子供医者

@syugo3

第1話

「何これ?イタズラなら面白くないわよ」


「失礼な!僕はれっきとした医者だぞ!」


目の前の椅子に座っているのはどう見ても医者の仮装をしている小学生の子供にしか見えないわけで私は面白くもないイタズラに付き合わされているのだと思っていた。


怪訝な顔をしていたのだろう、隣の太った女性看護師が「大丈夫です、彼の実力は本物ですから」と真面目な顔で言っているのがおかしくてプッと吹き出してしまう。


「いいよ別に、僕に手術してほしくないなら帰ればいいんだ、僕だって早くお家に帰りたいんだし」ムスッとした顔で言っていると本当に駄々を捏ねている子供にしか見えない。


「でも、それは困るわ」


「だろうね、もう他では受けさしてくれないんでしょ?正直な所、手を加えようが無いもん、だからここに来たんだもんね?」


彼女は醜貌恐怖症からくる顔面への整形が止められない女だった。


ボトックス注射をし、ヒアルロン酸を入れ、顎や頬の骨は削り、ワイヤーを入れ等々、話を聞いているともはや大工工事の様だ。


「他の医者からはこれ以上手を加えたら感染症にかかる可能性が高いって言われたのよ」


「いい事言ってるじゃん、医者の言う事はちゃんと聞いといた方がいいよおばさん」


おばさんの単語に一瞬ムッとしたがすぐに表情を戻す。ここが駄目ならもう他に行く宛ては無い、前まで担当してくれていた医者が「これ以上は責任が取れない」と投げやりに紹介状を書いてくれて「ここがダメならもう諦めるんだ」と紹介してくれたのがこの診療所だった。


「げほーにはげほーを」子供医者が何かの台詞を読むように言う、漫画かアニメで流行っているのだろうか。ニヤニヤとしている顔はただイタズラを考えているだけの顔にも見え、無邪気であどけなさも窺える。


「アメリカにとあるミステリーハウスがあるんだけど知ってる?どんどん増改築していく化物ハウスがあるんだ」


「何よそれ」


「まるでそれみたいだね」


「馬鹿にされに来たわけじゃ無いから帰るわよ」


「ごめんねおばさん。でも、いいよ僕やってあげるよ」


「ほんとに?」


「うん、でも条件があるんだ」


「何でものむわ」


「全部取っ替えよう」


「え?」


「正直ね、今のおばさんの顔は綺麗じゃないよ」


「知ってるわよだからここに来たんでしょ」


「そういう意味じゃ無いんだけどまぁいいや、手を加えるじゃなくてもう一度作り直すんだ」


「どういう事よ」


子供医者が言うにはこうだった、顔面に注入したシリコンやボトックス、ヒアルロン酸が皮膚の中で癒着を起こし器質的変化が起こっているらしい。


「簡単に言うとこのままじゃ顔面が溶けちゃうの」と画用紙にクレヨンで描いたおばさんの顔をグチャグチャと黒で塗りつぶしている、パッと見は完全に子供のご遊戯だ。


「そんなの嫌よなんとかして」


「だから一から作り直すんだ生まれ変わろうおばさん」


「綺麗になるならなんだってするわよ」


「世界的に例は無いから成功率も分かんないし何か予想だにしない事が起こるかもしれないよ?」


「くどいわね他に方法は無いんでしょ?だったらお願いするわ」


手術内容は自家培養皮膚移植術の応用で、顔面全てを腹部に移植し培養させている間に顔面の器質的変化部分を取り除き、けずれた顔面の骨に手を加え骨格から変えていき、最後に培養していた皮膚を戻すという聞いていても荒唐無稽な手術だった。


