第4話:珍パーティー結成!?

無事碧鋭殻竜(ヴェルドラ)の解体が終わり、リーリエと拠点まで戻って荷物を持ち出した所で下山を開始した。


 十年過ごした場所を後にし、俺達は山の麓を目指す。と言っても、リーリエが馬車を待たせてるのは迷子になる前に散策していた別の場所。


 つまり割と距離がある。イコール急ぐ必要がある。だからこうやる。


「も、もっとゆっくり走って下さい~!!」


「ゆっくりしてたら日が暮れる! この山結構広いんだよ!」


「あうぅ~!!」


「喋るな、舌噛むぞ!」


 背中から悲鳴が聞こえ、首に回された腕に力が入る。そう、俺は今リーリエをおぶった状態で山中を全力疾走していた。


 しょうがないよね、普通に下ってたらほんとに日が暮れちゃうからね。夜の山はデンジャー&デンジャー。


 二人で走るよりもこっちの方が速いし安全。しかしこんなに女性を間近に感じるのは人生で初めてなもので。


「…………」


「ひゃっ! い、今お尻揉みませんでした!?」


「気の所為だ。それより開けた道が見えてきたぞ。あそこに止まってる馬車でいいのか?」


「あ! は、はいぃ~。あれが私の乗ってきた馬車ですぅ~」


 アカン、完全に目を回しちまってる。なんならゲボりそうだけど、間一髪で馬車の傍まで来た所で、俺はリーリエを地面へと降ろした。


「おう、リーリエちゃん。もう薬草集めは終わった――って、誰だその筋肉ダルマ!?」


「あ、チッス」


 待機していた御者と思われる初老のおっちゃんが驚愕の表情で俺を見る。筋肉ダルマなのは否定できないがそれにしたって初対面の出会い頭でそれは酷くない?


「お、お疲れ様です。えっと、この方は――」


 フラフラとした足取りのままリーリエがおっちゃんに説明をしている。


「成程、碧鋭殻竜(ヴェルドラ)に襲われていた所をなぁ……そんなに奥まった所での採取依頼だったのかい?」


「あはは……まぁ、色々ありまして。それで、帰りの道なんですけど」


「あぁ、いいよ。二人とも乗せていこう。ただ運賃は二人分になるけど……」


「構いません。私が彼の分も出しますから」


 そうか、俺は今貨幣を持っていない状態だ。人間社会で生きていく上で持ち金がないのはいかんな。


「すまんな。稼いでから返すよ」


「いえいえ、助けてもらった恩もありますから」


 そうしたやり取りを行った後、俺達を乗せた馬車はミーティンへ向けて出発した。その馬車の中で、俺はリーリエとこれからの事とその他諸々について話し合いを始める。


「さて、街に着いたら取り敢えずギルドに行く感じなのか?」


「そうですね。スレイヤーになるための手続きをしてからギルド内にある換金所で素材を売って軍資金を作って、その後は街の武具屋に行って装備を整えましょう」


「装備、装備かぁ……」


 俺は腕組みをして思案する。どうせだったら剣士とかやってみたいな、ファンタジーだし。まぁどの道俺の戦い方じゃ後衛とかは絶対無理だな……。


「そう言えば気になったんだけど、リーリエもスレイヤーなんだよな? 普段どんな感じで戦ってんの?」


「その……実はムサシさんをパーティーに誘ったのは私の戦闘スタイルが関係していまして。ムサシさんはヴェルドラとの戦い方を見た限り前衛型ですよね?」


「そうだな」


「私は魔法を用いたサポートを中心とした戦いがメイン……というかそれしか出来ないんですよね」


 あはは、とリーリエが申し訳なさそうに笑う。


 なるほど、魔法を用いた後衛職って事か。確かにそれなら前衛やれる奴が欲しい……ん? んん!?


