閑話003 鈴沢 雲母の決心その1

あーしは今、イライラしている。


『There is no god, but there is an unjust god……♪』


そうまさに今聴いている洋楽ロックの歌詞の心境……。

わかるでしょ?



あーしは【鈴沢 雲母(すずさわ きらら)】。中学二年生。

あーしの家は親が政治家で裕福だし、あーし自身も可愛いいし、頭もよくてみんなの人気者だし。超人生勝ち組の道を歩んでいた。


それが小学6年のになった時、資産家の祖父が亡くなったことで相続問題が勃発。

あーしの親がそれに巻き込まないよう、あーしを養母の家へ逃がしてくれた。

という名の厄介払いをされた。

あまり良い扱いをうけなくて、ちょっと気まずい日々を過ごしていた。


そのせいでずっとイライラが止まらない。

それに加えて、学校でもクラスカーストなんて序列の牽制しあいで滅入った。


でもあいつの所為で、それは一変することになった。







あーしは小学生のころからあいつを知っている。

幼馴染というわけでも知り合いというわけでもなかった。話したこともなかった。

ただ小学生から今に至るまで、とにかくイジメられまくっている。

男子にも女子にも嫌われていた。


根暗だし、しゃべり方はキモデブブサイクなニートぽい。

眼鏡もぶっとい黒フレームだし、化粧も知らない。

ヘアスタイルも一応2つ結びで綺麗な髪なんだけど、適当にハサミで切ったかのようにバッサリパッツンしてる部分が何か所もあってブサイクだ。

制服も強引につかまれたようにぐちゃってしてる所がるし、醤油あと?みたいな古いシミの跡があって汚らしい。


あいつの印象は「どんくさい」「ぶっさいく」「根暗」だったし、あーしの生活に入ってくるような人間ではないと思っていた。




小学六年のとある日、あいつがメガネを掛けないで登校してきた。

すこし悲しそうに、儚なく微笑んでいた。

それは映画のワンシーンの様だった……。


「!!!!!!!!!!!!!」

これにはクラス全員、男子も女子もが息をのんだ。




誰だ??、こいつは!?

……なんだあれは……くそがっ!!!!!!




先生はぼかしつつ事情を説明してくれた。

昨日の下校のあと、花咲は大人の男性に誘拐されたそうだ……。

誘拐?それって……と私の頭の中の想像は誰もが思い浮かんだようだ。

きっとレイプされたんじゃない?なんてあーしの考えと同じゲスなひそひそ話が聞こえる。

その被害は眼鏡が壊れ、前髪が切られたのだという。


クラスメイトは気を使ってほしいと先生にお願いされた。


気を使うって何をどうすればいいの?

今もあーしを含めた全員ゲスな想像しかしてない。

それに昨日までクラスのほぼ全員があいつをイジメてたんだけど?

先生も見て見ぬふりしてたでしょ?




SHRの後、あいつはすぐにメガネを借りたようで、授業にはメガネをかけて参加していた。

不思議な事にそのダサいメガネをかけると、あいつはいつもの印象に戻った。

みんなはそれで興味を無くしたようだったけれど、あーしは違った。

なんなんだあいつは。敗北感でチクリとする。



その感情とは別に、あーしは訳の分からない焦燥感に駆られ、あいつを観察、尾行した。




あいつは学校はイジメられに来ているようなものだ。

でもなぜか授業中や放課後は嬉しそうにしていた。放課後は図書室に寄ってかなり遅くまで残っているようだった。

17時の夕焼け小焼けのメロディが流れるまで、ずっと図書室で本を読んだり勉強したりしてる。図書室ではすごく嬉しそうな顔してる。勉強なんてつまらないのになんで?


イジメられてるから中学受験でもして遠くの学校にいくのかな?なんてあまりその行動に疑問を持たなかった。


あいつが度々怪我をして登校してくるのも気になった。

それにクラスのID交換の時に気が付いたけど、スマホもガラケーも持ってない。

学校以外、おうちで何か訳がありそうだと予想が付く。



それからお昼の給食だ。あーしの実家は専属で料理人がいるから、給食なんて栄養士が作ったくっそ薄味のくっそ不味い料理と思っていた。

でも、あいつはそれを超高級料理店の高級フカヒレでも食べたかのように、トロけた顔で食べていた。

たかがもやし炒めでだ。たぶんそれ原価50円ぐらいじゃないの?

バッカみたい。

それよりあいつのそのトロ顔を、正面に座っていた男子が真っ赤な顔して凝視していたのが面白かった。






あーしは休日もつけてみた。今は午前7時だ。我ながら暇だと思う。

先生に住所を確認して来たので大丈夫。

あいつの家はボロボロのアパートだった。階段も錆びついていて、二人同時に昇ったら崩れ

そう……。あいつの家は203号室。

あいつが出てくるのを待っていると……。



ドカッ!!ガシャーン!

っと大きな音が聞こえてきた。なにごと!?



シーンと静まり返った後、あいつはそーっと抜け出すように出てきた。

あ、あいつ……もしかして怪我してる?足を引きずってるのがわかる。



そんな……あいつ家族から暴力を受けているの……?

け、警察?いや家庭の問題って相手にされず門前払いがいいところだ。

あいつはいつも怪我をして学校にくるけど、微塵も表情に出さなかった。

まさか親に暴力を振るわれていたなんて……。




暗い気持ちになったが、あいつはどんどん行ってしまうので、急いで後を追った。

公園に着くと噴水の水飲み場で水を飲んだあと、木陰のベンチに腰を掛けて本を読んでる。

先ほどとは打って変わって本当に嬉しそうだ……。

親の暴力で怪我したばかりなのに、なんでそんな顔ができるの?



