3-3『自己否定な僕と社長のS』


 少し息苦しかったエレベーターを降りると、僕は駆けだし、多くの患者がいる診察の待合や、咳声の聞こえる総合受付を通りすぎ、郷仲凍利を追った。

「待ってください…っ!」

 ようやく追い付いて声をかけたとき、彼はゆっくりと僕に顔を向ける。

「なんだい…?」

 彼が僕に向けたその時の瞳は、日の光を得て、エレベーターの中よりも澄んでいるように見えた。

 通りすがる人々は、向かい合う僕らを気にも止めない。

 彼の事を少しでも知れた今の僕になら、スプリミナルの事とか、自分の思っていることを、あまり臆せずになんでも言えそうな気がしていた。

 拳を握り、僕はゆっくり口を開く…。

「その……スプリミナルって…」


 ダダダダダダッ!


 ついにそれについて問おうとしたその瞬間突然、入口から一本の機関銃の連射音が聞こえる。

 僕はビックリして肩を揺らしつつ、音が聞こえた方向を向く。

「お前ら…静かにしろぉッ!!」

 出入口の前、金の短髪と迷彩柄の服を装った男が、怒号を吐き出しながら、天井に向かってマシンガンを撃つ。

 先ほどまで、誰の行動も目に止めなかった院内に、多くの感情を具現化したような悲鳴が響き、この空間を一気に恐怖が占拠した。

「お前らのせいだ…お前らのせいで!あの子は死んだんだぁ!!」

 激昂する男は、何度も何度も弾丸を放ち、患者や医師達を威嚇する。

「殺してやるぅ!全員皆殺しだぁ!!」

 怒りに我を忘れているのか、張り裂けそうなほどに、声が喉から震えている。

 迫真の叫びに恐怖し、泣いている子供達は親に抱き抱えられ、一人の老人は神に祈るように手を合わせていた…。

「あ…あれは…!?」

「言動を聞く限り……逆恨みだろうねぇ…」

 銃声に脅える僕とは裏腹に、郷仲さんは悠長に、患者や看護士達へ脅迫や威嚇を続ける男を眺めている。

「ど、どうするんですか!?これじゃあ、他の人に被害が……」

 焦りもしない郷仲さんの肩を揺らしていると、ポケットの中からカチャンと金属と宝石がぶつかる音がし、自分に少しの冷静さを取り戻させる。

「そうだ!僕の特異なら…」

 弾丸を受けても大丈夫だと思い、僕はポケットからキーホルダーを取り出す。

 しかし、自分がトランスをして彼に立ち向かおうとしたところ、郷仲さんは手を出して止めた。

「ユウキくん。覚えておきたまえ」

 横顔から見て感じるは、少しの怒りと仕事開始の意気。

 スプリミナル首領、郷仲凍利は、青色のジャケットの中から、軸にラメの入った藍色の小筆を取り出し、塵を落とすように振る。

「スプリミナルは必然か偶然か、君のような自身を定義できない人間が多く集まっている。ここで働き、戦っていくうちに、自分という人間を見つける者もいれば、未だにそれを模索し続ける者だっている…」

 彼はスプリミナルへの言葉を紡ぐと共に、先程取り出したその小筆が青く発光し、少しずつその光を強める…。

「それに絶望するか、希望となるかなどわからない。しかし、空っぽだった自らの偶像に、色を付けられたと言うことだけで、そこには必ずメリットが存在する」

 鳴り続ける銃声に負けじと、光は少しずつ身体を包もうとするり 

「そしてそれは、私という人間も値する」

 そして、彼による全ての言葉を僕に伝え追えると、青き光は彼を包む。


肉体換装トランス…」


 スプリミナル戦闘開始の合言葉。

 それが彼の口から出ると共に、郷仲凍利の姿は黒き下地に青色のラインが光る、ロングパーカーとパンツ、そしてそれが逆転したようなカラーリングのストールに変わると、彼は自分の顔を隠すように、そのフードを深く被った。

 それは水原くんやあおいちゃんの姿とは違って、なにか威厳のようなオーラが発されているように感じられる…。

 これが、彼の戦闘スタイルということなのか…。


「あ…?てめぇ…だれ…」


 ガキィンッ!!


