失墜した騎士は魔物の巣窟で乙女と出会った

ゾウノスケ

第1話

僕、エルマーは貴族の次男坊だ。


そしてその境遇に、心から感謝している。


この国、ガルウリム王国では先代の爵位は嫡男にしか継がれないからだ。


勿論僕は父のことを尊敬しているし、綿々と続いた貴族としての責務を負うことは大切だと思う。


でも子どもの頃から憧れ、一員になりたいとこころざしていたものがあった。


相続権を持たないため、権威のしがらみから解き放たれた名家の子息のみが選ばれる名誉ある役職。


魔獣や悪鬼の群れに立ち向かい、国と民を守る魔物退治の専門家、ガルウリムの狼王騎士団に。


「全員整列! 順番に前に出ろ!」


先達と思わしき騎士団正装の男が大きな声をあげる。


広間には僕や、僕と同じぐらいの年頃の青年たちが一同に並んでいた。


僕らはここで騎士になる。王城にあるこの儀式の間で、その第一歩を踏み出そうとしているのだ。


「なんだかドキドキしてきた……」


「だよな。興奮が止まらねえぜ」


つい口から出た独り言に、後ろから返事が返ってくる。


振り向くと、同じように並んでいた者の一人が軽く手を挙げる。金髪をなびかせる美男子だ。


初対面だが、彼は気さくに声をかけてきた。


「フーゴ・ツー・オルティゲンだ。お前は?」


「僕はエルマー・フォン・ノクスハイム。」


「ノクスハイム……? 知らない家名だな」


首を傾げられた。僕は苦笑いを返す。


ノクスハイム家は歴史のある由緒正しい貴族だ。ただ新興の貴族たちからは"古いだけが取り得"だと影口を叩かれることもある。


先々代の頃に領地の半分を返納し、父は外務官としての仕事も担って忙しく過ごしている。社交界で優雅に歓談を、といかないぶん影が薄いのだ。


「ああ、悪かったなエルマー。別に馬鹿にしたつもりはないんだぜ」


「はは……いや気にしてないよ」


「だよな! ま、いずれ同じ騎士として戦う者同士、仲良くやろうぜ」


それで話は終わり、とばかりにニカッと笑った。


彼の言動は少々フランク過ぎるというか――馴れ馴れしいようにも思えたが、文句の言えない押しの強さがあった。


コミュニケーション強者という感じだ。きっとこういう人物がリーダーシップを取るのだろう。


よく見れば容姿だけでなく身体も引き締まっている。僕もそうだが、戦うために子どもの頃から訓練をしてきた人の肉体だ。


「フーゴも昔から騎士に憧れてたの?」


「憧れ? 違うね。俺は騎士になると決められてきたのさ。俺の……っていうかオルティゲンの名前を知らないのか?」


「オルティゲン……あ、そういえば騎士団の隊長にそんな名前の人が」


「そう! 俺の兄は史上最速で騎士隊長に任じられた伝説の男、フェリックス・ツー・オルティゲンだ。」 


そうだ、聞いたことがある。


数多の魔物退治という実績で、家柄や年功を重視する気風をねじ伏せて隊長まで上り詰めた青年騎士がいると。


いずれは狼王騎士の総団長も夢ではないというその人が、フーゴの兄なのか。


しかし――


「分かるだろ? 偉大な兄と同じ血を引くこの俺が、騎士としての素質を持つことは歴然なわけよ!」


「な、なるほど?」


「いずれ兄貴の片腕となる男だ。ここで出会えてラッキーだぜお前は」


圧が。


圧がすごい。


少なくとも今はみんな同じ見習い未満の立場なのに、ここまでマウントを取られるとは思わなかった。


「そ、そうだね。でもほら、今は儀式の途中だし、あんまり私語は慎んだほうが」


「そうだエルマー、お前この儀式のことも何も知らないだろ? 俺が教えてやるよ。俺は兄貴から色々聞かされてるからな」


僕の言葉など聞こえていないかのようにそんなことを言い出す。


いや、知ってるよ。ここに通される前に軽く説明を受けたよ。君は聞いてなかったの?


「まずこの広間はな、騎士が王に忠誠を誓うための場所なんだ。今は直接陛下が来られることはなくなったけど、昔は騎士一人一人に声をかけて下さったらしいぜ。なあ聞いてるか?」


