4-5『Y講習中、K仕事中』
それが破壊されたと共に、破裂した水が地面に滴る…。
「…っ!?」
そこが破壊されたことにより、僕らは、地面の下へと落ちていく。
水の体の自分に、着地の衝撃はないから、彼よりも早く地面に足をつけ、次に落ちてきた兼森くんを、水を膨張させて大きくした両腕で受け止めた。
「よっと……。大丈夫?」
「あ……あれ…?」
僕に受け止められた兼森くんは、なにがなんだか分からず、目を回しながらキョロキョロと顔を右往左往に動かしていた。
「しっかりしなよ社長」
僕は彼を地面に下ろし、元に戻した腕でバシンと背中を叩くと、咳き込みながらハッと意識をとり戻した。
「な……なんですか…ここ……」
フードを外し、なんとか着地したそこを見回せば、誰だって酔いを覚まして絶句することは間違いないだろう…。
「やっぱり…ここにあったわけか……」
臭った烏賊のような薫りが微量に漂うそこは、明らかに人工的に作られた地下室。
壁には盗撮や雑誌の切り抜き問わず、一面に女児の顔がぎっしりと乱雑に貼られており、床にはこどもサイズからSサイズまでの女児服が大量に投げ捨てられていた。
少し歩けば、グチョッと音を立てて、僕の靴に白濁とした液体がへばりついていた。
「気持ち悪い…」
靴についた液体を、地面に擦り落とす。
言ってしまえば、ここは恐らく強姦魔のアジトだろう。
何らかの方法で女児を拐って、ここで……ということだな…。
「わ…私じゃないですよ!?私が愛するのは娘と死んだ妻だけで…」
「しつこい。君が犯人じゃないことくらい、初めからわかってるよ」
あそこまで慌てていたけれど、彼は絶対に犯人ではない。
そのための明確な証拠が今は無いが、まぁ『娘を助けるための依頼』を頼んできた時点で、彼が犯人ではないと言うことを信じるには値していた。
「改めて、僕は少し君に聞きたいことがある」
この事件を解く鍵は、この次の言葉に込められている。
排ガスの匂いが掠れていく中、僕は口を開く。
「カネモリくん…この会社、ミラーマフィアに乗っ取られてるよね?」
ついにそれを突きつけると、彼の顔はサーッと青ざめる。
この事件の全ての鍵は
それも、一番厄介な能力持ちのリージェン単体が…。
「ミラーマフィアは、金城コーポレーション会長を変死に見せかけて殺し、あなたを脅してここをミラーマフィアの第二拠点として乗っ取った…。その拠点として予定していた部屋が、ミラーマフィアが建設しようとしていた…この部屋だよね…?」
青ざめた顔のまま、彼はゆっくりと相づちを打つ。
「そう言おうとしたのに、先走っちゃうから…タイミング変になっちゃったじゃん」
僕はそう言って口を尖らせる。
正直、犯人にでっち上げようとかそう言う気はさらさら無かったんだが、誤解させてしまったようだな。
なんて思っている傍ら、彼自分が隠していた真実をついに話し始めた。
「た……たしかにそうです。一ヶ月前に突然、虫の形をしたリージェンの一人が押し寄せてきて…『俺はミラーマフィア或マスの代表として来た。ここの地下を第二十七の隠れ家として使わせろ』と言われました……。勿論、私は断ったんです。しかし…彼が交渉として次に見せてきたのは…会長の首でした…。怯えた自分は、渋々条件を承諾し、その上で『社員と家族には決して手を出すな』と言う条件で、互いに同意し、この部屋の建設を許可しました…」
やはり、彼がずっと動揺していたのは、自分の会社がミラーマフィアと関わりがあるためだった。
会社の長を受け持っている以上、裏社会と関わりがあるとなると、マスコミやら世間やらが黙っていないし、それによって社員が偏見やら哀れみの目やらを向けられて、離職者だけでなく自殺者も増えてしまうかもしれないしな…。
「ですが…それと娘にはどういう関係があるんですか!?娘がいなくなったのと、ミラーマフィアに関係は!?」
マフィアとの関係性を突きつけられた反動か、兼森くんは荒ぶり、僕に詰めよった。
