六章 それぞれの結末 その11
「さあ、次の相手はどいつだ?」
と、言いつつ、さっと武道家のようにポーズを決めると、男達は「ひぃ!」と情けない声を出して、後ろにのけぞった。おいおい、さっきまでの勢いはどうしたんだよ。掌返し、早すぎんよー。
「おい、もう行こうぜ……」
「そ、そうだな。こんなやつ、どうでもいいしな……」
男達は震える声でそう言うと、倒れている仲間をかついで、早足で向こうに逃げて行った。
「おい、大丈夫か?」
俺は紅葉に近づいた。紅葉は地べたにへたりこんでいた。
「あんた、喧嘩強いのね……」
「いや、強いのは俺じゃないさ」
「え?」
「また俺の体勝手に使いやがって。とっとと出てこいよ」
胸を強く叩きながら言った。すると、すぐにそいつは俺の体から離れ、目の前に現れた。半透明の、立派な鎧に身を包んだ金髪男――アーサーだ。
「お前、成仏したんじゃなかったのかよ。なんで戻って来てんだよ」
「それはその……よんどころない事情があったのでござる……」
アーサーはいかにも気まずそうに目を泳がせた。なんなんだよ、その事情って。はっきり言えよ。
「ねえ、あんたが戻って来たってことは、もしかしてテレーズも――」
「おお、そうでござるよ。テレーズ殿も一緒でござる」
と、アーサーが答えるや否や、紅葉の目の前に半透明のテレーズが現れた。
「テレーズ!」
紅葉はとたんに笑顔になった。テレーズも「紅葉様、またお会いできてうれしいですわ」と、にこやかに笑う。
「……で、何で戻って来たんだよ。早く理由を言えよ」
「はい。実はわたくしたち、一緒に天国に行くつもりだったのですが……」
「ですが?」
「よく考えたら、テレーズ殿は悪魔でござる。それがしと同じ天国には行けないのでござる」
「わたくしは悪魔ですし、アーサー様とは種族も違いますから……」
「したがって、このまま昇天しても、テレーズ殿とは離れ離れになるだけだったのでござる。さすがにそれはあんまりな事実でござる!」
「そこで、わたくし達は、せめてもう少しだけ、幽霊のまま一緒にいようと決めたのですわ……」
なんだそれ? 理屈はわかるが、納得できんぞ。あの悲しくも感動的な別れはなんだったんだ? 成仏キャンセルとか往生際の悪いことするなよ。素直に天国でも地獄でも行けよ。
「じゃあ、テレーズとまた一緒にいられるのね!」
しかし紅葉は素直に喜んでいるようだ。さすがお子様メンタル。単純な奴め。
「そうですね。ただ、以前のようにずっと紅葉様の体にとどまっている必要はなくなったようですわ」
「それがしも幸人殿の体から出て自由になったでござる。これで思う存分、テレーズ殿との時間を満喫できるでござる」
幽霊のカップルは身を寄せ合い、イチャイチャしはじめた。くそ、殴りたい。実体じゃないから無理だけど。
「まあ、そういうことなら、勝手にしろよ」
俺達の体から離れたってことは、もう赤の他人みたいなもんだしな。
「はい。わたくし達は、今日のところはこれで失礼しますわ」
「これからテレーズ殿と一緒に夜の街を見て回るでござるんるん~」
二人はまさにルンルン気分でそう言うと、そのままゆっくりと夜空の向こうへ飛んで行ってしまった。
「あいつら……ちゃんと成仏する気あるのか?」
ノリがお気楽過ぎて、さすがに呆れてしまう。
「ま、あいつらが戻ってきたおかげで俺達は助かったんだ。一応は感謝しないとな」
俺はそう言うと、へたりこんているままの紅葉に手を差し出した。
「そうね、二人が来なかったら今頃……」
紅葉は俺の手を取り、よろよろと立ちあがった。まだその脚は少し震えていた。
紅葉が立ちあがると、俺はその手を離した。だが、直後、紅葉の方から俺の手を握り返してきた。ぎゅうっと。強く。
「お前……」
「…………」
紅葉は何も言わずに顔を赤くしてうつむくだけだった。なんだろう、この空気。変に緊張して胸がドキドキしてきた。とりあえず、俺達はそのまま狭い路地を抜け、通りに出た。そして、一緒に紅葉のマンションのほうに歩いた。
「あんた、なんで戻って来たの?」
紅葉はしばらく黙ったままだったが、やがて尋ねてきた。俺は手をつないでいる方とは反対の手でポケットからメダルを出し、紅葉に渡した。
「これ、一枚はお前のだろ?」
「こんなの後ででもいいのに。どうせこの服、後であんたに返すんだから」
「あ、そうだったな……」
そういや、まだ紅葉と会う予定はあったんだっけ。俺、何焦ってたんだろう。なんだか、今戻らないと、もう金輪際こいつとは関われないような気になってたんだよな……。
「俺、何してんだろうな。あいつらだって、どうせアーサー達が来て、なんとかしてくれただろうしな。とんだ殴られ損だぜ。バカみたいだな、はは……」
「そんなこと、ないわよ」
「え……」
「あんたが助けに来てくれて、私……うれしかったもん……」
紅葉はさらにぎゅっと強く俺の手を握って言った。その声はとても小さかった。何かの聞き間違いじゃないかと、俺は横を向いてその顔を見たが、紅葉は俺と目が合ったとたんに真っ赤になって顔をそむけてしまった。しかしそれでも、俺の手は強く握ったままだった。
「そ、そ、そうか。それなら別にいいんだが……」
俺は顔が熱くなり、すっかりしどろもどろな口調になってしまった。何なんだよ、さっきから。コイツ変だぞ。いつもみたいに、憎まれ口を叩けよな。調子狂うじゃねえか。
やがて、俺達は紅葉のマンションのすぐ近くまで来た。紅葉はそこでようやく俺の手を離した。
「あ、あのね……あんた、友達いないのよね?」
こっちに背中を向けながら、ふと紅葉は言った。
「何だよ、急に?」
「だ、だったら、その……私、あんたの話し相手ぐらいにはなってあげてもいいわよ。かわいそうだし」
「え?」
「い、言っておくけど、超ヒマなときだけだからね! あと、エッチな話したら、その瞬間に絶交だから! わかった?」
「ああ……わかったよ」
答えながら、俺は笑わずにはいられなかった。なんでこいつ、背中向けたままそんな話するんだろう。ちゃんとこっちの顔見て言えばいいのに。
まあ、今の紅葉がどういう顔をしているのか、俺には想像はたやすかった。きっとゆでダコのように真っ赤になっていることだろう。
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