 犯罪者が彼に銃を向けるよりも、一体どんな特異をもっているのだろう?と僕が考えるよりも、患者達が彼の存在に首をかしげるよりも早く、その驚異的な強さが、この院内に瞬速で轟いた。

 その技は、病院のタイルの床を伝い、ターゲット以外に一切の被害を被らせることなく、一瞬で男の体を氷で包み込んでしまったのだ…。

 秒の単位にも直せない時間で作り上げられた氷の芸術品は、地面から枝分かれするような模様を作り出し、柱となる巨大彫刻は、犯人の悲痛な姿を中心として人間の様々な表情を表現する。

 まるで"神にすがる多くの人間"を表しているようだった。

 その彫刻が病院の窓から差し込む日光に照らされると、その芸術の美しさが、より豪快かつ繊細な物へと極まった。

 昨日感じた美しさと同じだ…。

 今、この手の中に愛用の一眼レフ『M-DF 1027』があったなら、是非ともこの美しき芸術を撮影し、自らの永遠の思い出として、人生の最期まで残していたいとすら感じてしまった…。

「あ……アガッ…」

 機関銃ごと凍らされてしまった男からは、凍った空気に喉が焼かれていくように、キリキリと悲痛な音が聞こえる…。

「氷結のモメント……。我が芸術を守ってくれたこの病院を…決して傷つけやしない……」

 発砲犯に向けて呟くスプリミナルの長…。

 その姿、まるで太古から数えても、指折りと言われる歴戦の王者の一人のようだった。

「ぐ……ご……」

 恨み節を言いたいのであろうが、喉から血が滲み出しているのが見えるため、痛くてなにも言えないということだろう…。

「うーむ…まぁ、被害者はこっちだから良いだろう…責任は私にあるし…」

 郷仲さんはそう言うと、パーカーのポケットの中から、鳥籠と針が合体したような、赤黒いアクセサリーのようなものをとりだすと、それを氷塊に思い切り突き刺す。

 すると、針の先端が刺さった場所から、氷中にとじこめられた犯人の体が、その籠の中に少しずつ吸い込まれていく…。


 パンッ!ガラガラガラガラ…


 次の瞬間、奇々怪々な事に、バレーのブロッカーのようなかなりの背丈があった男が、手のひらサイズの小さなアクセサリーに吸い込まれてしまった。

 変身できるアクセサリーだけでなく、この人間を吸い込んでしまう奇妙な籠も、スプリミナル独特の器具なのか?


 ドンッ!


