第二十六節 心休まる家庭
仲直りをしてからのスグリとヤクの日々は、徐々に温かいものへと変化していった。まずスグリは持ち前の明るさと面倒見の良さから、己より年下の子供たちの面倒見るようになった。そしてヤクも孤児院の庭に出て、他の子供たちと一緒に図鑑に載っていた草花などを探す遊びをするようになった。
そんな二人が一番懐いている人物ははやり、二人をいつも温かく見守るルーヴァだった。軍の仕事が忙しくあまり顔を出せない彼だが、たまに孤児院に様子を見に来たときは片時も傍を離れないほど。アウスガールズからの密航から始まり、ようやく二人に安寧の時が訪れていた。
そんなある日のこと。孤児院のみんなで食事をする休憩室にいたスグリとヤク、ルーヴァの三人。そこで今日もまたルーヴァに引っ付き虫をしていたスグリとヤクは、ふと気になりあることを聞いてみた。
「そういえばルーヴァさん、軍人って何をする人なんだ?」
「あ、それ、僕も気になった」
「ああそうか、僕の仕事をちゃんと説明してなかったね。いい機会だから、簡単に教えようかな」
休憩室の中にあるキッチンから飲み物とクッキーを用意したルーヴァは、スグリたちに向き合う形で椅子に座ると説明を始めた。
ルーヴァが所属しているミズガルーズ国家防衛軍。その軍人の仕事は様々あるが、まず第一は国の保全と、そこに住む市民の安全を守ること。またそれ以外にも、世界中の国の安全を確かめるための巡回の任務があるのだそうだ。
「世界中の国の安全を確かめる?」
「それって、ミズガルーズの軍人がしなきゃいけないことなのか?」
「不思議に思うのは当然だよね。まず、どうしてミズガルーズがそんなことをするのか知ろうか」
それからルーヴァははじめに、ミズガルーズという国の成り立ちを教えた。
今から約500年前に世界全体を巻き込んだ大きな戦争が起こり、大陸は大きく割れたらしい。人間、魔物、他の種族など生きとし生けるものすべてを巻き込んだ世界戦争。その時に勝利した種族が人間であり、その中で一番の功績を上げた人物が、今のミズガルーズ国王なのだとルーヴァは話す。
まずその言葉を聞き、二人はたいそう驚愕した。その話が本当なら、ミズガルーズの国王は500年という長い期間、生きているということになるのだから。
「その国王様って、もしかして今もずっと生きてるのか!?」
「うん。今もなお僕たちを導いてくださっているよ」
「でも、人間がそんなに長生きするなんて、普通はできないのに……」
「ああ、それはね。国王様が会得している秘術のおかげなんだよ。その秘術のおかげで、国王様は寿命を延ばすことができるんだ」
「すごい……」
「そんなこと、できるんだ……」
「そうだね、本当に凄いお方だよ。……まぁ国王様のお話は一度、置いておいて──」
小さく笑ってから、ルーヴァは再びスグリとヤクに話を聞かせる。
ミズガルーズ国王は戦争を経て人間はもちろん、他の種族との和平を望んだ。そんな夢を現実にするための理想郷としてミズガルーズという国を作り上げ、世界の監視者として各国の情勢を把握するために、奔走することになる。それは世界戦争を勝利に導いた自分のこれからの責務であると、国王は国民に伝えているというのだ。
その責務の一端を担う組織として、国王はミズガルーズ国家防衛軍という軍隊を立ち上げた。今後、自由に国外へ動くことができなくなる自分の代わりに、己の目になってほしい、と。
そして全ての土台を作り上げた国王は、世界戦争という同じ悲劇を繰り返さないようにと、一年に一回世界を巡回する任務を軍に命じることになった。世界各国を回り、仲介できる範囲内の事件等に関して調査を行い、解決に導く。また、新たな不穏分子が現れてないかも確認する、と。
「これが僕の本業のミズガルーズ国家防衛軍の軍人が、世界中の国の安全を確かめる仕事の大まかな説明だよ。……わかったかな?」
わかりやすく説明したつもりだけど、と苦笑するルーヴァ。今の一回の説明で全て理解できたかと尋ねられれば、思わず答えに詰まる。少し考える仕草をしてから、スグリは口を開いた。
「なんか、うまく言えないけど……凄いことをしてるってのはわかった!」
「同じく、です」
「まぁ、一気に覚えろなんて難しいよね。少しずつ分かっていけばいいと思うよ」
苦笑しながらコーヒーを飲むルーヴァ。今の話を聞いたスグリは、クッキーを食べながら特に印象的だった部分を思い出していた。500年以上も生きているミズガルーズの国王様。そのワードは子供心に興味を駆り立てられる。
