止まない雨

まほうつかい

止まない雨

クラウテル歴4219年6月20日、とある国の研究所が事故で爆発、膨大な量の有害物質が空に舞った。

それらは雨水に混じり瞬く間に世界中に広がりあらゆる生き物を殺していった。

人族、魔族、天使、あらゆる種族がこの猛毒の雨に立ち向かい、そして誰一人残らなかった。


何の為に創りだしたのか、どうやって作ったのか、語る物はもう居ない。

剣と魔法で戦い、銃と蒸気で発展し、電脳と科学を昇華させた文明はあっけなく滅びたのだ。

何時頃かはわからないがその雨や現象には"滅天刻"と名前がついた。


雨は今も降り続けている、いつしか晴れの日は無くなった、

"止まない雨は無い"という手垢の付いた希望の言葉さえ最早許されないのだ。


クラウテル歴42XX年5月27日


人々が消え去った廃墟の片隅に未だしぶとく生き残る少年が一人、

名前は"最果 遥(さいはて はるか)"、死に底なった文明の忘れ物である。

今日も身を蝕む毒よりはマシな普通な泥水を啜ることで生き永らえていた。


遥はのどを潤した後、いつものぼろ布をあらためて羽織り、

ボロボロになって骨の歪んだ傘を差してアテも無く次の雨宿り場所を駆け足で探しに行く。


遥に行くアテは無い、目的も無い、敵も居ない。


ただじっとして朽ちていく事に耐えられなかっただけだろう、

だから何かを探してただ進み続けるのだ。


さて今の時刻はどれくらいだろうか、空を忌まわしい雨雲が覆ってから太陽は見えない、

時計もまともに動く物がどれだけ残っているか…

兎も角今はぼんやりと明るいのできっとそこには太陽があるのだろう。


遥が立ち寄ったのは昔天使達に特に人気だった喫茶店だ、

今は廃墟となっているが昔は真っ白な壁に青い装飾が施された神聖な空間だった、

そこで格好つけてブラックコーヒーを飲み驚いてべーっと舌を出す天使はよく見るものだった。


そしてたった今遥もブラックコーヒーの残りかすを飲んで舌を出していた、こればっかりは舌が子供だから仕方がない、

味"だけ"なら泥水の方がマシと思うほど遥は苦みが苦手なのである、

そして苦みが平気になる頃まで生き残る事も無いのだろう。


さてこの建物は屋根は半壊しているが状態はましな方である、一夜を明かすには丁度良いだろう、

何せ遥は自分で気がついていないがもうすでに10時間以上歩き続けていた、

もうそろそろ休憩をしないと危ない状態である。

近くにあったぼろ布と自分が着て来たぼろ布を重ねてかけて眠りについた。


「ごきげんよう。」

突然の声に驚いて辺りを見回す、全く見覚えのない真っ白な空間、ひたすらに続き、果ては無いように見える。

遥の視線が背後へ向いた時、自身の後ろに見知らぬ女性が立っている事に気がついた。

魔女のコスプレのような紫色の衣服の身を包んでいる、銀色の長髪は美しいと言うよりはくたびれており、

その深紅の目もやはり濁って見えた、よく見ると纏っている服もあちこちがボロボロだ。


「最期の生命になった気分はどうかな?」

淡々と、しかし少しだけ意地悪な笑みを浮かべてつかつかと正面へ移動しながら少女は遥に問いかける。

「おっと、先にそっちの質問に答えるべきかな?」

彼女はこちらから問いかけるまでも無く疑問に答え始めた。


「私はレーヴ、大体4200年近く前に夢幻の中へ隠居した魔女だ。」

「そして今キミが居る場所は夢の中、現実のキミは今も喫茶店の残骸の中で眠っている。」

「そしてこの夢は紛れも無くキミが見ている物で、私は勝手に上がらせてもらっているという訳だ。」

レーヴと名乗る魔女は遥が感じた疑問に対して完全に答えた、だがまた新たな質問が浮かぶ。


「どうして僕の夢の中に…?」

「夢の中でしか生きられないからだ。」