まぁ、なにも分からない人間はまずそう聞くわな。
「冷静に」
僕は彼の身体をトンと叩くと、我に返った彼は申し分けなさげに身を引く。
この事件が関わっているのは、ミラーマフィアと金城コーポレーション殺害事件だけではなく、もうひとつ重要な事件がその鍵を握っている。
「カネモリくんさ…一週間前のニュース覚えてる?川の中で女児の指が見つかったって話…」
言葉で聞く限り残酷そうな事件について、彼は直ぐ様返答をした。
「知ってます…。その時、ユウコに『怖いね。気を付けないとね』と話した覚えがあります…。相づちしか帰ってきませんでしたが…」
自分にとっては、そう言うの茶飯事だけども、彼がその日に話していた情景が思い出すことができるほど、一般人にとっては、驚愕的な事件だったようだ。
「君の娘さんの事件が誘拐だったと仮定していた僕は、ここ一ヶ月の事件についてを調べて貰ったんだ。そしたら、小学生の女児数名が消えたという報告が一週間に一度、規則的にあったらしい。ここから犯人やら目撃情報やらを色々調べていくうちに、たまたま一件、最初に女の子がいなくなった時の事を語ってくれた人がいた。今日の昼頃、たまたま僕の占いを頼ってくれた、その一人の女性だけは『一瞬にして少女が拐われていったのを見た』という目撃情報をね」
あの時、たまたま聞かせてくれた目撃情報は本当に奇跡同等だった。
この一件だけでは無理だが、これを機転に調べていく内に、このトリックが解けた。
正に、事件解決への扉になってくれたわけだ。
「そんで…その…女児誘拐の犯人ってのが……」
ゾワァッ!!
「…っ!」
この事件の元凶を言おうとしたその瞬間、突如、足場が一瞬にして逆円錐上に窪み、思わず僕はバランスを崩す。
「ミズハラさんっ!」
兼森くんが突然のことに驚く傍ら、砂状になった地面の中心へと吸い込まれる女児服の波の中、僕は直ぐ様、特異を発動させた。
「原水放出っ!
自分の足の裏から大量の水を勢い良く噴出し、フライボードのスピンのようにクルクルと体を回転させながら、その地獄から抜け出す。
「ぎゃあっ!」
僕が床に着地した頃、突然情けない声が聞こえ、砂状の地面が高質化し、そこからなにかが飛び出てきた。
「ッチ……てめぇ…きたねぇ事しやがって……」
砂から出てきたそいつは、黒尽くめのスーツを身に纏い、桑形のような大きな顎を避けながら、顔についた液体を、毛の生えた虫型リージェン独特の細い腕で拭う。
「やっぱり…アリジゴク型のリージェン……ミラーマフィアの一人だったか…」
一発くしゃみをするリージェンを前に、僕はポツリと呟く。
アリジゴクは、そもそもウスバカゲロウの幼体であるのだが、もともと異世界的な場所からこちらに来たリージェンにとって、そういうのは関係無いようだ。
それはさておき、事件を追い始めてから、自分がずっと考えていた推理は、どうやら当たっていたようだ。
まず、小学校高学年の女の子を、誰にもみられずに空間そのものを消すトリックについて。
その条件を達成させるのに最適な特殊異形能力は"人をまるごとワープさせる能力"や"手に触れることなく、人の記憶と監視カメラのデータを書き換える能力"であったり"犯行そのものを無かったことにする能力"等、未知数だからこそいろんな事を考えられるかもしれない。
しかし、それでは先ほどの指が発見された事件と結び付かないし、その空間から"一斉の形跡すらも消してしまわなければならない"となると、上記のような能力は今回の誘拐事件に向かない。
では、なるべく誰にも見られずに形跡を消す方法はなにか?と考えた時、"土中にもぐれる能力"を持つ者なら、誰にもその姿を見せること無く、ターゲットを監視できるのではないか?と考えた。
そこから、様々な推定を元に、トリックを考えながら聞き込みをしていると、とある占い客が「一ヶ月前に、女の子が消えてしまうのを見たことがある」と言う話を持ってきたのが、起点となった。
その客は、たまたま買い物帰り、橋の上から景色を眺めていると、河川敷で一人で遊んでいた女の子が、まるで落とし穴かマンホールの中にでもはまってしまったかのようにスンと消えてしまったらしい。
その子を助けようと追いかけたが、地面にはどこにも穴が空いてなければ、空洞のような音が聞こえたわけでもなかったため、自分の幻覚と思っていたらしい。
その証言から僕は"地面ごと変えてしまう"と言う能力の可能性に目を向けて調査と考察をおこなった。
すると、アリジゴクのリージェンが使える特性の一つとして『砂の形状を変える』と言う能力を持つ者がいるという情報を得た。
僕はそれに目を光らせ、その能力に焦点を絞って調査した結果が、目の前にいるそこのリージェンだ。
「アリジゴク型リージェン『安藤レオ』だな…?多くの女子児童を強姦、そして解体して臓器等を海外へ違法売却している凶悪犯…」
それを突きつけると、彼はギリギリと歯を食い縛る。
安藤は、スプリミナルが出来た初期辺りに武装警察によって逮捕されていたらしいのだが、当時は自分の持っている能力を隠し持っていたらしく、そのまま脱獄。
その後の事はよくわからないけど、金城コーポレーションの乗っ取りと、この黒尽くめの格好を見る限り、ミラーマフィアの或マスに逃げ込んでいたようだ。
或マスは虫のリージェンが集まりやすいし、そこが妥当だったのだろう。
それと、スーツがまだ型崩れし始めている方だから、きっと入ったのは一、二ヶ月前だと思われる。
きっと或マスに入ったのも、身を案じてのことだけだろうな。
「だったら…どうしたぁあっ!」
と、つい彼の考察をしている最中、安藤は懐から出した銃から弾丸を僕に向けて放つ。
「うぉっと!」
それに気づいた僕は、身体を即座に水化させ、弾丸を身体にすり抜けさせて避ける。
弾丸が壁に着弾すると、その硬い物質は崩壊し、サラサラと砂状になって床に落ちていった。
なるほど、自由自在に砂を操るというのはそう言うことか。
リージェンは人間と違って、外見に見合った能力しか出せないから、推測がしやすい。
「消えろっ!」
すると、彼はコンクリートの床に手をつけると、それは砂状になり、アッパーカットで砂を僕に投げつけると、一瞬で硬質化して刃へと変化して、僕に襲いかかる。
「
即座に胸にぶら下がったエンブレムから二本の乱れ剣を取りだすと共に、背面から水を吹き出させて身体を捻りながら、砂から生成された刃を砕き裂いた。
その間、片手で数えられる程の秒数。
砕かれた刃は砂となって床に落ち、ミスト状になった液体が部屋にふわりと舞った。
「なに…っ!?」
混乱する彼は、また地面を掴むと、砂に分解と再構築をして、コンクリート製のクナイのような刃を生成し、僕に向けて投げる。
「ふっ!」
飛びかかってくる刃に向けて、僕は攻撃のための特異は使わず、ただ剣を振るう。
コンクリートとルストロニウムを比べると、硬いのは後者だ。
飛びかかる無数の刃に向けて連撃を食らわせれば、コンクリートなど簡単に粉々にして防ぐことができる。
やはり、能力を持ったただの犯罪者は爪が甘い。
「お前みたいな強姦魔なんかが、よくミラーマフィアに入れたな…」
「うるせぇんだよぉっ!!」
少し安藤の心を煽ってみると、それに激情する彼は、先程よりも大量の砂を投げつける。
それが宙で球状となり、強固なコンクリートの弾丸となり、それが僕に襲いかかる。
さすがに、これを剣で斬るとなると時間を要するな…。
あまり無駄遣いはしたくないが、特異を使用して破壊するしかないだろう…。
「原水放出!」
原水放出は、身体の水分を放出する…。
「
僕は後頭部から水を噴出し、迫ってくるコンクリートの砲丸に額をぶつけて三つに割った。
「なっ…!」
「あ…頭で!?」
この打開方には、さすがに安藤と兼城くんも驚いたようだ。
自分で言うのも嫌だけど、石デコでよかったとこう言う時にだけは思える…。
「はぁあっ!」
その後、僕はそのまま水の排出場所を後頭部から背へと変更して勢いを増幅させ、安藤に接近、そして彼の身体に掴みかかる。
「フッ!」
そのまま、安藤の右腕を持ちながら、身体を彼の背に向けてぐるりと回し、そのまま体重を掛けて彼を取り押さえた。
「ッグ!」
情けない声を出しながら、安藤は僕の身体に押し潰される。
苦し紛れか、彼のスーツを破り、身体からもう二本、鉤爪のような足を生やすが、それに気づいていないわけがなく、水の身体でその攻撃を通し、避けた。
リージェンは基本『人間の形をした獣』だけど、身体の構造だけは人間とは違うのが厄介だが、今は問題ない…。
「お前が誘拐に使ったトリックはわかってる…。さっき僕をひきずりおとそうとしたように、女の子を落とし、その後に地面を戻した…ということだろう?」
僕の推理を聞いた安藤は舌打ちをし、この推理の正解を表す。
彼が行った特性能力のトリックを、少し詳しく説明するとしようか。
犯人の手口は『ターゲットを地面の中に引きずり込む』と言うもの。
アスファルトの地面を砂状にして治す、というパターンを繰り返し使うことで、彼は地面の中を移動することができ、微量な穴を開けつつ、女の子の後を付け狙っていた。
それを何度も何度も繰り返すことで登校や行動のパターンを地図と照らし合わせながら観察することができるようになる。
そして、決行日までには、粗方の地図の情報等を頭にいれているため、一目のつかない場所を選ることができ、犯行の際には、女の子の周りだけを砂化、蟻地獄化させて一瞬で引きずり込み、そのまま誘拐。
一般の人間は、地面から子供の声が聞こえるだなんて思わず、安藤はこの地下室へと連れ込めることができる。
ここまで誘拐できた暁には、子供達に暴力を振るえることができる…と言うのが、彼にとっての完全犯罪だろう。
確かに、女の子の周りをまるごと飲み込むことにより、手がかりをまるごと地面に埋めることができる上に、砂から元の形状にも戻せるため、証拠隠滅もできる。
しかし、彼の1つの見落としによって、そのトリックは僕によって破られてしまった。
その鍵となるのが、依頼開始時に僕が押収した『アスファルト化合物の砂』だ
アスファルトの地面は、上から表層、基層、上層路盤、下層路盤、構築路床、原地盤…というように層が重なって地面ができている。
犯人は砂にする能力を使ったことで、僅ながらその層を崩してしまった。
それにより、地面から表層とは違うアスファルト化合物(基層)が、まるで肌が粉を吹くように地上にせり出てしまい、僕の手に渡ってしまったということだ。
そこから推理をするのはなかなか大変だったが、逆にこれを残してくれていなかったら、ここまでたどり着けることはなかった。
間抜けな安藤くんには、心の中だけでお礼位は言っておいてやろうか。
「逮捕される前に、まずは質問に答えろ。この人の娘はどこだ?」
僕はポケットからプリズンシールを取り出しつつ安藤に聞くが、彼は何かの余裕を持っているかのようにニヤリと笑う。
「娘ぇ…?あぁ……この黄色いスカートのやつか…」
安藤は近くにあったプリーツスカートに手を取ると、遠くで様子を見ていた兼城くんが、愕然と腰を落とす。
「食っちまったよ…。高学年にしちゃ、うまかったぜ…?」
行為の事を思いだして、口からヨダレを流す彼を見て、僕は心の中からジワリと嫌悪が溢れだす。
アリジゴクは肉食虫。
そして、この世界での食人は殺人よりも重大な罪だ…。
「そ…そんな……ユウコォッ!!」
食われた娘を思う父親は、両目から大粒の涙を流しながら、地面に手をついて
「……言葉だけじゃなくて、ちゃんと愛してたんだね…娘のこと…」
自分はスプリミナル設立当初から就いているが、子供の事をここまで愛している父親には、あまり会ったことがない。
自分が出会ったことのある独り身の父親の多くは、ネグレクトだとか、家族への暴力、猥褻、殺害…。
自信の過去も含めて、まともな親なんてきっといないと思っていた。
だが、そんな人間が多く目立ってしまっていた中でも、兼森 宍道は強く愛を感じる者だ…。
娘の危機に、これほど泣ける人間の存在がいて、愛しているに似た言葉を吐き出せる分、彼は立派な父親で、そんな人間が居てこその『親』なのだと言う事が、なんとなくわかった気がする…。
「こんな…親父の気持ちを知らないやつが……あの人の前で食ったなんて言いやがって……」
我が校を愛している心。
それを踏みにじろうとする行為が許せないのは、僕のなかにいるバケモノとも利害が一致していた。
「反吐が出る…」
僕は彼を怒りを込めて睨み付け、プリズンシールの針ではなく、淡青に輝く剣を彼の身体に突き立てた。
「知らねぇよ…全部俺の欲望のためなんだよぉ!!」
だが、抑えられていた安藤が逆上、激昂すると、彼の半径2メートル周辺に円錐の空間が開き、彼の専売特許の形とも言える罠、蟻地獄が一瞬で完成する。
「マズイッ!」
足を取られそうになった僕は、奇しくも彼から手を離し、踵から水を噴出させて蟻地獄の中からなんとか脱出した。
「だらぁぁぁぁあっ!」
その瞬間、逆円錐の頂点、言わばこの穴の奥に立つ彼は、また砂を掴んで刃に変え、こちらに投げつける。
「ッチ…またこれか…っ!」
なんとか体勢を立て直し、僕は飛びかかってくる刃を剣で
蟻地獄を潰せば良いだけの話だが、頭に浮かんでいる計画を実行するには大量の水が必要な上、罠にかかれば僕自信の身が危ない…。
奴の笑みは、ただの気取った勘違いって訳ではなさそうだな。
「ハハハ…俺は普通のリージェンよりも能力が強い個体らしくてなぁ……?砂をある程度は自在に変化させたり操ったりできんだよ…こんな風にな!」
意気がった安藤が蟻地獄の壁を触ると、そこから伝達するように、僕の周辺に巨大な爪のような物を出現させる。
砂の爪の切っ先は、安藤が手首を曲げた瞬間、僕に向けて曲がり始め、そのまま鋭く伸び始めた。
このまま、その鋭き爪で僕の身体を突き刺そうというのか…。
「
そうはさせまいと、僕は腕から水を噴出させてアーツに纏わせると、巨大な二本の剣が完成する。
「せぇ…のっ!」
合図と共に剣を振るい、襲いかかってくる砂の爪を根本から切っ先まで、バラバラに切り裂いた。
「…っ!」
しかしその瞬間、切り刻まれた破片が一気に砂に戻り、それが無数の小さなクナイへと再生製され、僕に向けて飛びかかっていく。
あの爪で閉じ込めてからアイアンメイデンのように串刺しにしようとしていた…と言うことか。
「そうは…させないっ!」
アーツを強化させたまま、次々に飛びかかってくるクナイをうち壊していくが、あまりの数の多さだから、襲いかかってくる武器全てを打ち払えるわけではない。
幾多もの中から、数本僕の身体を貫くが、自分は水を操り、さらには身体自体を水に変えることができる特異点。
特異発動のタイミングさえ合えば、悠樹くんの能力のように、その攻撃をすり抜けさせることができる。
だから、こんな攻撃も効くはずがない。
「…痛っ!」
と、思っていたが、その流れ弾の中にある一つのクナイが、何故か僕の頬の皮膚を斬った。
「くっ…。さすがに…マフィアってのは伊達じゃないか……」
攻撃が止み、僕はパーカーの裾で頬を拭うと、そこには血が付着していた。
クナイ全てが僕の身体を貫かなかったことから、あの砂の爪のなかに、ハイドニウムを隠し入れていたと仮定できる。
ハイドニウムは特異自体を遮断させるから、防ぐために使った特異自体も、無効化されてしまう。
ハイドニウムはスプリミナルにとって最大の厄介者だ。
それに、攻撃の少し先を見据えるのが甘かったため、体内の水分もあまり無く、もうあまり激しい動きはできない。
僕の特異は、あくまでも身体に蓄えた水分を媒体として、体外のみで増幅させたり圧縮させたりをすることで、このような技をバンバン出せる。
しかし、それは特異を使えば使うほど水分がなくなっていくから、自分として、命を危険にさらすのと同じ。