「一度でもいいから、国王様を見てみたいなぁ」
ぽつりと言葉を零す。その意見にはヤクも同意らしく、隣でこくこくと頷く。普通の人間でありながらもそんなに長生きしている国王様なんて、気にならないわけがない。どうやったら国王様に会える、と羨望の眼差しを向けられたルーヴァは小さく笑ってから思い出したように言葉をかけた。
「そうだねぇ。実際にお会いするのは難しいかもしれないけど、遠目から見ることはできるかもしれないよ」
「本当!?」
「もうすぐ、ミズガルーズの国立記念日があるんだ。その記念日の時にお祭りがあって、その中で国王様がお城のバルコニーから国民に向けて、演説をするんだよ」
それはミズガルーズの全国民に向けての演説らしい。演説の内容は子供の自分たちには少し難しいかもしれない、とルーヴァに説明される。
「でもその時なら、お姿を見ることができるかもしれないね」
「なら、そのお祭りに行ってみたい!」
「僕も、気になります……行きたい」
「うん。きっと楽しめると思うよ。でも僕はその日、お仕事があるんだ」
彼の言葉に、思わず高ぶっていた気持ちが沈む。せっかくなら、ルーヴァと一緒にお祭りを見て回りたかったのに、と。ヤクも同じ気持ちだったらしく、少し表情に翳が差す。その様子があからさまだったらしく、申し訳なさそうに笑ってからルーヴァは言葉を続けた。
「ごめんよ、一緒に国王様を見ることができなくて。でもお仕事している僕も見てくれると嬉しいし、夜は一緒にお祭りを見て回ることができるよ」
「本当?」
「僕が今までにウソを言ったことがあるかな?」
「ない、です」
「そうだろう?だから、約束するよ。一緒にお祭りを楽しもう」
「やったー!」
その言葉で沈んでいた気分が消え、一緒にお祭りを楽しむ約束ができたことを嬉しく感じる二人である。それから二人はルーヴァに、お祭りについての説明を聞く。
建国記念日の時は町中がきれいに飾り付けられ、商店街通りなどには露店が出るとのこと。露店の種類も様々で、食べ物を扱う露店もあれば簡単なゲームができる露天もあるなど、子供はもちろん大人も楽しめる日なのだと。
その日のルーヴァの仕事は夕方くらいに終わるとのことで、孤児院で待ち合わせをしてから露店を見て回ろうと予定を立てた。予定ができてからというものの、スグリもヤクも建国記念日当日になるのを、今か今かとそわそわする日々だった。今からその日が楽しみで仕方がないのだ。
そしていよいよ建国記念日が翌日に迫ったその日の夜。就寝時間になり、二人は自分たちの部屋に用意されているベッドに一緒に入り、布団の中に潜り込む。いつもならすぐ寝ることができるのだが、明日の予定に興奮しているせいか、今晩はなかなか寝付けずにいる。
「起きてるか?」
「ううん、眠れない……。スグリも?」
「うん。なんか、楽しみすぎて全然眠くない」
「僕も……」
「寝ないと明日起きれなくなるのになー……」
いくら眠ろうと寝返りを打っても眠気が来る気配がない。布団の中でもぞもぞと動いていると、不意に向かい合わせになる。しん、と一瞬空気が静まり返るが、スグリはヤクにとある質問を投げかけることにした。
「なぁ……一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
「明日お祭りに行くの、怖い?」
それまで外の世界に恐怖を抱いていたヤク。最近は孤児院の外なら、安心しているのか楽しそうにしている。しかし明日はお祭りで、これはスグリの予想だが多くの人々が街を行き交うことになると思う。そんな中に行くことに、ヤクは恐怖を感じているのではないかと考えたのだ。もしヤクがまだ恐怖を抱いているのなら、自分がしっかり守らないと。
ヤクはスグリの質問に、ややあってから答えた。
「正直、少し怖い……。でも、楽しみなのは本当だよ」
「本当か?」
「うん。スグリも、ルーヴァさんもいてくれる。院長先生やみんなもいてくれる。だから僕、すごく楽しみ」
そう答えて、ふにゃりと笑うヤク。その笑顔に裏を考える余地はなく、本当に心から楽しみにしているのだと、スグリも感じ取れた。心配する必要なんてなかったかと反省してから、同じように笑う。
「そっか。明日、楽しみだな!」
「うん、楽しみ……!」
くすくす、と笑いあっていた二人だが、巡回に来たリゲルに寝なさいと叱られてしまう始末であった。夜が明けたら明日は、建国記念日だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます