緋竜の習作
緯糸ひつじ
レプリカの溶ける温度
普段は深い霧に包まれる街ブロッサム
首都の玄関口、ニュー・セントラル駅。
真新しい駅舎は、産業革命の富と勢いから産まれた大聖堂のまがいものだ。
外観は、数世紀前の教会建築に見られた様式を踏襲した堂々とした面構えで、あしらわれた装飾は細部の細部まで華美だった。
駅構内のなかも広く、プラットホームから空を見上げれば、はるか高くに鉄骨の巨大なアーチ屋根が掛かっている。華奢な骨と硝子の皮膜が織り成す天井からは、太陽光がたおやかに降り注いでいる。
河川を挟んで東側の地区は、まだ陰鬱とした空気で淀んだスラム街だというのに、それを忘れたかのように駅舎は豪華で、街の明暗のコントラストが増すばかりだ。ブロッサム
新駅舎の落成記念式典は盛大に行われた。
その中央玄関前の広場で、目玉となるモニュメントが公開されるらしく、記者や見物客が期待を胸にして集まっていた。
新聞社で下働きしている少年、サム・ウッドもその一人だ。
サムは、中央にある白い布を被された物体を見るべく、観衆の頭のあいだから顔を覗かせていた。
納得のゆくポジションを取って首を伸ばすと、それと同時に真っ白な布が駅員によって取り払われた。
観衆はどよめく。
サムは姿を捉えようと目を細める。
そこには、抱えるには大きいと思える鉄製の鳥籠がぽつんと立っていて、なかで小さな陰が蠢いた。
「ドラゴン……?」
鉄製の鳥籠の中で、小さな赤いドラゴン──翼竜が飼われていた。光を漉くような透明感のある鱗は凛々しい輝きを放っている。
「そんなことできるんだ」
サムは率直に驚いた。鳥籠に囚われるドラゴンなんて代物は今まで見たことがなかったからだ。
ドラゴンは飼い慣らせない、気高い生物だ。
そして実務的な点から言っても、シロナガスクジラが巨大さから飼育できないように、ドラゴンは火を吐く特徴のために飼育が叶わないはずだった。
「──すごい時代になったよな」
思わず呟いたことに、隣に立つ見物客の老紳士がしみじみと応えた。丸ぶち眼鏡から覗いた瞳が、人当たりの軟らかい印象だったために、サムは疑問をぶつけてみた。
「あれ、大丈夫なんですか。火を吹いて鉄を溶かして、鳥籠から逃げ出しそうなものですが」
サムは鉄の融点は知らない。しかし、ドラゴンが吐く炎は鉄を軟化させるほど高温で、小さくても火力は変わらないことは知っていた。過去、世間を賑わせたドラゴン関連の事故は数知れないから、嫌でも覚えてしまう。
「だと思うだろう? でも、大丈夫」
見物客の老紳士の目元に笑い皺が浮かび、自慢げな顔で教えてくる。
「なんだってあれは、ドラゴンじゃない。レプリカなんだ」
「レプリカ?」
「そう、レプリカだ。砂糖細工で創ったもんでな、ブロッサム
「なるほど、あの魔術ですね。たしか……」
サムはタブロイド紙で、その魔術の記事を読んだことがあった。
生物を模した造形物に、生きているような動きを再現する。そのために体系づけられた魔法群だ。
「えっと──そうだ、魔法アニマトロニクス」
「そう」
老紳士は、にこりと微笑む。
魔法アニマトロニクス。造形物の皮膚下に魔法を組み込んで、生物のように骨格や筋肉、表情を動かす。精巧な魂のまがいものを与える技術。
サーカスや演劇で使われるような比較的新しい技術領域で、昨今話題になっていた。
しかし、本来なら動物の剥製やパペットを利用しているのだが、まさか飴とは不思議なものを選んだな、とサムは思う。
「また、なんで砂糖細工なんかで?」
「ないんだ、透明度があって可塑性がある素材が。ドラゴンを再現するのに、適した素材がね」
ドラゴンの身体は、緋色の硝子のようだった。
「あのレプリカは、飴に動きをつけられるくらいの柔らかさになる温度を魔法で維持していて、ドラゴンの動きを再現しているんだ。それが他の素材じゃできなくてね。ほんとは合成樹脂を試したいのだがな」
「合成樹脂?」
サムの質問に、老紳士は眼鏡を外しながら続ける。
「例えば、この眼鏡の縁はセルロイド。樟脳とニトロセルロースを混ぜ合わせた合成樹脂だ。合成樹脂の研究はまだ始まったばかりなんだが、可塑性があって加工しやすくて、これからどんどん工業化されるだろうね。だが、今のはまだまだで上手くいかない。これなんかは簡単に燃えちまうんだ」
「それで飴に?」
「まぁ、ありゃ妥協の産物だけどな。とりあえず飴の質感が一番近いからって、わざわざ菓子職人に作らせたんだ。ほんと、外から見りゃ酔狂だよな」
ドラゴンは咳き込むように、小さく炎を吐く。
観衆はまた、おおっとどよめく。
そんな観衆のリアクションにも関心なさげに、鳥籠の中でドラゴンは尾で身体を抱きしめるように丸まって片目で観衆を見やっていた。
「あいつはもちろん炎を吹くことも出来るほど精巧なレプリカだけれど、炎を吐き続けたらまず鳥籠が溶けるまえに、飴が溶けてしまう。逃げようとするときは身を滅ぼすときって訳だ。むしろ盗難防止に鉄製の鳥籠を使ってるようなもんだ」
「なるほど……。というか、やけに詳しいですね」
サムは違和感に気付く。
「あぁ、そうか。そうだね」
老紳士は、ほら、詳しくはこれを見るといい、と丸めた魔術専門誌を寄越してきた。
紙の角が折れている
表題が、目に飛び込む。
〈──魔法アニマトロニクスの第一人者であり、ドラゴンの精巧なレプリカを作った天才魔術師、タマヒジェ・デルトロに迫る〉
紙面には、制作した魔術師の肖像が銅板画で載っていた。
「──え?」
サムは慌てて老紳士の顔と、紙面の肖像を交互に見た。そっくり同じだった。
「よろしく、私がデルトロだ。君はバーンズ新聞社の下働きの少年だろう? よく出入りしているのを見掛けてるよ──」
困惑するサムを見て楽しんでいるかのように、デルトロはにやりと不敵な笑みをうかべ、口を開いた。
サムはデルトロの声に吸い込まれるように耳を傾ける。すっかり観衆の音が消えていた。そして反響するように、デルトロの声だけが頭に残った。
「──君は、ブロッサム
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