最終話 リアルヤンデレに建前はない

 俺は読書するでもなく、さりとてスマホを触ったり、あるいは寝て過ごすといった代表的な怠惰を甘受する気にもならなかった。

 俺はただ時が満ちるのを無力にも待ち続けていたに過ぎない。

 告白だけならば、緊張はあれども乗り越える手だては十分あるイベントに、これほどまでに苦悩を強いられるのは、くどいようだが、智音の兵法が完璧であったからだ。


 時刻はまだ朝8時47分。椎名と公園で会うのは19時頃。とてもじゃないが、今の俺には耐え難かった。

 朝食もろくに食べず、俺はセミの声とは対をなして、脱け殻かのようにとぼとぼと街へ出た。

 智音のお見舞いと言えば聞こえはいいが、実質的には、暇つぶしとなんら違いはなかった。

 思えば今まで、智音から会いに来てくれていたり、俺から向かっても、隣近所であったことから、いくつかの駅を越えて会いにゆくのはある意味、新鮮でもあった。

 たとえ不謹慎だとしても、今の俺は短絡的にしか思考する余地がなく、世間を恐れずに言ってしまえば、ある種、仕方のない事だった。


「どなたとご面会ですか?」

「間宮智音です」

「少々お待ち下さい」

 ナースセンターで事務的な応対を済ませ、智音の病室へと向かう。俺は比較的健康体というのもあって、病院はむしろゲームや怪談の舞台くらいに思っている節がある。


〈コンコン〉

「俺だけど……入っていいか?」

「守さん?はい、いいですよ」

 そこには窓の外を見つめる儚げな美少女が居た。俺をここまで追い込み、でもやはり離れがたいリアルヤンデレ。

 さて何を話したものか。俺が原因で自殺を企てた少女にかける語彙など、所詮はアマチュア作家である俺には到底持ち得なかった。

「えへへ、まだ生きてました」

「……そうだな」

「その目は私で泣きましたね?えへへ、嬉しい♥」

 智音はいつもと変わらぬ調子で俺に微笑みかける。その釣り合いのない現状こそが、俺を不安にさせ、且つまた、俺を動揺させた。

 それでも俺は………

「無事で良かったよ。今日の検査で異常がなければ、即退院らしいしな」

「そうですね」

 精神的疲労の極限として智音はあの判断を下した訳ではない。だから、退院そのものに対しては、「せっかく自殺したのに……!」といったような憤怒は見られない。

 それでもやはり思うところがあるようで、一般的に喜ぶべき報告であるのに、智音の表情はそこまで明るくはなかった。


 昼ごはんを院内の喫茶店で適当に済ませたのだが、真っ直ぐ帰る気にもならないので本屋に寄ることにした。

 いかんせん、アルバイトを辞めてしまったので、相変わらず財布は寂しく、立ち読みで知識欲を押さえるしかなかった。

『働けよ』と指摘されかねないが、事実、今働いたとしても『お前はもう休め』と言われても何ら不思議ではないこの現状を受け止める必要もあると思う。

 そう言いつつも、刻一刻と近づく告白の返事という青春するにあたって無くてはならない舞台装置。

 俺の中では既に結論は出ている。後はそれを伝えるまで、可能な限り吟味・再検討し、あの公園で椎名にしっかりと告げる。

 これはある種、の確認テストなのだ。落第も十二分にあり得る事を再確認し、電車へと乗る。いざ鎌倉。



「早いね」

「俺が遅れるのは失礼だから」

「そうかもね」

 椎名もまた例に漏れず、平静を装っていたが、声が震えているのはどうやったって誤魔化しようがないので、必然的に椎名が緊張している事がバレる。

「すぅ~はぁ~。じゃあ、もう一度言うね。

 私は、お兄さんのことが好きです。付き合ってください」



「………ごめんなさい」

 俺は、いや、俺だけじゃない、智音もこの結果を予想していた。

 俺はこの一件で、智音の存在を強く認識し、それと同時に、少しややこしいが、自分の中での智音の存在感の強さを認識した。

 はっきりと言ってしまえば、椎名の事は好きだ。付き合いたい。

 でも、それ以上に俺は智音としていた。互いに尋常な程に求めあい、それが空回らず、しっかりと還ってくる唯一無二の存在。

 俺はこの数ヵ月で、智音ヤンデレに病的なまでに惹かれていったのだ。

 仮に智音が死んでいたならば、俺はその虚無を紛らわす為に、椎名を選んでいたかもしれない。

 だがそれはあまりにも侮辱的で無礼だ。現時点で、俺が抱く椎名への好意は消極さを兼ね備えていた。

 それに気づくトリガーは間違いなく智音のあの行動であり、また椎名の告白でもあった訳だ。

 *

「守さん、好きです」

「俺も智音が好きだ」

 *

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