第四十四節 悪霊から身を守る

 それからまた月日は流れ、ヴァダースも十八歳の青年になっていた。いまだに続いている空間転移の実験について、最近になっていくつか進展があった。第一に、メルダーの空間転移能力の遺伝子情報との融合に適しているかもしれない鉱石が、発見されたとのことだ。

 その鉱石はレッドジャスパー。この惑星カウニスの南東方向であるスズリ地方にある鉱山で、原石が発見されていることが報告に上がっていた。

 レッドジャスパーは元々持ち主を危険や災難から守る石だと謳われ、お守り石として民間人の間では重宝されているそうなのだ。本当にそんな力がレッドジャスパーにあるかどうかは定かではないが、試してみる価値はある、とのこと。


 さらに研究を進めていた中で、メルダーの血液から採取した遺伝子情報を、破壊しないままで保存しておける方法も見つかったらしい。そのお陰か、最近メルダーも人体実験のたびに採血されることも少なくなり、通常の仕事の方に専念できる日も多くなっていた。上手くサンプルを作成することができれば、採血をしなくても済むようになるのだと。先日メルダーが嬉しそうに自分に報告してきた。


 ところで闇オークションでの一件以来、世界保護施設に至っては特に大きな動きはない。それよりもここ最近はミズガルーズ国家防衛軍の動向の方を、より警戒するようになっていた。

 彼らが毎年行っている世界巡礼という任務の中で、自分たちカーサの動きが気取られることが増えてきているのだ。今のところはどうにか回避できているものの、今後本格的な正面衝突となる可能性も否めない。どうにかこちらでも、彼らの行動を把握しておきたいところではある。


 そんな中、ヴァダースたちのもとにとある報告が上がった。ミズガルーズには防衛軍に所属するためのことを学ぶ、ミズガルーズ国家防衛軍士官学校という学校が存在している。その士官学校の学生たちの模擬試験が近く、ミズガルーズから見て南の方角にあるイーアルンウィーズの森で行われるらしい。

 面積が広いイーアルンウィーズの森の中には確か、廃墟になった村もいくつかあったはず。加えてその森はミズガルーズの近くにある別の森、ミュルクウィーズの森よりも手が加えられているところが少ない。つまり彼らが模擬試験を行うであろう廃墟を特定できれば、強襲するにはもってこいというわけである。


 そのことについて四天王と協議した結果、将来的にカーサの脅威となり得る存在を取り除いておくことも必要だ、という結論になった。現時点でのミズガルーズ国家防衛軍との正面衝突は回避できていても、こちらの行動次第で彼らから攻撃を仕掛けられてしまう場合もある。

 今のうちにミズガルーズ国家防衛軍の軍人となる士官学生たちの士気を削っておくことも、結果的にはカーサを守るためにもなるだろう、とのことだ。ボスから命令されたということもあり、作戦を練ることとなった。


 しかしヴァダースは正直、この作戦を快くは思っていなかった。考え方は間違ってはいないだろう。理屈も理解はできる。しかしどうもやり方が姑息すぎて、乗り気になれないのだ。軍そのものではなく、あえて弱者をターゲットにするなど、と一人愚痴を零す。これではまるで、単なる小悪党のようだ。

 ため息混じりの彼の愚痴を聞いたメルダーは、苦笑しながらヴァダースに付き合う。


「ダクターさんの言い分も分からなくはないですけど、ボスの命令とあっては致し方ないですよ」

「そのことも理解しているつもりですよ。自分たちが悪党だというのも承知していますが、やることがあまりにも小さいと思ったまでです」

「でも将来的な脅威を今のうちに排除しておくというのも、悪くないですよね。結果的にカーサの今後の動きが円滑にもなるってことですし」

「それはまぁ……そうですが」


 メルダーの言葉ももっともであり、業腹だがヴァダースには納得する選択肢しかなかった。何度目かのため息をついて、残りの仕事に取り掛かるのであった。


 それから数日後。任務地での現場指揮は、メルダーが行うことになった。彼は既に数名の部下を引き連れて、報告にあったイーアルンウィーズの森の廃墟へ向かっている。作戦開始前の最終報告によると、ミズガルーズの士官学生の人数は十名前後、そして他に引率として二名の教官がいるとのことだった。

 模擬試験とやらの詳細は残念ながら掴むことはできなかったが、人数が分かっただけでも僥倖だ。相手側の人数が分かるだけでも、こちらの動きが随分と楽になるのだからと、出立前メルダーは笑っていた。


 ヴァダースは彼を見送った後、溜まっていた書類整理などの仕事をこなしていた。普通に考えれば、何の問題もなく遂行できる任務。しかし、虫の知らせとでもいうのだろうか。何故か嫌な感覚が胸を掠めて離れない。大丈夫なはずだ、己に言い聞かせながらも窓から見える灰色の鉱山に、ちらりと視線を送るのであった。


 ******


 一方その頃、イーアルンウィーズの森の廃墟にて。メルダーはまず、廃墟からは死角となる位置でミズガルーズの士官学生たちや、彼らを指導している教官らしき人物の様子を窺う。