「うわぁっ!」

 そう考えている刹那、大勢の看護師や患者、医師達が僕を押し退けて、郷仲さんに群がった。

「ありがとうございます…っ!本当にありがとうございますっ!」

「あなたは命の恩人じゃ…なんと感謝したら良いか……」

「お陰でこの後の検診もできます!感謝を申し上げますっ!」

 多くの人間の謝意に流されてしまった僕は、ひたすらに感謝をされている郷仲さんの表情を遠目から見ていた…。

「いえいえ…」

 様々なありがとうが溢れている囲みの中、郷仲さんは彼らに丁寧に返事を返している…。

 その表情は、パーカーからちらりと出ている口角から、これまでに一切見せなかった満面の笑みを浮かべているように見えた…。

「さ…サトナカさん…すごい……」

 これまでの数々の彼の行いを振り返り、僕は思わずそう呟いていた。

 犯罪者に対する迅速な対応と、一般人への対応、そして誰も傷つけない正確さと瞬く間に敵を凍らせるほどの強い能力…。

  外見だけなら、普通のおじさんというだけなのに、その仮面の裏に隠された高いスペックは、口からでは説明ができないほどの強さ…。

 その力こそ、彼が社長という座についている理由になっていることに、自分の中でなんとなく合致がいった。

 そして、郷仲さんのこの立ち振舞いを見ていると、僕は昨日自分を救ってくれた少年の面影を思い出す。

 もしかしたら、水原くんは彼を無意識に真似ているのかもしれない。

 その行為こそが、彼への信頼感と首領としての存在感の大きさを表してるのかもしれない…。

 郷仲凍利は優しさや静かさの中に、誰かを守るための鋭き刃を隠している。

 それがきっと、スプリミナルボスとしての資格なのだろう…。


「いやぁ…少々対応と処理に追われてしまった…すまないねユウキくん」

 未だフードを深く被っている郷仲さんは、愛想を降り巻くようにに微笑みながら、僕に駆け寄り、その後ろでは、今でも多くの人が彼に向けて頭を下げていた。

「感謝されるのは有りがたいが、私は社長だから、こっから責任問題追及があるだろうから、大変だね」

 ブラックジョークを交えて笑う彼だが、社長責任とか、そう言うのがよく分からない自分は、とりあえず苦笑いで応答するしかなかった。



 そのまま、僕らは病と感謝で溢れるその病院から出た。

 この街は、もうすっかり夕日の橙色に染まっていて、目の前を通りすぎた一人のサラリーマンは、疲れた顔で家路を歩いている。

 夕日に照らされた街…そこには僕ら、二人だけ…。

「じゃあ、私はこれで……」

 病院から出て少し歩いたところで、郷仲さんは瞬時に元の姿に戻ると共に手を振り、西向きに足を向けた。

 ブラックジョークの通りに、彼はこれから社長としての責務を全うしなければならないのだろう…。

 彼は自分なんかよりも強くて、優しくて、なにかを背負う責任があるから、邪魔をしてはいけない…。

「……あの」

 しかし、それでも自分は彼の歩みを止めさせる。

「なんだい?」

 疲れや怒り等の感情を表情に全く浮かばせず、ニヒルな顔で振り向く郷仲さん。

 先程聞けなかったことを、僕は今ここで、勇気をもって聞かねばならないのだ。

 夕日に励まされつつ、少し息を整えて、それをついに口に出す。

「スプリミナルに入れば…僕もそうなれますかね…」

 ずっと聞きたかった僕の言葉に、彼は首をかしげる。

「どういうことだい…?」

「…ここに入って…『無効化』という特異点を伸ばせば、あなたのように、守るものを守れるようになれますか!?誰かの命を、救うことができますか!?」

 僕は彼に強く聞く。

 たらればでお人好しな上にヘタレな癖した自分が、水原くんやあおいちゃん、郷仲さんの姿を見て、改めて誰かを救いたいと思ったんだ。

 子供の頃に一人の女の子を救ってから、声や思想には出来ずとも、ずっとそんな物になりたかったのだと思う。

 水原くんのようなまだ大人ではない子達の強さと、郷仲凍利という人間と彼の持つ言葉の力が、僕の背中を押してくれて、ようやくそう決心が出来たんだ…。

 ヒーローを目指しているわけではない。


 僕は、守りたいものを守りたいだけなんだ…。


「これは…誰の言葉でもない…。僕の思いです…」

 まだ継ぎ接ぎだらけの言葉だけれど、これが紛れもない自分の本心なんだ。

 元詐欺師の自分なんかが罪滅ぼしか?等と言われるだろう。

 僕自信、罪は消せないと思っているから、勿論そういう意味ではないし、誰かを救い続けていたら、きっといつか起きてくれるであろう妹にも、しっかり顔向けをできるだろうから…。