ここまで大きな戦闘になるとは思わなかったから、水分補給用のボトルも持ってきていないし、勿論の事だが、周辺には水が充填できそうな場所もないし、それどころか、砂が粗方の水を吸収してしまう…。
ならば、ここから先はできるだけ水分を節約させ、短期戦に持ち込むしかない。
しかし、彼も能力持ちとして、結構強いから、あまり単調なことはできない…。
「……なら、こっちも……!」
この逆境の中、少々リスキーな作戦が思い浮かぶ。
失敗すれば、恐らく奴を取り逃がす上に、僕自信もヤバイことになる…。
「原水放出!」
しかし、今頼れるのは、この頭に浮かんだ一つの策だけ。
あまりこう言う作戦は好きじゃないが、少しでも可能性があるのなら、賭けてみることにした。
「
僕は踵から水を噴出して翔び、奴の頭上に来たところで、身体のあちこちから水を噴出させ、円錐のなかにいる安藤に向けて水を発射させる。
「そんなもんで倒せるかぁっ!」
すると、彼は巨大な砂の壁を作り出し、僕の水攻め攻撃から身を守る。
「く…っ!」
できる限り、大量の水を安藤に向けて噴出させるが、彼の出す砂の壁が、ぐんぐんと水を吸収してしまう。
それどころか、自分の身体の中にある水分量も少なくなっていき、そろそろ腕の皮膚がひび割れてきそうな程だ。
やはり、この作戦はなかなか厳しいか…。
「ッハッハッハ!これがスプリミナルか…?どう見ても自分の能力の安売りじゃねぇか!」
優位に立っているつもりの安藤は高らかに笑い、必死になっている僕を煽る。
確かに、このまま水を噴出し続けても、スポンジのごとく砂が水を吸っていくだけで、攻撃の無駄遣いと捉えられても仕方がないだろう…。
「それはこっちの台詞だし……」
だが、それで良い。
今、この水の無駄遣いこそが僕にとって最有力の戦略だから。
「く…」
しかし、カッコつけるのも束の間。
自分が勝機を悟っていた刹那、ついに自分の中の水分が上限に達し、肌がひび割れて出血する。
所謂、身体危険状態へと陥った途端に力が尽き、湿った蟻地獄の壁に落ちた。
残念ながら、リミットのようだ…。
「ミズハラさんっ!!」
涙声で僕を呼ぶ依頼者の声が聞こえる。
このまま、倒れてしまうのは…面目ない…。
「どうした?これでおわりかぁ…?スプリミナルってのは、対したことねぇなぁ?」
勝ったと思ってニヤニヤと微笑む安藤の姿が、いちいち癪に触り、自らの皮膚から滲み出た血が砂の上に落ち、地面に赤黒い液体が吸われずに留まった。
自分の勝機は間違っていない。
「へへ…これでいいんだよ…」
血の滲む口、乾いた声で僕はそう言うと、ポケットから一枚のタロットカードを取り出して掴む。
タロットを持っていないもう片方の腕は人差し指を立てて、蟻地獄の出口の先、つまり天井へと指をさす。
「占ってやるよ…今日の運勢は塔の正位置。"頭上に注意"だ…」
「あぁ…っ?」
僕がそう言った途端、一粒の小さな滴が、安藤の頬に落ちる。
「ん…?」
彼が顔に付いた液体を拭うと、またその滴は蟻地獄の壁へ、安藤へ、そして僕の身体へ、ポタポタと落ちていく…。
「なんだ…これ……?」
違和感を感じ、安藤がふと頭上を見た。
首が乾ききって顔をあげられないが、彼はその光景に絶句している事だろう。
歪で巨大な水の塊が、ぐにぐにと動きながら、この天井いっぱいに留まっていることを…。
「原水放出…」
僕がその言葉を口にし、手を握った瞬間、その滴の降水速度は勢いを増し、豪雨のごとく一気に降り注ぐ。
「ぐ…なんだこ…っ!だぁぁぁぁあっ!」
その雨は、水を吸い付くし、まさに土の壁となった蟻地獄に溜まり始めるだけでなく、水の滴の一つ一つが安藤の皮膚を切り裂いていく。
それはまるで、無数の針が敵兵を殺すために落ちてくるかのよう…。
地獄のような光景だが、自分にとってのそれは、地獄とは真反対の意味を為している。
「っぷは…ああぁ…生き返った…」
常人以上に水が含まれている身体の自分にとって、針だろうが槍だろうが、水の攻撃ならオアシス同然。
