第四十九節 希望の石

 メルダーがキゴニスに提案してから、数日後。彼の提案を受けて改めて製作された空間転移の鉱石が、なんと完成したとの報告を受ける。まさか本当に実現可能だとは思っていなかったヴァダースは、驚きを隠せなかった。

 そんな彼とは対照的に、やはり誇らしげに胸を張るメルダー。目を輝かせながらどうですか、と言外に尋ねてくる彼に無性に腹が立ったヴァダースである。とにかく、鉱石が完成したというのならば検証しないわけにはいかない。ヴァダースはメルダーと共に、再び修練場へと向かった。


 今回の検証はまず、空間転移の能力の発動時間がどの程度短縮されたか、という実験から始まることになった。


 最新版の空間転移の鉱石は、足で踏みつぶせば簡単に壊れる仕組みとなっている。試験管の役割を担っている鉱石が破壊されると、中に注入されている空間転移の能力が含まれている培養液が地面に広がる仕掛けだ、とのこと。

 今回培養液をメルダーの血液に見立てることで、彼が持つ空間転移能力により近付けさせることが可能であるといった仮説が立てられたらしい。ちなみに破壊されその場に残る鉱石の残骸は、培養液により分解され地面に還元される仕組みを組み込んだとのこと。それが可能であるならば、欠片などを残す確率は極めて低いらしい。しかしこれに関しては、検証してみなければ分からないとキゴニスは白状した。


 ちなみに今回の検証はヴァダースとメルダーだけではなく、シャサールにも協力を仰いでいる。彼女は今、最高幹部の執務室で待機してもらっていた。

 これまでの失敗を踏まえ、能力発動後の転移先をこちらで先に指定しておくことを考えたそうだ。まずはメルダーの能力の使用方法を参考に、鉱石の中に注入する空間転移の培養液を別に用意した。そしてそれを小瓶などに移し、指定の位置に配置することにしたのだ。

 執務室に待機しているシャサールにはその、培養液が入った小瓶を持たせている。メルダーが今いる修練場からシャサールのいる執務室までの空間転移に無事に成功すれば、実験は無事に成功。本格的な鉱石製作のための作業にも取り掛かれる、ということだ。

 それらの説明を受けた後、耳に装着している通信機から彼女の声が聞こえた。


『こちらシャサール。こちらの準備は完了しているわ』

「わかりました。ではこちらも、検証を開始します」


 彼女の言葉を受け、メルダー達に視線で合図を送る。ちなみに今回も、ローゲが検証に立ち会っていた。メルダーもヴァダースからの合図を受け取り、渡されていた鉱石を手に持つ。


「では、参ります」


 開始の言葉を述べてから、メルダーは地面に鉱石を落としてそれを踏みつける。パキン、簡単に鉱石は割れて中の培養液が床の上に広がった。培養液が広がていくと、液体の中心から陣──キゴニスいわくメルダーの遺伝子情報をもとに作製してみたという、空間転移のための陣らしい──が、展開される。赤い光が浮かび上がりメルダーを包み込むと、彼の姿をその場から消した。

 ここまでは、以前の検証の時と変わらない。しかし能力展開までの時間はこれまで喉の鉱石よりも短時間であり、これならば戦闘時でも十分に使えると判断ができた。


 それから数秒後。耳元のピアス型の通信機から声が届く。声の主はシャサールだ。


『実験は成功、ね。メルダーはアタシの隣に無事に転移してきたわ』


 その音声の直後、今度はメルダーの声が耳に届く。体への不調もなく、いたっていつも通りであると報告を受ける。彼の音声を聞き届けてから、ヴァダースはローゲ達に向かって一つ頷いた。


「では次に、シャサールが鉱石を使用してみてください」


 そう、今回の実験はもう一つ残されている。今までは元々空間転移の能力があるメルダーを実験台に、鉱石の検証を行っていた。しかし元よりこの鉱石は、空間転移の能力がなかったカーサの新しい力として考えられている代物。空間転移の能力がない人物が使用しても、同じように効果が発動しなければ鉱石の意味を成さない。


