保健室

 ほのか達は食事を終えると、食堂で会話をしていた。


「俺、購買でメモ帳沢山買ってきたんだ」


 陽太はそう言って色んなデザインのメモ帳をテーブルに並べて見せた。

 シンプルなデザインの物から猫や犬の形をしたデザインのもあり、そのはしゃぐ様はまるで女子高生の様だった。


「凄い数だな」


 冬真は頬杖をつきながら陽太のメモ帳をもう片手で持った。


「へへっ、これから沢山使うと思ってな」


「そんなに買わなくても、文明の機器を使ったらどうだ?」


「文明の機器?」


 陽太が頭の上にハテナマークを浮かべた様な顔をすると、冬真はポケットから良く見慣れた物を取り出した。

 それはスマートフォンだった。


「ふっ、これさえあればアプリとかでメッセージを送れるし、いちいちスケッチブックやメモ帳に書く必要も無くなるだろう」


 冬真は得意気な顔でそう言い、眼鏡のズレを直した。


「おーー、なるほどな!」


 陽太は冬真にならってポケットからスマホを取り出した。


【月島さんはスマホある? メッセ交換とか楽だよ】


 陽太がメモ帳にそう書いてほのかに見せるとほのかはスケッチブックをめくり黒マジックで書いた。


【ケータイ持ってない】


 ほのかのスケッチブックを見て二人は衝撃を受けた。


「文明の機器、敗れたり・・・・・・だな」


 陽太が冬真にそう言うと、冬真は信じられないという風に放心していた。


「ま、まあ、月島さんは電話とかしないから必要無いんだろうな」


 ほのかは前の学校に居た時はスマートフォンを持っていた。

 だが、ろくな事が無かったのを断片的に思い出し、すぐにその記憶を振り払った。


【これなら持ってる】


 ほのかはそう書いて見せるとスカートのポケットから黒い物体を取り出し、テーブルに置いた。

 それはパッと見はスマートフォンかと思うサイズだが、少し厚みがあり、テーブルに置いた時ゴトリと音がする程重さのある物だった。

 冬真が持ち上げて良く観察をするとある事に気が付いた。


「GPSか!」


 それは通販等でも簡単に入手出来て、本来は車の盗難防止の為に取り付けられるような代物だった。


「え、マジで? なんでそんな物が・・・・・・」


 二人は反応に困り、陽太は話題を変えた。


「そ、そうだ、月島さんを校舎案内とかしないと」


「そ、そうだな」


 陽太はメモ帳に【ご飯も食べたし、校舎を案内しようと思うけど、どこか行きたいところある?】と書き、ほのかに見せた。

 すると、ほのかは【保健室】とスケッチブックに書いた。


「保健室!? どこか具合が悪いのか?」


「食あたりか・・・・・・? いや、俺も同じ物を食べていてなんともない・・・・・・」


「取り敢えず保健室連れて行ってみよう」


【じゃあ保健室行ってみようか】


 陽太はほのかにメモを見せ、ほのかを連れて食堂を出た。



 保健室は昇降口の近くにあった。


「失礼しまーす」


 陽太は保健室の扉を開けると、中には白衣を着た青年が居た。

 その青年は保健室の先生であり、目鼻立ちが整っていて、背が高く、長い髪を後ろで一つに束ねていた。

 ほのかは先生を見るなり、駆け寄って先生に抱きついた。


【時雨にい遊びに来たよ】


「ほのかちゃん! 来てくれたんだね。学校では先生って呼ばないとダメだと言ったろう? 嬉しいけれどね。どうだい、この学校は?」


 時雨は陽太と冬真が見た事もないような笑顔でほのかに接した。


【ご飯が美味しい】


「そうかそうか、ほのかちゃんは食いしん坊さんだなぁ。何か困った事とかは無いかい? 帰り道は覚えたかい? 帰りが遅くならないようにね。ちゃんと防犯グッズは持ち歩いてる? 催涙スプレーとスタンガンは?」