乾いた肌が水を吸収することで、自分の体力も回復するのは、ある種の充電に近い能力だ。
相手への傷害にも、自分への回復にもなるその攻撃は、まるで二つの表情を持つ雨の如く。
この攻撃を名付けるのならば…。
「
言葉を聞くことも忘れて、攻撃に悶える安藤に、僕は僅かな笑みを浮かべる。
「が…や…やめろ!やめっ、ガボッ!」
しかし、その頃にはもう大量の泥水が蟻地獄の中に溜まり、安藤の口が沈まんとしていた所だった。
恐らく、彼の特性能力はあくまでも『乾燥した砂状の物を操る』に限っているようで、水を含んでいる影響でどれだけ手に触れても、ここから抜け出せることはできないようだ。
ようやく粗方体が動かせる程に身体が潤った僕は、
上空から見てみると、その地獄の大きさと、底に貯まった泥水の多さで、
「やっぱり…やばいときに逃げられるような抜け道をしっかり作ってなかったな…?おかげで、折角できた蟻地獄のトラップも水没か……」
僕は地面に着地し、哀れな強姦魔を嘲笑する。
地中に潜って逃げられる道さえ確保しておけば、この水もさらに吸収されたはずだし、こんな血と泥が滲むような水溜の中で苦しむことはなかっただろうにな…。
「ガ…た…たふっ…ガブッ!たすけ…ガボ…」
「あー?なに?聞こえないんだけどぉ?」
もがき苦しむ安藤に、耳を立ててからかい煽る。
「が…ガボッ……グブ……」
だが、
いくらリージェンが頑丈だからといっても、さすがに頃合いか。
「……ったく、処刑指示が出てないから、このクズを殺すこともできないわけか……」
やれやれと息を吐きつつ、僕は改めてプリズンシールを取り出すと共に、十字架のの部分に紐を括って、息絶え絶えになっている安藤に向けてそれを投げて突き刺した。
パンッ!
逮捕完了の破裂音が聞こえると共に、僕は紐を手繰り寄せ、犯罪者の入った拘束具を回収した。
とりあえず、強姦魔を逮捕できたのは良かったが、また派手にやってしまった物だから、後片付けやら報告書やらが面倒だ…。
とりあえず、屑の確保が完了できたことを誇りに、現実逃避しとこう…。
それに、まずは涙を流しきって茫然としている依頼者のケアが一番だしな…。
「ごめんね、カネモリくん。僕らの立場的に、殺すことができなくて…」
兼森くんに近寄って軽く謝意を述べると、彼は首を小さく横に振った…。
「……大丈夫です…でも、娘の思いを…どうか晴らすような採決をお願いします…」
「そう…」
兼森くんは地面に落ちていた淡い黄色のプリーツスカートを拾い上げた後、それを両手でぎゅっと握り締めて地面に膝を付いた。
「ごめんな…ごめんな……お前を…こんな形で…送るしか出来なくて……」
渇ききってると思っていた涙が、またポタポタと流れだす…。
彼は僕とは違い、まだ家族を思って流せる涙が残っていたようだ。
愛することができる人間が流せる涙。
それが僕にとって、今まで見てきた事件のなによりも悲しく、そして美しく思えた…。
ただ、彼の言葉は娘がもしも死んでいたときにのみ適用される…。
「……あのさぁ?君、セッ○スしたことないの?」
僕の突然の卑猥な問いに、彼は驚いてこちらを振り向いた。
「なっ!なにを急にっ!」
「あのさ…あの時点での"食う"ってのは隠語だよ。確かに、蟻地獄は肉食だけど…違法人身売買をしていた奴だから、きっと人肉までは食えないだろう…」
あくまでも憶測ではあるが、それを聞いた兼森くんの顔が少し晴れた。
「…じゃあ…娘は!?」
彼の期待の目を受け止め、僕は微笑みながら、この部屋を歩きだす。
「さぁ…どうかな……?」
そっと耳を澄ませながら、わざと足音を大きく響かせながら歩き、壁をコツコツと叩く。
「な…なにを…?」
「静かに……」
いま歩いているものとは違う音を聞き分けるには、なるべくの整脈が必要だから、僕は彼を黙らせた。
いまのところ、依頼者の笑顔を取り戻すには、空洞音だけが頼りだ。
だが、歩けば歩くほど、ぎっしりと素材がつまっているような音しか聞こえない…。
やはり殺されてしまったのか?