もう何度もそう答えた事がある、そんな風に慣れた口調で答えた。


「あらゆる生き物が死に、夢を見る者は居なくなった。」

「私にとって夢というのは空間そのもの、夢を見る者が居ないという事はそれだけ私の檻は狭くなる。」

「そして、キミが最後の夢みる存在という訳だ。」

「全く、私達魔女をあれだけ迫害しておいて、それ以上に恐ろしいモノを自身の手で生み出し自爆するとは、全くお笑いだね。」

「…」

レーヴは殆ど自分のペースで一方的に話を続ける。


「雨の正体を知りたくはないかい?」

今度はレーヴから突然に問いを振られる。

「まぁ答えに関わらず話したいから話すけれど、問いかけるのはクセというより儀式のような物だ。」


「キミ達が滅天刻と呼んだモノの正体は非現実的で、科学的とは言えないだろう。」

「そしてひたすらに曖昧で…そしてどうしようもないモノだ。」

「それって…?」


「憎悪、敵意、悪意、恨み、妬み…まぁおよそマイナスと解釈される感情達だね。」

「彼らは正体がわからなかったんじゃない、分かった上でどうしようもなかったのさ、無責任な奴等だね。」

「どうしてそんな事がわかるんだ?」

「全て見て来たからさ。」

レーヴはわざとらしく自身の目を指差す。


「彼らは魔法を極め、科学を極め、文明を作って来た、だが大概は壁にぶち当たるもんだ。」

「そして新たな技術を考え始める、そこに上がったのが感情の力、魔法とは違う精神や心の力だよ。」

「まったくファンタジーな考えだが…やれ気合いだのやる気だのやりがいだのってのはキミ達…特に人類は好きだったよねぇ。」

レーヴが明確に"人類"という種族全体を侮辱する意味を込めて笑みを作る。


「だが確かに感情や精神の力は存在する、そして案外あっさりとそのエネルギーの活用までこぎつけたんだ。」

「そして最も効率的にエネルギーを生み出す感情が憎悪だったわけだ。」

「彼らは世界中から憎悪を集めた、ある時は国家ぐるみで民達の憎悪を煽った、それほどまでにそのエネルギーは莫大だった。」


「彼らはエネルギーの獲得に喜んだけれど…当然そんな量のエネルギーを保存しておく場所も必要だよね?」

「カップに水を入れておくようにね。」


「まぁ初めのうちは問題なかったさ、だが彼らは人の感情の伝染の速さを侮っていた。」

「瞬く間に憎悪は憎悪を呼び、口論から暴力、暴力から殺人、殺人から戦争へどんどん発展していった。」

「想定をはるかに超える速度で増幅する憎悪に容器は耐えられなくなり…ボカン。」


「行き場も無いのに物質と化した憎悪エネルギーは空に舞い、キミ達の所へ届けられる事となった。」

「人族の研究に魔族も天使も巻き添え、みんな何も知らずに死んでいったわけだ。」

「言葉は呪いだ、感情は猛毒だ。」

「"なぜ私が""どうしてこんな目に"そんな呪詛が風に乗り、空へ舞い、新たな雨となる。」


「これがこのくだらない"人"災の顛末さ。」

レーヴは言い終えてスッキリしたようなか顔を浮かべ、やれやれとわざとらしく首を横に振った。


「どうしてそれを教えてくれたんだ?」

「冥途の土産にね。」

「そっか。」


遥にはそれで十分だった、十分理解できた。


やがて視界がぼやけ始め、体の力が抜けていく、立っていられなくなり地に伏せる。


「さようなら、もう何人目かもわからない最果 遥、私は何度でも君の最期を看取ろう。」


もうそれ以降、世界に動く物は無くなった。


まだ雨は降っている。

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止まない雨 まほうつかい @ma42ky

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