 幸いにも人の手がそれほど加えられていない森の中は、木々や草木が遮蔽物になっている。目立つであろう黒い制服を身に纏う自分たちの姿を、それらが相手の視界から遮ってくれている。


「ラフィネ様、すべての配置が完了いたしました。ご命令とあらば、いつでも」

「わかりました。号令はこちらで出します。それまで待機を」

「了解」


 こちらの人数はメルダーを含めて六名と、従えてきた魔物が数体。対して、相手側の人数は合計すると二十名。人数の有利さは相手にあるだろうが、彼らのほとんどは軍人未満の半人前だ。さて、どう攻めるか。

 この場合、最初に潰すべきは彼らを指導する立場の人間たちだ。統率する人物が欠けた集団に最初に生まれるのは、混乱だ。混乱は正常な判断力を奪い、対応に遅れを生じさせる。その隙を突いてしまえば、人数差など大した問題ではないのだ。


 次に、誰に一番槍を務めさせるか。言うまでもない。この場合は魔物をけしかける手段が最も有効的だ。イーアルンウィーズの森にも魔物は存在している。彼らも何度か対応はしたことはあるだろう。しかし、カーサが手懐けたような魔物に遭遇したことが、果たしてあるだろうか。先に答えると、確立としては圧倒的に低い。

 何故なら、まず一つに彼らは魔物を手懐ける術を知らないからだ。そも彼らにとって魔物は討伐すべき対象であって、戦力に数えることはない。最初から魔物を従えるための技を知る必要性が、ミズガルーズ国家防衛軍にはないのだ。言い換えてしまうなら、それが彼らの弱点にも繋がるというもの。


 どうやら教官役たちによる士官学生たちへの説明が終わったようだ。

 仕掛けるなら今。

 メルダーは魔物を控えさせていた部下に合図を送った。


 合図を受けた部下が、魔物を控えさせていた手綱を放す。解き放たれた魔物は、士官学生たちの集団へ一直線に突撃を仕掛ける。さすが、訓練しているとあって魔物の突撃を躱し散開した彼らだが、当然その場は騒然となっていた。その合間を縫って、メルダー達も魔物の後に続く。


 士官学生たちに落ち着くように呼び掛けていた軍人の背後に回り込む。

 手には愛用のナイフ。軍人の混乱をよそに、メルダーは彼の頸動脈目掛けて一閃。


「どうもはじめまして。申し訳ないんですが、死んでいただきますよ」


 メルダーの一撃を回避できず、倒れ込む軍人に向かって挨拶をしたものの。返事は帰ってくることなく、足元に一つ目の肉体が転がった。その間にも、部下たちや魔物が士官学生たちを襲撃している。教官であろう軍人は無事に屠ることができた。

 呆気ない、と思ったがここで彼らの動きに少し変化が生じる。


「落ち着け!一人で相手をしてはいけない!最低でも二人一組で行動して、撤退しながら対応するんだ!」


 士官学生たちの中から一人の少年が、彼らに指示を出すような言葉を放つ。その言葉を受けた生徒たちは、落ち着きを取り戻そうとしているのだろう。混乱が少しずつ消失していく様子が見て取れた。なるほど、士官学生の中にもリーダーシップが取れる人物がいたようだ。

 そしてその少年は、相手であるメルダー達に一人の力では及ばないということも理解しているらしい。人数差を利用して、二対一に戦闘を運ぶ指示が的確だ。


 だが──。


 メルダーは、声をかけたであろう士官学生に向かう。その学生が魔術師の端くれだろうということは、彼が手に持つ武器で予想は付いた。

 であるならば、接近戦に持ち込むまで。


「っ!?」


 彼は、メルダーの突然の動きに反応が遅れたらしい。術を発動させることはできず、繰り出されてきたメルダーのナイフを受けるだけで精一杯、という様子だ。


「敵ながらいい指示を出すね、キミ。だけど甘すぎる。我らカーサを相手に、たった二人で対応できるわけがないだろう?」

「カーサ……!?」

「士官学生のキミはまだ存在を知らなくても当然だろう。覚えておくといい──」


 ──自分たち相手に、ただでさえ半人前の二人が組んだところで……それはただの弱い人間一人と、大差ないのだから。


 加えてカーサの魔物が一般的な魔物と同一だと考えているようなら、詰めが甘い。

 メルダーは相対した士官学生の腹に手を添え、詠唱を唱える。


"火の華よ、輝き燃えろ"フンケルンフランメ


 雷を纏わせた火球をゼロ距離で受けた士官学生は、衝撃に耐えられず数メートル先まで吹っ飛ばされる。その間に周囲を一瞥すれば、部下たちも粗方士官学生たちを始末し終わっていた。ここまでやれば十分だろう、とメルダーは撤退の命令を出す。


 しかしメルダーは気付いていなかった。己の攻撃を受けたはずの士官学生が、最後の力を振り絞ってマナを集束していたことに。


「"牙よ御身を氷結せんアイスシュトースツァン"!」


 ごう、と一陣の凍てつく風が吹き抜けた。

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