書道やってみたい】とスケッチブックに書いた。
「そっか、何とかしてみるよ」
陽太は先輩の方に向き直ると、ほのかの事情を説明し、部活の体験を交渉した。
「なるほど、そうでしたか。スケッチブックで筆談するとはこれまた趣がありますね・・・・・・。良いでしょう。これが書道部としての最後にしてあげられる事になるかもしれませんが、見学も体験も大歓迎ですよ」
そう言って先輩はにこりと笑った。
「紙と墨と筆をご用意しましたので、まずは自由に書いてみて下さい」
ほのかは何を書こうかとしばらく迷っていたが、簡単な字で書ける『春夏秋冬』を書こうと思い立った。
だが、どうにも教科書の様な字には程遠く、丸ぼったい様な、幼い様な字になってしまう。
ほのかが隣を見ると、先輩が並んでサラサラとまるでお手本の様な綺麗な字を書いていく。
ほのかは用紙を替え、手に墨が付き、顔に墨がはねながらも何度も書き直したが、とても先輩の様な美しい字が書けず落ち込んだ。
やはり、何をやっても上手くいかない、自分には何の才能も無いと痛感し、ほのかは悲しげな表情で筆を置いた。
その様子を見て、先輩は用紙に何かを書き上げ、ほのかの肩を叩き声を掛けた。
「月島さん、お疲れになりましたか?」
ほのかはフルフルと首を振ると【先輩みたいに上手く書けない】と書いて見せた。
「月島さん、あれがなんと書いてあるか分かりますか?」
そう言われてほのかは先輩の指さす方向を見ると、今しがた先輩が書き上げた作品があったが、ミミズが這った様な、字が四文字並んでいるとしか分からなかった。
ほのかは読解に困り、スケッチブックに【ЯЧナД?】と謎の記号を並べ立てた。
「えーと・・・・・・、読めなければ読めないと言って良いのですよ? 私はその記号の方が読めませんが」
先輩は少し困った様な顔でそう言った。
「これはですね、『
そう言って先輩は隣の用紙に今度は読める字で書いて見せた。
「先程のは草書体とも言われた書き方です。書道の世界ではこれを芸術としていますが、芸術が分からない者にとってはただの汚い字、読めない字に過ぎません。要するに、字が綺麗だとか、芸術的だとかは人それぞれの感じ方です」
先輩はほのかの書いた作品を一つ手に取った。
「これはこれであなたにしか出せない字の持ち味だと思いますよ。この幼さのある可愛らしい字、あなたらしくて私は好きですよ」
仏の様に優しく先輩は微笑んだ。
ほのかはそう言われてとても嬉しくなった。
字が好きだと言われただけなのに自分の事の様に照れ臭くなり、顔が熱くなった。
「それからこの駑馬十駕ですが、駑馬はのろい馬を指します。優秀な馬は一日で千里走りますが、のろい馬は十日で千里走るという事から、どんなに才能の無いものでも努力すれば才能のあるものに並ぶ事が出来ると言う意味があります。だから、月島さんも今は下手だろうと、努力し続ける事で思い通りの字を書く事だって出来るはずです」
ほのかは先輩にそう言われてハッとした。
今まで色んな部活を試してみたが、どれも才能が無いと思い、向いていないと考えていたが、才能にばかりとらわれていた事に気がついた。
【本当に?】
「ええ、勿論です。かつての駑馬が言うのですから間違いありません。私も昔は月島さんよりもずっとずっと字が下手でしたから」
湿らせた布巾でほのかの頬に付いた墨を落としながら先輩はそう言った。
先輩が下手な字を書いていた事は今の字を見た限りとても信じられなかったが、ほのかは書道を続けてみたいと思った。
そして、ポケットに入れていた入部届けに名前を書き先輩に手渡した。
【先輩、書道もっとやってみたいです】
「月島さん・・・・・・ありがとうございます」
「でも先輩、部活としてやっていくには部員の最低人数は五人のはずですが・・・・・・どうするんですか?」
二人をずっと後ろから見守っていた冬真が生徒手帳を片手にそう言った。
「はあああぁ、そ、そうでしたっ! 実際は私の友人が一人幽霊部員として入部してくれているので、あと二人居ればなんとかなるのですが・・・・・・」
先輩は無念そうにほのかの入部届けを見詰めた。
「ふーん、ならこうすればいいじゃん」
陽太はそう言って先輩に二枚の入部届けを差し出した。
一枚は陽太の名前と、もう一枚は冬真の名前が書かれていた。
「お前っ、勝手に俺の名前まで!」
「えー、いいじゃん、どうせ俺達帰宅部だったし、幽霊部員でもいいんだろ? ね、先輩!」
そう言って陽太は悪びれもせず太陽の様に笑ってみせた。
「うう、皆さん! ありがとうございます!! 申し遅れました。私、書道部部長の
後日談として、ほのかはたまにスケッチブックに筆ペンを使うようになったのであった。
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