ずっと見ていたい……そんな絵だ。




そろそろ少し暑くなってきた季節。ふっとそよ風が心地いい。





10時半になるとあいつは急に立ち上がって、商店街のほうへ歩いて行った。

もう痛みが取れたのか、足を引きずってはいない。

あいつは体力がないのか、近くの商店街なのに少し息が上がって、電柱にもたれかかって、休憩しながら向かっている。


意外なことに、あいつは商店街で人気があった。

食材の切れ端や捨てる部分を無料で受け取ったり、どうしても欲しいものは粘って値切っていた。舌っ足らずでしどろもどろなのに、ちゃんと交渉できてる。

150円の大根を120円まで値切っていたが、30円を粘る意味が解らない。


その後あいつは細い裏路地へ入っていった。どこいくんだろう?と疑問におもったが、どうやら定食屋に裏口から入るようだ。

もう見えなくなっちゃったし、あーしが同じドアから入ったら単なる不法侵入だ。

お腹がすいたし、定食屋なんて初めてだけど、もうこの店で食べよう。


そうだ!あいつの真似してメガネを持ってきたんだった。今日は髪型も変えてるからバレないよね?そもそも接点ないから、あいつに名前も憶えられてなさそう……。

あーしは慣れない個人飲食店に正面入り口から入った。



ガララ……


「しゃいませー!」

「……ま……せぇ……」


あいつも厨房に立ってる……って小学生働かせてるの?

あいつのエプロン姿は可愛かった……じゃない!小学生は働いたダメでしょ!


あーしが席に座ると、おばちゃんがお冷をもってきた。


「可愛い嬢ちゃんだね。なんにする?」


メニューをみると日替わり定食や焼肉、ラーメンなど何処にでもあるものだった。

けれど、シールで付け加えられた項目があった。

「本日の賄い」って書いてある。

あーしはそれを指さして聞いてみた。


「これって何ですか?」

「ああぁそれね。いま手伝いに来てる子が練習したいって、賄いを作ってくれるんだ。あたいらの昼飯にもなるのさ」


おばちゃんはカラカラと笑った。


「え?(……あいつ料理できるの?)」


「……あんこはめんこくて、がんばりしゃにゃき。みにゃーんきもんやて」


なんて?

隣に座っていたお客のおじいさんも話に乗ってきたけど、訛りがひどくて何を言ってるかわからない。



さておき、あーしはあいつが作るものを絶対食べたいと思った。

今あいつの作ったものを食べないと絶対後悔するって直感が言っている。

そう、これはちょーさ!調査なんだからね!


「あ、あの!じゃあこれ!これをお願いします!!」

あーしは興奮して声を大きくしてしまった。でも今はおじいさんとおばあさんぐらいしかお客がいないし、ワイドショーのテレビの音のほうが大きい。


「あいよ!!まかない一丁!!」

「…………ふひっ!」


奥からあいつのいつもの変な声が聞こえた。

ふふっ……おもろい。

最初はこんな事して何になるのかと自問自答してたけど、今はあいつの素性を探るのが楽しくなってきた。




割とすぐ料理はでてきたけど……こ、これは!

すこし大き目のお皿に綺麗な盛り付けがされている。

鶏肉と野菜がちりばめられた和洋折衷の美味しいそうなのが出てきた!

ここって定食屋でしょ?オシャレな創作料理みたいのが来たんだけど!!!


「ああ、おどろいたろぅ?あの子は毎週代りで他の店にも手伝いしてるから、あたいらでも知らない料理を作ってくれる。うんまいんだよ!これ目当ての客もいるのさ。」

「ま、毎週?」

「ああぁだって土日は学校が休みで給食がないんだろ?」

「え、ええぇ……(……あいつ、昼ごはんも食べられないほど貧乏なの!!??)」


よく考えたらあいつは給食費の回収の時はいつも忘れたっていってた。

そのあと職員室でも先生になじられてるのを見たことがあったが、そういうことだったのか……。


「まぁ家は定食屋だから本メニューにゃ、こんな豪勢なの載せられないがね」

「い、いつから?」

「たしかぁ初めて来たのは小学校3年のころかな?」


うそ……そのころからずっとこんな生活してるの?


「さぁ早く召し上がれ?」

「おお、たっすいがは、いかん!」


だからなんて?


おじいさんは、あーしとおばさんの話に割って何か言ってる。

おばさんはすぐわかったようで、何かを取りに行ってしまった。




「い、いただきます……」



んぐ……!!!!!おいしい……!



家の料理人並み?かどうかは専門家じゃないからわからないけど。

でも舌の肥えた私でも、特別な日のご馳走に思えるほど美味しかった。

おそらく近所で仕入れたであろう、安い食材のはずなのにだ。




あーしはいつの間にかポロポロ泣いていた……。


なんで……?あの子の生きる世界はこんなに厳しいのに、こんなにすごいことができるようになるほど、がんばってるの?


学校ではずっと毎日イジメられ、家では暴力、貧乏で携帯やオシャレ品も買えないし、食事にも困る有様。あの子が小さくて細いのは栄養が足りてない所為だ。

挙句の果てに誘拐で被害者なのにレイプの噂?そして唯一の楽しみが学校の図書室だけ……?


あーしの悩みなんて、ただのわがままなだけだと一蹴できるほど、この子の人生はハードで、精一杯生きてる、頑張ってる!!



この子に感じた、あーしの焦燥感の原因はこれだ……。



あの子がどんくさいんじゃない……




あの子が悪いんじゃない……




世界があの子に厳しすぎる……世界のほうが間違えているんだって。








あーしは、……鈴沢 雲母は決意する。












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