5 最初の仲間

 鮮やかで、艶やかな、様々な濃さの緑。足元に広がる四つ葉は、幾重にも重なって地面を覆い隠している。足を踏み込むとサクサクと柔らかいものがブーツの裏で固まる感触がする。もう一歩、もう一歩と足を踏み出すたびに、跳ね返る葉っぱと舞い散る土の粒が光を照り返して、キラキラと瞬く。土は湿気を帯びていない砂のようで、緑を汚すことなく、葉っぱの隙間に吸い込まれるように消える。

 涼しくも、暖かくも感じられる心地よい温度。髪をわずかに揺らすだけの緩やかな風は、緑の平地に光の波を絶え間なく走らせる。葉っぱや草が擦れ合うサラサラという音が、耳元で優しく囁く。

 頭上までそびえる草は、先端が肌を掠めても痛くもかゆくもないほど柔らかい。それでいて、かき分けて根元を踏みつけながら進んでも、草は折れたり曲がったりすることなく、背後で元の姿勢にゆっくりと直る。視界が開けるとそこにはまた、美しい景色が広がっている。

 緑色の波と、一定の間隔おきにたたずむ雄大な大木。まるで木の全身に血液が通っているように、焦げ茶色の艶やかな幹には木漏れ日が反射してどくどくと波打っている。ミランダは木の脈動を確かめるように、そっと幹に触れた。

 空は、一片の曇りもない澄み切った藍色。眩しくは感じない。眼に映る光景、肌に触れる空気、すべてが心地いい。――ただ、手のひらに接している木の幹は蝋のように固く、冷たい。頭上を横切る鳥もいなければ、足元でうごめく虫もいない。緩やかな風に揺れる草や葉っぱの音だけが、走り去ってはまたやってくる。

 ミランダは光の粒を散らしながら四つ葉の上を歩き、そびえる草をかき分けて進んだ。草はミランダを冷ややかに見送るように、背後でゆっくりと元の姿勢に直る。視界が開けるとそこはまた、ぽっかりと開けた緑の平地。四方をそびえる草に閉ざされ、平地上のパターン化された位置に大木が点在するだけの空間。いくら草むらを突き破って進んでも、その先にはほとんど同じような光景が待ち構えている。

 ミランダは天を仰いだ。何度も、あの真っ白な城に魅入ってしまう。

 奇妙なのは、その構造だけではない。よく見ると城には複雑な紋様の彫刻が施されているが、その紋様や城の全体は、どの角度から見ても左右対称であった。ミランダはどれだけ山の麓を歩き回っただろうか。それなのに、いつ城を見上げても、まるでずっとミランダを見つめているように、閉ざされた門はいつも中央に位置していて、木や草も城の左右に整列している。さらに、城へ向かってどれだけ進んでも、城に近づいている実感はない。まるで太陽のように、城の大きさは変わらない。

 あそこが目指すべき場所。あそこへ行くためには、四つの鍵が必要。

 孤独の中、その言葉だけを頼りに、ミランダは重い脚を踏み出した。

「誰かそこにいるのか」

 草むらの奥から急に声がして、ミランダはビクッと肩を震わせた。背の高い草の束を割って顔を出したのは、赤い騎士服を着た、目つきの悪い青年だった。やっと人に出会えて安心したいところだったが、青年はあまりにも鋭い目つきで睨んでくる。ミランダは声を震わせた。

「あ、あなたは……」

「ジェラード、どうしたの?」

 青年の背後から、幼い男の子の声がした。草の裂け目から、黄緑色の騎士服を着た少年がとび出してきた。少年は背中に弓を担いでいた。「あれ、君は?」

「ジェラード、ゴドウィン、こっちじゃないかな。あれ、彼女は?」

 今度は紫のローブを着たひょろ長い色白の青年が、草の先端を押し倒して顔を覗かせた。そして、

「ワン!」

 チワワに羽を生やしたような、宙に浮く白い小型の怪獣が草の上からとび出してきた。ミランダは驚いて尻もちをついた。

「貴様、鍵を持っているか」

 ジェラードと呼ばれた目つきの鋭い無愛想な青年が、じりじりとミランダに詰め寄る。青年は大きな片刃の剣を肩に担いでいた。

「なんのこと……?」

「とぼけるな」

「待って待って」

 ゴドウィンというらしい、弓を担いだ少年がミランダの前に立ちはだかって青年を制する。「怯えてるじゃない。それに、相手は女の子だよ」

「ワンワン!」

 白いチワワのような怪獣も、少年に賛同するように無愛想な青年に向かって吠えた。

「そうだよ、ジェラード。女の子一人に男三人で取っ掛かろうなんてフェアじゃない。それに、彼女は鍵を持っていないんじゃないかな」

 紫の色白の青年が歩み寄ってきた。「大丈夫?」

 青年に手を差し伸べられた。色白の青年はきれいな顔立ちで、真っ直ぐ見つめられると思わずその瞳に魅入ってしまう。ミランダは戸惑いながらも、その手に掴まった。 

「君、一人なんだね。君も鍵を探しているの?」

「私、まだ、何が何だか。お爺さんが、記憶を取り戻したければ城へ向かえって。城へ行くためには、四つの鍵が必要だって。でも、私、どうしたらいいか分からなくって」

「なるほど。ほらねジェラード、彼女が鍵を持っているはずがない」

 ジェラードという無愛想な青年は、「ふんっ」とつまらなそうな顔をした。

「だったらさっさと鍵を探しに行くぞ」

「待って、置いていかないで」

 ミランダは無愛想な青年の赤い背中に叫んだ。震える呼吸を精一杯、振り絞って発した声だった。

「何を言ってるの? 一緒に行くんだよ?」

「えっ?」

 少年の言葉に拍子抜けした。

「ああ、ごめんね」

 ひょろ長い色白の青年が笑った。「彼、照れ屋で言葉足らずなんだよ。君も一緒に、鍵を探しに行こうってこと。仲間は多いほうがいいしね」

 色白の青年は、ぽかんとするミランダに顔を近づける。「俺はケネス。よろしくね」

「僕はゴドウィン。このちっこいのはロンっていうんだ」

「ワンワン!」

 ちっこいっていうな! と言わんばかりに、チワワのような白い怪物は吠えながら、少年の周りをくるくると飛び回る。

 ほら、自己紹介して、と、ゴドウィンが小声で青年を促す。不愛想な青年は面倒そうにミランダを一瞥した。

「ジェラードだ」

 ふふっと、ミランダは笑った。緊張が解けると、込み上げてきた歓びを堪えきれなかった。ジェラードは素早く振り返ってミランダを睨みつけた。

「何がおかしい」

「ごめんなさい。ただ、嬉しくて。ありがとう、意外と優しいのね」

 ジェラードはまた背を向けてしまった。ケネスとゴドウィンは声を殺して笑った。

「そういえば、まだ君の名前を聞いてなかったね。名前、なんていうの?」

 ミランダの顎ほどの身長のゴドウィンが、興味津々にミランダを見上げて訊く。

「私の名前は、ミランダ。よろしくね」

 ミランダは、満面の笑みで答えた。

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