 シャサールが持っていた小瓶と同じものが今、キゴニスの手に握られている。通信機から彼女の了解の返事を聞き、数分後。目の前の床に徐に先程見たものと同じ紋様が浮かび上がり、陣が完全に安定した後。視界にシャサールの姿が入った。どうやら無事に空間転移ができた模様である。

 シャサールの姿を目視したヴァダースは、通信機でメルダーに状況を報告する。次にシャサールに、鉱石使用後に身体の違和感がないかどうか確かめた。


「大丈夫、なんともないわ」

「そうですか」

「感覚的に言うなら、そうね……映写機の映像を見ているような感覚、かしら。転移前の景色が鉱石を使用した後に、瞬時に切り替わっているって説明したらわかる?」

「なんとなくイメージは湧きます。今回の鉱石は以前のようにマナを付与させる必要もないようですし、実際の戦闘を想定しても十分に役立つ代物にはなるかと」

「同意見よ。これなら、力の弱い部下たちでも問題なく使えると判断したわ」


 シャサールと意見がまとまったところで、ローゲに結果報告と共に指示を仰ぐ。ローゲも鉱石の結果に満足したらしい、キゴニスに鉱石増産の指示を出した。加えて、転移先に設置するための、培養液専用の機器の製作も併せてキゴニスに命じる。

 次にローゲは鉱石の転移先指定に、まずは各地に展開しているカーサのアジトを指定した。よって現時点で展開しているアジトの数や規模を、拠点用培養液を製作する前までにまとめておくように、と。これはヴァダースが指示を受ける。拠点用培養液と保管用の空間転移の鉱石の完成後は、各四天王の指示によってアジトへ配布するように、とのことだ。


 これからの動きが粗方決まったところで、その場は解散となる。ヴァダースも自分の執務室に戻り、残っていた仕事を片付けるのであった。やがて終業時刻になり、その日の分の仕事は終えられた。横を見ればメルダーも同じく仕事を終わらせることができたようで、ぐ、と伸びをしている。彼は疲れた、といわんばかりに息を吐いてからヴァダースに声をかけた。


「ダクターさん、お疲れ様です」

「お疲れ様です。仕事は片付きましたか?」

「今日の分は全部終わりましたよ」

「そうですか……。なら、貴方この後時間空いてますか?」

「このあと?特に予定はないですよ」


 メルダーの返事を聞いたヴァダースは、彼を自分が時々足を運ぶ例のバーに誘う。ヴァダースからの突然の誘いに理由が思いつかないのか、困惑した様子のメルダーだったが、そんな彼に説明する。

 いつぞやの闇オークションの任務前に交わした約束を、まだ覚えていたのだと。随分と時間が経ってしまったが、自分の言葉を嘘にしたくなかったのだ。


「まぁ、貴方が嫌なら約束そのものを忘れても構いませんが──」

「行きます!」


 ヴァダースが言い終わる前に、食い気味にメルダーが返事をする。その勢いの良さに、内心若干引いてしまったほどだ。苦笑してから、ヴァダースも話す。


「……わかりました。なら着替え終わったらアジトの裏口で落ち合いましょう」

「了解しました!やったー、ダクターさんの驕り!ごちそうさまですっ」


 目に見えてテンションが上がったメルダーは、早速と言わんばかりに着替えをするため、執務室を後にする。その様子はこちらが苦笑してしまうほど、浮き立つものであった。なんとも現金な、と呟きながらも自分も支度のために執務室から退室することに。制服から私服に着替えアジトの裏口へ向かうと、すでに準備は万全と言わんばかりの雰囲気のメルダーが、笑顔でヴァダースを待ち構えていた。


「お待ちしてました!」

「……随分と、元気がよろしいようで」

「そりゃあもちろん!ダクターさんとプライベートを共に過ごすことなんて、そうそうないことですから嬉しいんですよ」

「それはどうも。では、向かいましょう」

「エスコート、お願いしますっ!」


 本当にこの人物は自分と同じ犯罪者なのか、そう疑問に思うくらいテンションの高いメルダーを軽く受け流し、ヴァダースはヴァーナヘイムのバーへと彼を案内する。

 店に到着して入店する。店内はいつも通りの落ち着いた雰囲気であり、その静寂が安心感を覚えさせる。カウンターに座りヴァダースはバージン・モヒートを注文。メルダーはマティーニを注文した。