 守るためにスプリミナルに加入したい。

 僕はその色を、自分のキャンパスに塗ってみたいのだ。

「……私に他者の運命の決定権はないが、言葉くらいならかけてやれる」

 彼がその口を開こうとしたその時、夕日が西へと落ち、橙の光が街を撹乱するように、強く輝く…。


「きみならなれる…。強い特異点として…皆を守る存在に……」

 屑みたいな存在の僕に、そう告げてくれた彼の姿は、西日に照らされ、逆光に伸びる影が僕の影を隠した。

 やはり、言葉というのは不思議なものだ。

 自分で何度言い聞かせても、その気持ちには全く変われない癖に、誰かにそれを言われたら、なぜか強く実感ができる。

 それが、強き者からの言葉であるのであれば尚更だ…。

 そして、刻まれた言葉は、僕の背を押す。

「僕、入ります…」

 伸びる影の中、僕は真に決意した…。

「スプリミナルに、入れてください!できることなら、なんでもします!」

  何処にも行き場がない僕には、ここしか残されていないとも思った。

 なにをしようが、誰かよりも下に比べられて、結局たどり着いた詐欺の道でも、役立たずと言われ、誰にも見向きもされない。

 何度悔し涙を流したか、何度怒りで我を失くしそうになったか、何度未来になれなかった日々を過ごしてきたか。

 自分のくそったれな性格と性分のせいで、たった一人の妹すら守れない。

 そんな僕に、水原角也も太刀川蒼も郷仲凍利も、手を差しのべてくれた。

 例え能力目当てだったとしても、それに応えて発揮するのが自分であり、それを操れるようになって自分がそれに見合う人間になる。

 そして、彼のように強くなって、妹や誰かを守れるようになりたい。

 自分は、このスプリミナルという場所で、役立たずから脱却し、願いを叶えるんだ…。

「スプリミナルへようこそ…ユウキ テツヤくん…」

 冷たくも暖かい感情を感じる笑顔と、僕に伸びる絵具の染み付いた掌。

 僕は忘れかけていた本当の笑顔を浮かべながら、力強いその腕を握った。

 人間万事塞翁が馬、 禍福は糾える縄の如く、沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり等という、似たような諺が頭の上に浮かぶ。

 スプリミナルに入ることが決まったとしても、結局なにがどうなるのかはわからない。

 けど、自分の意思で彼についていくと決めたんだ。

 今度こそ、誰かを守れる強さを持てるよう、この誓いを夕焼けと彼の腕に結んだ。




「……あっ、でもその前に、家探さないとなぁ…。明日までに出ていかないと……」

 そういや、スプリミナル加入は良いんだけども、その前に僕が住む家の事を忘れていた…。

 とりあえず、今からでも不動産屋に行って、安めのボロアパートでも探さないといけないな…。

「あぁ、言い忘れてたけど、スプリミナルは基本寮制だよ」

「え?」

 何て思ってたところに、郷仲さんがスプリミナルの福祉対応等についての説明を始めた。

「給料は歩合制だけど、携帯端末は支給、電気代や水道代などを含む寮の費用は無料。近くにスーパー含む商店街あり、休暇あり、好きな時間に休憩可能、しかし依頼放棄禁止。タバコ等の娯楽基本自由」

「な…めちゃくちゃホワイト……」

 と言うより、放任主義家庭のニートというか…。

 でも、これまでのようにノーインや犯罪者との戦闘をしなければならないから、それだけ手厚い保証があるのは納得かもしれないな…。

「ただ……君の情報は警察にもう報告されているんだけれどもねぇ…」

「ふぁっ!?」

 天国のような職場への感動から一変、サラっと吐き出された衝撃的事実に、更に驚かざるを得なかった。

「ちなみに、スプリミナル加入を拒否した場合、君は詐欺罪で武装警察へ連行、約3年半に渡る詐欺罪によって現日本刑法に乗っ取り10年以上の懲役と罰金でした…と、種明かししておこうか」