だが『もしもまだ暴行しがいのある女の子を、隠すとしたら…』という問いを元、ひたすら信じて歩くしかない。
コンッコンッ…
すると、父親の願いが通じたのか、探索開始から約一分経つか経たないかの内に、明らかに音程が違う足音が聞こえ、僕は目を見開いた。
「……ここか!
僕は即座に水の球体を作り出して圧縮させ、その床に向けて思い切り振り下ろした。
ボゴンッ!!
すると破壊した床が、みるみる内に砂状となって崩壊し、そこから大きな空間が露呈した。
「……っ!空洞が…!」
驚く依頼者を横に、僕は四つん這いになって穴の中をみる。
そこは蟻地獄から約数十cm離れた場所であり、あと少しで壁から水が浸水しそうだった程の危険な空間。
真っ暗で気持ちの悪い臭いのするその部屋の中には、体液にまみれた裸体の女児が、気を失って壁にもたれ掛かっていた。
「カネモリくんっ!」
僕はそこから女児を引きずり出すと、傷だらけの皮膚が割け初め、少しずつ血液が漏れだしてきていた。
「っ!ユウコッ!」
兼森くんが彼女に駆け寄った頃には、身体は空洞から全て抜け出していた。
彼女の身体が見つかったのは幸いだったが、女児の純情が奪われた証拠となる液体が、身体の口から漏れだしているのが分かってしまった事だけは、この事件で一番の不幸だった…。
「ユウコ……!?ユウコォ!!」
女児を抱き抱える兼森くんは、ひたすらに彼女が生きていることを願って声をかけ続けるが、彼女からは屍のごとく返事がない…。
「返事が……返事がない!どうしよう…ユウコ!ユウコッ!!」
声が返ってこない事へのショックに恐慌状態の兼森くんは、彼女の身体を揺さぶり始めた。
「落ち着いて…。それ以上揺さぶったら死ぬかも」
少々大袈裟だが、患者のために、僕は兼森くんの肩を掴んで脅し、揺さぶりを止めさせる。
「カネモリ ユウコさーん?聞こえますかー?」
女の子の耳元で声をかけるが、ハァ…ハァ…と小さく絶え絶えな呼吸だけで、残念ながらそれ以外に返ってきた言葉はない。
「衰弱してるな……。結構危険かも…」
僕の判断に兼森くんは目を見開き、彼女を抱き抱えたまま立ち上がった。
「すぐに病院に…っ!」
駆け出そうとする彼を止めるように、僕は誰のものか分からないパーカーやTシャツを数枚拾い上げて、娘さんの身体にかける。
「いや、スプリミナルの本拠地に運ぶ。ここからだと病院よりも少し近いし、うちにはすごいヤブ医者がいるから、100%の確率でその子の外傷を治せると思うよ」
まだこの時間帯なら間に合うだろうし、きっと彼女が帰ってきているだろうから、希望はあるはずだ。
「なんでも良いです…っ!お願いします!ユウコをどうか!どうかっ!」
「わーかったから、早く行くよ!」
娘を抱えながら頭を下げる兼森くんをあしらいながら、僕らは早急にスプリミナルの本拠地に急いだ。
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