「バージンってことは、ダクターさんはお酒に弱いんですか?」

「そうではありません。まだアルコールを飲める年齢になっていないだけです」


 その言葉にメルダーはたいそう驚いた様子でこちらを見る。ここがバーでなければ恐らく、嘘だ、と叫んでいたことだろう。彼が唇を震わせながら年齢を聞いてきたので、隠すことなく十八歳であることを告げた。


「そっ……そんな、俺よりも六つも年下だなんて……!」

「何をそんなにショックを受ける必要があるんですか」

「ありますよ!だって俺より年下なのに凄く大人っぽいしカッコいいのがこう、大人というか一人の男として、プライドとかがですね……!?」


 わなわな、と震えるメルダーを一瞥してからため息を吐く。正直くだらないとすら感じたが、そのまま感想を言ってしまえば面倒なことになるだろう。


「個性の問題でしょう。気にしなくてもいいのでは」

「そうだけどそうじゃないんですよその格好良さを一ミリでも俺に下さいよ……!」

「そう言われましても」

「こうなったら、とことんヤケ酒するまでです。驕るって言ったからには、俺に付き合ってもらいますよダクターさん……!」


 前言撤回。回りくどく言っても面倒なことに変わりなかった。その後宣言通りメルダーは様々なカクテルを飲み干しながら、ヴァダースに己の話を懇々と語る。途中提供されたつまみを食べつつ酒を嗜むも、メルダーの酒の進むペースは速かった。そしていつの間にか、彼は酔いどれの状態となっていた。

 酒には強いと豪語していた彼の姿はいずこへやら。酔い潰れられても面倒なため、頃合いを見て代金を払ってからメルダーを宿舎まで連れていくことに。歩いている途中でも執拗に絡んでくるので、思わず殴りたくなったということは彼のみぞ知る。

 宿舎にようやくたどり着いたヴァダースは、メルダーから彼の部屋の鍵を借りて中に入った。部屋の明かりを一応灯して、彼の寝室へ向かう。


「だぁかられすね、俺はダクターさんのことを、ほんろーに尊敬してるんれすぅ!」

「はいはい、わかりましたから」

「カッコよくて~、強くて~、しかも大人っぽいのなんてズルいれす!」

「うわ酒くさ。……ほら、部屋につきましたよ。もう寝なさい」

「やぁー!なんれそう、イジワル言うんれすかぁ」


 無理やりメルダーをベッドに寝かせるも、子供のように駄々をこねて寝たくないと騒ぐメルダー。本当に彼は自分より六つも年上なのかと疑いたくなる。痛みそうになる頭を押さえながら、ヴァダースは告げた。


「意地悪ではありません。明日も仕事があるんですから当然です」


 子供をあやすように言葉を紡ぐも、メルダーは不満そうに頬を膨らませる。いっそのこと気絶でもさせた方が早いかと、メルダーから一瞬目を離した瞬間だった。


「ンッ……!?」


 ぐい、と襟元を掴まれ引き寄せられたかと思えば、唇を重ねられた。突然のことに動揺して、硬直してしまう。当のメルダーはやがて満足したのか、ヴァダースから離れてこう話す。


「俺、本気れす。本気でダクターさんのこと、好きになりまひた。だから俺と付き合ってくらさい!」

「は……!?」

「は、じゃないれす!一人の男とひて、愛しちゃってるんれふよ!だーからぁ、ダクターさんは俺と恋人になるんれふー!」


 待て、落ち着け。一体何がどうなっている、何が起きている、と混乱するヴァダースを知ってか知らでか、メルダーは一人満足そうに頷く。ヴァダースはやや時間を要してから我に返り、彼に真意を問いただそうとしたが、すでにメルダーは夢の中へ突入していた。静寂が包む部屋の中。突然のメルダーの愛の告白に、一人大混乱させられたヴァダースであった。

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