 もしや…彼は元からそのつもりで僕を勧誘しようとしたのでは…。

 なんて思っていると、彼の浮かべる笑顔の意味を悟り、怖すぎて身が震えてきた…。


「さ……先に言ってくださいよぉぉぉおっ!」


 母さん、僕は彼を選んでよかったのか、少し心配になりました。



  ◆




 バラーディア…旧関東地方…。

 こんな都市部でも、夜空と言うものが見えるのは、この場所だけだ。

 星が瞬くこんな夜、私は大久の書類を片手に、ビルの裏口からビルの中へと入る。

 腕時計を見て、急がねばと思いつつ、タイミング良く停止したエレベーターへと乗り込んだ。

「ふぅ…」 

 特殊部隊の社長というのは本当に面倒な職業だ。

 我らは元々アウトローな集団だから、世間や大きな存在には、白い目で見続けられるのは仕方がないことだ。

 しかし、その大きな存在と言うものが、あまりにも"その後"と言うものを見すぎている。

 現に先ほども、病院内での発砲事件の処理について、変に大目玉を食らってしまった。


―何故、許可をする前に特異を使用した。

―近くの武装警察隊員を呼ぶという選択肢もあっただろう。

―あなたは社長という自覚はあるのか?

―もしも関係のない人間を凍らせたらどう責任を取るつもりだった?

―貴様は我々警視庁側を侮辱しているのかね


 思い出しても耳が痛いが、この社会というものはそれが常識だからしょうがない。

 だが、私も一人の人間だから、しっかりと答弁をした。

 相手側が関係のない人間を傷つけられてしまうのを危惧して特異を使用したし、武装警察が到着した頃に医者がやられたりしては後に患者が大事になってしまう可能性も危惧した。

 社長という自覚があるからこの判断をしたわけであり、関係のない人間を凍らせそうになったことがあるからこそ、今の私がいる。

 私の対応が、警視庁を侮辱していると言うように捉えているのであれば、その人間はあまりにも浅はかだ。

 正直、鼻をほじってアホ面を見せながら『あぁ、そうですか』とだけ言ってテキトーに流していたかったところだ。

 警視庁長官がいれば、私と全く同じことを言って、重役共を黙らせるような気もするが、一番命を狙われているであろう彼が、私を怒るだけのために現れるはずがない。

 そもそも、彼らの言う責任問題というのはしつこすぎるのだ。

 責任を取ることは勿論大切かもしれんが、それを追及しすぎる彼らは何様のつもりなのだろうか?

 一度でもノーインに食われそうになりながらも討伐したことはあったのか?

 異能力者に全身を締め付けられ、骨をボロボロに砕かれたのとはあるのか?

 マフィアによる発砲で、全身を蜂の巣にされたことはあるのか?

 私が今までに受けた苦痛に比べれば、彼らの代替案すらない言及等、痂疲程度だ。

 下手すれば人が死んでしまうかもしれない状況の中で、周りや身の丈を気にして犠牲者を出すよりも、自信のある特異の使い方で犠牲者を出さずに犯罪者を確実に確保した方が効率的だ。

 私がしたこと等、警察学校の未熟者が無理をした位で済ませれば良いものを、頭の固い連中は本当に高飛車な白痴だ…。

 そんな、上の人間による辱しめを受け続けていたから、いつの間にか夜を迎えてしまっていた。 

 とりあえず、やることを早く全てを終わらせて、先ほど想像した絵を白紙に描きたいものだ。

 個展も迫っているのだから、上の人間は無駄な時間を削らせないで欲しい物だな…。


 チーン!


 そう思っていると、エレベーターが止まり、扉が開いた。

 一応、私の部下に当たる者達はもう全員来ているのだろうか?