「てな感じなんだけど、どうする?やる?」


「だからやるって言ってるでしょ、今すぐにでもしてほしいの、顔がここ最近疼いていて辛いの、きっと早く手術をしてって顔も訴えてるのよ」


「おばさん綺麗になる事より手術が目的になってるよね、なんだかそれ綺麗じゃないなぁ」


「うるさいわね子供に美醜の判断なんて任せられないわ、ここで子供がお医者さんごっこしてるって周りに言いふらすわよ」


「それも綺麗じゃないね」ケタケタと子供医者は笑っている。


「すぐにでも始められるけど長丁場の手術になるよ」


「私はいつでもいいわ」


だったら明日がいいなぁもう少しで観たいアニメが始まるからと子供医者は唇をとんがらせていた。


「看護師さんアニメの予約お願いね」



30時間もの大手術だった、無事に成功し彼女の腹部には私の顔にあった物が眠っているようにそこにある。


「いやぁ、今回の手術は幻のレアカードを引いた以上に奇跡だね、おばさん気分はどう?」疲れた顔をしているのにそれでも生き生きとして子供医者が私に聞いてくる。


「言いわけないでしょ、顔がお腹についてるのよ、頭がおかしくなりそうよ」


「術後にそんだけ喋れたら大丈夫そうだね、あと顔に感染予防用のマスクを被ってるけど絶対に触らないでね」


「もっとマシなのは無かったの?これじゃあ那須湖に頭から突っ込んでたやつみたいじゃない」


「おばさんの言ってる事はわかんないけど今の状態は感染を防いでくれるバリアが無い状態だからこのマスクで代用するしか無いんだ、次の手術は培養が終わる一ヶ月後だからそれまでは我慢してね」


「そんなにかかるなんて聞いてないわよ」


「おばさんが急がせるからじゃないか、でも一ヶ月後にはおばさんが望んでいる顔面になってるから我慢してね、じゃあ僕はそろそろ休ませてもらうよ寝ない子は身長が伸びないぞってお母さんに怒られるし」目を擦りながらその場を去っていく。


術後、彼女の心は少しばかり晴れやかになっていた。


今までの手術は何かを付け足す事ばかりであったのに付け足した物を全て取り除くというのは彼女は抵抗があった、だが顔面から不純物を取り除くのと一緒に心に纏わりついていた泥の様な物も洗い出される妙にスッキリした物が確かにあった。


これで最後にしようかしら、彼女は顔面以上に心の醜形がいつの間にか取り除かれていたのに気づいては無かった。

妙な疼きを感じお腹をさする、外を見ると明け方だった。



一ヶ月の間は子供医者と一緒にどういった顔にしていくか話し合った、削った骨はカルシウムのパテで造形していくようにし、理想の顔面を築いていく。彼女が憧れている女優がいたので意外と話は早くにまとまった、順調だ。彼女は無意識にお腹をさすっていた。


入院してから三週間が経ち異変に気づいた。最初は異変だとも思わなかったが睡眠中に喋りかけられたような気がしたのだ、夢の中だったのかしらと半分寝ぼけながら彼女はもう一度眠りに着いた、だがすぐにもう一度聞こえて来た。


「…や……て」


彼女は飛び起きてすぐさまお腹を見る、相変わらず眠っているようにしか見えなくて三週間も経てばいい加減慣れてくる、今のはこの顔が喋ったなんて事は……、そんなまさかねと鼻で笑い今度こそ眠りについてそのまま朝を迎えた。


手術まで三日と迫っていた、あと少しだと胸を躍らせる。もう少しで私の理想になるのかと思うと待ち遠しい。


だが謎の声も日に日に聞こえてくるようになっていた、今ではハッキリと聞こえてくる。


謎の声は「やめて」とずっと訴えかけてくる。何を今更、あと少しなのよ邪魔しないでよ、これが私なの。


明らかに腹部の顔面の形相が変わっていた、とても苦しんでいるように見える、なんでよ苦しいのは私なのに。


子供医者に腹部を診てもらうが「入院生活で痩せたんでしょ」と一蹴された。声が聞こえるとも伝えたがストレスからの幻聴はよくあると相手にされなかった。腹部の疼きも酷かったがストレス性の胃炎だと突っぱね返された。


手術当日、看護師は彼女が寝泊まりしていた部屋に訪れた時には既に死亡していた。倒れている彼女の腹部には穴が空いておりそばには腹部の顔面が落ちていた。


先生、これは一体。看護師が怪訝な顔をしながら子供医者に答えを求める。


「聞かれても僕にも分からないよ、言ったじゃないか世界的に例がない手術なんだから何が起こるか分かんないよって」


子供医者は楽しそうだった、ビデオゲームで敵が予想だにしない動きを見せてそれに目を光らせてるようだった。


「ま、子供がお医者さんをやってたりするんだし腹部の顔面が飛び出す事もあるんじゃないの?」


子供医者はいつも楽しみにしているアニメが始まると言って宿直室に駆け込んでいく、主人公の服にカエルが張り付いているアニメだ。



先生は、本当は彼女の異変に気づいていたのでは無いだろうか、すると見透かされていたかのように宿直室から「僕、子供だからよく分かんなーい!」とあどけなさが残る声が聞こえてくる。


子供の無邪気さが今は逆に恐怖を煽る。

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