「魔法!? 魔法なんて物があんの!?」


「? はい、ありますけど……も、もしかして魔法の存在を知らないとか?」


「知らないッス。今初めて知ったッス」


「魔法も無しにどうやってあの山の中で暮らしてたんですか!?」


「そらもう全部手動よ。火は手製の火おこし器で確保して水は桶で運んで……」


「で、でも碧鋭殻竜(ヴェルドラ)を倒した時に身体強化系の魔法を使ってましたよね?」


「使って無いッスねぇ」


「うそ……あの、ちょと失礼しますね」


 そう言うとリーリエは俺の顔に手をかざす。するとその手が白い光を帯び始め、やがて光が俺の全身を包み込んだ。おお凄ぇ、めっちゃ魔法っぽい。


「そんな……魔力(マナ)が無い……? そもそも魔力回路(サーキット)が存在しない? いえ、まさかそんな……」


 しばらく手をかざした後、ゆっくりと光が収まっていく。リーリエは少しの間考え込むような仕草をした後、意を決して口を開いた。


「信じられない事ですが……どうやらムサシさんは魔法を行使するのに必要な魔力(マナ)を一切持ち合わせていないようです。そもそも魔力(マナ)を流すための魔力回路(サーキット)自体が体内に存在しないようなので、これでは仮に魔力(マナ)があっても魔法を使う事は出来ませんね……」


「それって珍しいのか?」


「少なくとも私は今までそんな人は見た事がありません。人は大なり小なり魔力(マナ)を保有しているものですし、魔力回路(サーキット)は生まれ落ちた時から体に備わっている器官ですから」


「マジか……俺魔法使えないんか」


「残念ながら」


 うーん、これは結構ショックだ。どうせなら俺も使ってみたかったんだけどなぁ、魔法。


 しかし、こればっかりはどうしようもない事だと思う。そもそも俺はこの世界で生まれたのではなく、別の世界――すなわち魔法なんて物が存在しない所からここへ来た訳だから、魔力(マナ)や魔力回路(サーキット)なんて物が備わっている筈が無いのである。


「で、でも魔法が使えなくてもその知識が有ると無いとでは大分違うと思います」


「確かに……あ、すまん。こんな事を聞くのは失礼かもしれねぇんだけど、リーリエは何でスレイヤーになろうと思ったんだ? サポートだけじゃしんどいだろうに」


「あ、えっと……憧れだったんです」


 ぽつりと口からこぼしたリーリエは馬車の外へと目を向ける。


「私の父は青等級のスレイヤーだったんです。その父からスレイヤーとして経験してきた様々な話を聞く内に、いつか私もスレイヤーになって父と同じ景色を見るんだ、って……」


 母には反対されましたけどね、とリーリエは苦笑する。そう話す彼女の姿が、俺には酷く眩しく見えた。


 俺に夢なんて言うものは無かった。元の世界に居た時はただ漠然と生きていただけだったし、こっちに来てからは「生き残る為に強くなる」という目標はあったものの、夢と呼べるようなものは無かったからだ。


「でも、現実は厳しいものです。他のスレイヤーの方とパーティーを組もうとしても私が光属性と闇属性の補助魔法しか使えないと知るとみんな離れて行っちゃうんですよね。直接的な火力になる基本属性の《火・水・雷・土・風・氷》の六つが使えないから……だから単独(ソロ)でもこなせる採取系のクエストばっかりこなしてたんですよ。なのでいつまで経っても等級は白のままです」


 申し訳なさそうに話すリーリエは、傍から見れば夢破れた人間に見えるかもしれない。


 だが俺は確かに見た。困ったように笑うその瞳の奥に燻ぶりながらもいまだ燃え続けている火を。


 諦めていないのだ、自分の夢を。ならば俺が取る行動は一つだ。


「よし、分かった」


「え?」


「やろうぜ、二人で。リーリエは青等級になるために。俺は全うに暮らしていくための糧を得るために頑張る!」


「……いいんですか? 誘っておいてアレですけど、ムサシさんほどの実力なら私よりも他の方と――」


 不安げなリーリエの声を遮り、俺はニカッと笑う。


「俺はリーリエに誘われたからスレイヤーになろうと思ったんだ。そもそもあの出会いがなければ俺はこの場にいないしな。それに――」


 俺は握った拳を前に突き出す。


「魔法が使えない男と補助魔法しか使えない女。中々歪な組み合わせだが……いいパーティーになれると思うぜ、俺達なら」


 そう言って笑う俺を見て、一瞬ポカンとした表情を浮かべたリーリエだが――やがてその瞳に笑みを浮かべて俺の拳に同じく握り締めた拳を向けてきた。


「……ええ、そうですね。私達なら!」


「応よ!」


 決意の笑みを浮かべた俺達二人の拳が、コンッという音を立てて合わさった。

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