 時雨はほのかの頭を優しく撫でた。

 陽太と冬真は二人のやり取りを見て、「ああ、GPS持たせてるの絶対こいつだ・・・・・・」と同時に思った。


【大丈夫】


 ほのかは時雨に撫でられて、照れた顔を隠すようにスケッチブックを見せた。


「えーと、秋本先生と月島さんは知り合いなんですか?」


 陽太は話を切り出した。


「ああ、ほのかちゃんとは従兄妹同士なんだよ」


「なるほど、言われてみれば髪色とか目とかちょっと似てるな」


「そんな事より、質問があります。先生は何で月島さんとメモとかを使わずに会話が出来てるんですか?」


 冬真は耳が聞こえない筈のほのかが時雨の質問にスムーズに答えているのが気になった。

 ほのかがスケッチブックを使う事を除けば至って普通に見え、ほのかの耳が本当は聞こえているのではないかと思う程だった。


「んん? なんだ、 ほのかちゃん、まだ皆に言ってなかったのかい?」


 怪訝そうな顔で時雨がほのかに問うと、ほのかはスケッチブックに書き出した。


【まだ・・・・・・、自信がなくて・・・・・・】


 そのスケッチブックの字もなんだか頼りなく、自信の無さが文字に表れているようだった。


「ほのかちゃんはね、読唇術が使えるんだよ。まあ、確かにまだ完璧じゃないけどね」


「読唇術・・・・・・なるほど!」


「どくしんじゅつ・・・・・・?」


 冬真の中ではようやく合点がいった様だが、陽太にはまだよく分かっていない様だった。


「心を読む・・・・・・ってやつか?」


「それは読心術だろ、まあ、読み方は一緒だが。要は唇の形を見て、何を言っているのかが分かるって事だ」


「おおー、すげーー! そんな事が出来るなら早く言えばいいのに」


「ただねえ、いつも僕と読唇術の練習をしているから他の人の口の形には慣れてないところがあってね。こつはね・・・・・・」


 時雨はほのかのあごをクイッと持ち上げ、視線を逃すまいと目を合わせた。


「こう、口元が分かりやすいように、ハッキリと、かつ、ゆっくり話してあげるといい」


【時雨先生、恥ずかしいよ】


「それから・・・・・・」


 時雨は今度はほのかの体の向きを変え、後ろに立つとほのかの目を両手で塞いだ。


「ここからは、ほのかちゃんには内緒だけど、君達をほのかちゃんのお世話係に指名したのは僕なんだ」


「え、福島先生の決めた事じゃなかったのか?」


「何で俺達なんだ? 普通女子同士とかの方がいいんじゃないか?」


 陽太と冬真はそれぞれ疑問を時雨にぶつけた。


「うーん、今はまだ詳しく言えないけれど、今のほのかちゃんに必要なのはそこら辺に居る女子生徒よりも君達だって事は確かだよ。でも・・・・・・」


 ずっと笑顔を浮かべていた時雨の表情から笑みが消え、今まで見たことも無い鋭い目付きに変わった。

 その瞳はまるで獣の様だと二人は感じ、背筋がゾクリとした。


「もし、ほのかちゃんを泣かせる様な事があったら許さないからね」


 そう言い終わると、時雨は再びいつもの笑顔に戻った。

 陽太はほのかの手を取り時雨から奪還すると、ほのかの肩に手を回して言った。


「心配しなくても、秋本先生よりも近くでお世話係こなしてみせるんで」


 陽太はいたずらっ子の様な笑顔を浮べて言った。


「俺達二人で・・・・・・な」


 冬真はほのかを間に挟む様にして肩を寄せ、挑戦的な瞳でそう言った。


「じゃあ、秋本先生そろそろチャイム鳴りそうなんで失礼しまーす」


【時雨先生、またね】


 三人は保健室を出て静かに扉を閉めた。


「ふふっ、流石は僕が見込んだ生徒だ。頼りにしているよ、三寒四温」


 時雨は独り言を言うと嬉しそうな顔をして窓の外を見ていた。

 九月の太陽は、まだ夏の名残りを感じさせる日差しをグランドに照りつけていた。

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