「うん、聞いてる聞いてる。でも怒られたら嫌だから小声でね」


「聞いてるならよし! で、この儀式にはもう一つの側面があって、それが神器から力を借り受けられるということだ」


神器。


それは今の文明では作り得ない物、神の力で作られた器物のことだ。


魔物という脅威に対し、人はあまりにも弱かった。徒党を組み、作戦を練り、ようやく対等になれるかどうかというほど、生物としての優劣に差があった。


その絶望的な状況を打破するきっかけになったのが、神器である。


「あの奥のやつ、あれがこの国の所有する神器だ」


フーゴが指すのは、広間の壇上に鎮座する彫像。狼の頭をかたどっていて、大きく広げたあぎとは人一人飲み込みそうなほどの大きさだ。


今も順番に呼ばれた者が、その彫像の前に出て手順の説明を受けている。


「【王権の守護者】っていう神器らしい。人間に魔物とも戦えるほどの身体能力を与えてくれるありがたい代物だ」


「あれ……でもその神器は宝玉の形をしてるって聞いたけど」


「ああ。あの狼の像はあくまで台座なんだよ。こっからじゃよく見えないけど、その舌の上に宝玉が乗ってる」


「へえ」


「宝玉に触れて、誓いの言葉を口にする。すると手の甲に白い水瓶の紋章が浮かび上がる。それこそが騎士の証になるってわけよ」


「……それってどういう感じなのかな?」


僕ははじめ厄介がっていたことを忘れて、つい聞き返してしまう。


やっぱり騎士に憧れたものとして、こういう話は無関心に聞き流せない。


「そうだな。兄貴から聞いた話だと、まずぐーんっと力が沸き上がる感じがする」


「ふんふん」


「そのあとガクッと脱力感が来る。落差が辛いらしい」


「ええっ!?」


「だけどそれに慣れたら、自分の肉体が今までとは別物のように変わっているのを実感する。身体に一本芯が入ったかのような揺るぎなさと、全身の血が滾るような激しさ。その両方が備わったかのように」


「揺るぎなさと、激しさ……」


壇上に淡い光が輝く。また一人、紋章を得て騎士として認められたのだ。


はやる気持ちが抑えきれない。


「またドキドキしてきた、ってか?」


「うん。だってここまで来るのも大変だったから。今日のためにひたすら剣の修行をして、実技試験になんとか勝ち残って、ようやくここまで来れた」


「フフン。脅すわけじゃないが、試験ならまだ終わってないぜ」


「えっ?」


フーゴの予期せぬ言葉に、僕はびっくりした。


ここにいるのはみんな、試験に合格して騎士としての資質を認められた人たちだ。

あとは紋章さえ授与されれば、見習いとはいえ正式に騎士に任じられる。他の試験が挟まれる余地なんてないはずだ。


「宝玉が狼の口の中にある理由が分かるか? 宝玉へ手を伸ばすには腕を口の中に入れることになる。"よこしまな気持ちで力を得ようとする者は利き手を喰われる覚悟をしろ"というわけさ」


「心の内を試されるってこと? でもどうせ迷信でしょ」


「さて、どうかな。ちなみにその場合与えられる紋章は色が違うそうだ。真っ白でない紋章が手に刻まれたなら、騎士として相応しくないどころか、逆賊扱いされかねないぜ」


「そんなの心配無用だよ。僕は国を守るため、魔物たちを退治するために騎士になるんだ。逆賊なんかとんでもない」


「……やれやれ。誰にも負けない力を得られるとなれば、ちょっとぐらい悪いことを考えてるやつのほうが多いんだけどな。その点お前は、正真正銘の騎士志願者だ」

「誉め言葉として受け取っておくよ」


そんな話をしていると、ちょうど次の名前が呼ばれる。


「エルマー・フォン・ノクスハイム! 前へ出ろ!」


僕の番だ。


フーゴに「また後で」と合図して、壇上へと進む。


目の前まで来ると、やはり巨大な彫像に気圧される感じがあった。


だがその口の中にある秘宝を見れば、すぐに目が釘付けになる。


【王権の守護者】。深海のような深い青の輝きをたたえた、美しい球形の宝石だ。

数名の騎士を侍らせた神官が、夢中になりかけた僕へ声をかける。


「まずは宣誓を。『我が身を一対の剣と盾として、偉大なる王と民の安寧のために捧げます』」


「は、はい。『我が身を一対の剣と盾として、偉大なる王と民の安寧のために捧げます』」


「『神と王の御名のもとに誓いを受け取らん』――では神器に触れなさい」


神官に促されて僕は狼の口の中に手を伸ばす。


これで僕も騎士になれるんだ――そう思っていた。次の瞬間までは。


異変は宝玉に触れた時に起こった。


宝玉から発せられるのは淡い光ではない。激しい火花だった。


「ひっ!?」


見守っていた神官が思わず腰を抜かす。


だがこちらもそんなこと気にできる状態じゃなかった。


「っ!! 手がっ!」


強烈な痛みを感じる。それは宝玉に触れていた手から始まり、全身へと広がっていく。思わず手を放そうとしたが、まるで吸い付いたかのように離れない。


何かが体の中でのたうち回っているようだ。沸き上がる力も、脱力感も感じてられない。


ただ痛い。


苦痛だ。


しかしチカチカする目が一瞬、手の甲に何かが刻まれるのを見た。


その瞬間火花が止み、手も宝珠から離れた。


僕は大きく後ろに倒れる。それを見て控えていた他の騎士たちもこちらに駆け寄ってきた。


「大丈夫か」と助け起こされるものだと思っていた。だから先輩の騎士にお手間をかけないよう慌てて自分から起き上がろうとした。


だがそんな僕の前に差し出されたのは彼らの手ではなく、剣や槍だった。


「え……」


みな一様に鋭い目をしている。それ以上動いたら刺すと視線が物語っていた。


自分の番を待って整列していた僕と同じ同期生にも、ザワザワと動揺が走っていた。

そんな中、誰かが口走る。


「弑逆者の紋章……まさか本当にいるなんて」


その言葉を聞いて、僕は自分の手の甲を見返す。


宝玉によって刻まれた水瓶の紋章。その色は――黒だった。


「そんな、僕は違っ」


「黙れ! 貴様には騎士になる資格はない! このまま地下牢へ連行する!」

弁解は激しい侮蔑の言葉によってさえぎられた。


石像の狼は腕を食い千切ることなんてしなかった。だが色違いの紋章は確かにあり、僕を騎士に相応しくない者として糾弾するのだ。




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