父親と娘
紅ノ夕立
父親と娘
「遠い未来でかなえたちはどんな生活をしてるのかな? 楽しんでるかな? 悲しんでるかな? それとも感情なんてものがなくなっちゃってるかな? ねえ、お父さんはどう思う?」
「そうだなあ…お父さんは一番最後が良いかな」
「最後って、感情がなくなっちゃってること?」
「そう」
「えー? どうして? 感情がなくなっちゃったら、お父さんといて楽しいとか、好きって気持ちとかなくなっちゃうんだよ? お父さんはそれで良いの? かなえはイヤだなあ」
「あはは、ごめん。確かに、それはお父さんも嫌かな」
「そうだよね! かなえはね、嬉しいこと、楽しいこと、好きってこと、それがわからないと生きてて楽しくないなって思うの! かなえ、今お父さんと一緒に暮らせて、すっごくすっごく楽しいよ!」
「ありがとう。お父さんと同じ感情をかなえも持っているなんて、お父さんは幸せ者だな」
「それはお父さんも楽しいってこと? 一緒にいられて幸せってこと?」
「そういうこと」
「そうなんだ! やった! お父さん大好き!」
「かなえに同じく!」
父親は九歳の娘を抱き上げた。
十年前のことである。
「あのね、お父さん」
「どうした? かなえ」
「夢が出来たの」
「お、それは良いことじゃないか。何になりたいんだ?」
「人を助ける仕事をしたい!」
「ほう」
「もっと言うとね、介護士になりたいの」
「介護士か……良い夢じゃないか」
「でしょ! 介護士になったら老後のお父さん、たくさん介護してあげる!」
「そうかそうか。じゃあ、あと四十年後くらいにお願いしようかな?」
「お任せあれ! お父さんが老後も快適に過ごせるように私、頑張っちゃうから!」
「適度に息抜きするんだぞ。頑張り過ぎは……」
「禁物! だよね?」
「そう、その通り」
父親は十四歳の娘の頭を優しく撫でた。
五年前のことである。
「お父さん、春夏秋冬でどれが一番好き?」
「それは迷うことなく夏だな」
「へえ! 意外! 理由は?」
「かなえが生まれたのが真夏日だったからさ」
「確かに私は八月生まれだけど……それだけで夏が一番好きになるの?」
「なるさ」
「じゃあ夏が好きなのは私のおかげ?」
「そうなるな」
「えへへ、なんか照れちゃうなあ」
「そういうかなえはどうなんだ?」
「んー、どの季節も好き!」
「やっぱり」
「わかってたの!?」
「かなえは年中楽しそうだからなあ」
「まあね! 私はこれからも楽しく生きてきますよ! お父さんと一緒に!」
「そろそろ恋煩いとか、そんな話が出て来ても良い頃じゃないか?」
「んー、今のところはないかなー。お父さんは早く私にお嫁に行ってほしい?」
「我が儘を言って良いのなら、このままずっとお父さんといてほしいと思うよ」
「それはほんとに我が儘! でも、お父さんの我が儘なら聞き届けてあげても良いかな!」
「嬉しい反面、それは悲しいからちゃんと素敵な人と結婚して、素敵な家庭を築いてくれ」
「はーい!」
夕食を作るため、父親は材料の一つである小麦粉を取り出した。
半年前のことである。
娘の眠っている顔を覗き込み、その右側に一輪の花を手向けた。
そして、目を閉じ、合掌する。
父親は親密な関係にある人物の遠い未来が見える能力の持ち主だった。
娘は十八歳になりたてのある夏の日に息を引き取ることを、娘が生まれてすぐに知った。
父親は遠い未来の自分は感情がなくなっていてほしいと言った。
そうすれば、娘の死に顔を見てもこんなに苦しむことはなかったから。
娘に頑張り過ぎるなと言った。
それが原因で病を患うことを知っていたから。
娘にこのままずっと一緒にいてほしいと言った。
死ぬな、その意味が込められていた。
娘の入った棺が火葬場へと移動する。
父親はその光景をただ静観していた。
彼の頬に、一滴の涙が伝った。
父親と娘 紅ノ夕立 @AzuNagi
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