 そう思っていると、出口の前で、ガタイの良い一人の男がガードマンのように礼儀正しく起立している姿が目に飛び込んできた。

「お疲れ様です。郷仲社長」

 とある一流企業の元社長秘書であった彼は、今でもその癖が抜けず、一応、私の秘書として働いてくれている。

「ハハハ…あまり堅苦しく言わなくても良いよセタくん」

 正直、私は秘書をつけて良いような人間ではない。

 だから、あくまでも形だけ秘書にしているだけだ。

 瀬田という人間は仏頂面だが、気配りが出きる青年で、私から書類の入った封筒を優しくそっと受け取った。

「はい。それよりも、皆さん揃っています」

「うむ」

 彼と共に、私は照明に照らされた廊下を歩く。

 外を見ると、未だ電気が付いている場所が遠くに見えた。

 我々のように、夜遅くでも働いている生物がこのバラーディアだけならぬ、この日本に残っているのだと思うと、残業と言う文化は愚かに思えてしまうな。


 これを次の絵の題材にするかと考えつつ、私はスプリミナルの会議室の中へと二人で入っていく。

 そこには私を含めて10の精鋭が、遅刻してきた私に元気に冷たい眼を向けていた。

 うむ、いつも通りだ。


「全員呼び出しといて…なんのようだ…」

 出口の近くにいる彼が、痺れを切らして私に聞く。

 相変わらずだと思いつつ、私はサークル上に囲まれた机の右真ん中、電子ボードが背後備え付けられた場所に座る。

「全員を集めたのは他でもない。まもなく設立4年を迎えるこのスプリミナルだが、新たに新人隊員を迎えることになった」

 それは勿論、悠樹哲哉のことだ。

 彼が持つ能力が、希少すぎる無効化の能力と知らない彼らは、今さら足手まといだとふんぞり返るものが多かった。

「ほう…ついにこの隊にも11人目が来るわけですか…」

 "物質を別の物質に変えられる特異"を持つ者は、新人の存在に興味を示しているようで、机に肘を乗せてニヤリと笑う。

「へぇ…。今度はどんなアーツになるのか、楽しみですね」

 "全身から炎を出し、操れる特異"を持つ者は、優しく微笑み新人の加入を歓迎している。

「ふん…。どんな能力かはしらねぇが…歯向かってきたら俺がねじ伏せるだけだ」

 "体を鉄類に変える特異"を持つ者が、腕を組んで嘲笑する辺り、余程に彼を侮り、見下しているようだ。

「俺は新人に手加減などはしないぞ?どんな奴だろうが、着いてこれなければ、それで戦力外だ…」

 "自分の周囲にある影を操る特異"を持つ者は、槍のように鋭く冷たい眼光を私に向けている。

 彼も新人を歓迎する様子はないようだ。

「僕も…新人になるなら容赦はしないよ。ちゃんと、使えるかどうか見極めないと…」

 "自分と自分の周りにある水分を操る特異"を持つ者も、歓迎しないかのようにそう言うが、正直、彼は少しつれない人間だから、本心は顔見知りである新人のことを気に掛けているのだろう。

「カッコつけてんじゃないわよ。どんな奴だろうと、結局治すのは私なんだから」

 他の社員を見かね、"自分の血液を媒体としてあらゆる怪我を治せる特異"を持つ者が、見たこともない人間を嘲笑する彼らを、叱責するようにそう言った。

「でも、私は楽しみッ!やっと後輩ができるんだよ!」

 "自分と自分の触れたものの重力を操れる特異"を持つ者は、ピョコンと跳ねるように椅子からお尻を上げ、新人を心から楽しみにしているようだ。

「俺は、皆さんの支持に同意するだけですので…」

 "体からあらゆる植物を生やせ、操れる特異"を持つ者には自分の心はなく、私の隣で直立不動で全てを他者に一任しているようだ。

「まぁ…皆、仲良くしてやってくれ。彼はまだ覚醒すらしていない。それまでは…私も手加減などはしないよ…」

 "水分を媒体として、全てを凍らせることが出来る特異"を持つ者、つまり私は、スプリミナル特異点の者達全員にそう言うと、彼らはため息を交えながらも、はいはいと首を縦に振っていた。

 普通の社長なら『なんだその態度は』と言って激怒するのだろうけれど、スプリミナルの場合はこれで良い。

 彼らは社員であり、同じ穴の狢だ。

 私に命令をする権利があっても、彼らにそれを実行する義務はない。

 しかし…新人となる悠樹哲哉を侮るのも今のうちだ、と私は感じている。

 彼はきっと、この世界にある特異点の誰よりも強くなる。

 それ程、強力すぎる特異に目覚めてしまったのもあるが、彼の強くなりたいと言う目は、あの日の私か、それ以上だったと思うから…。

 彼のこれからが、私は楽しみだ。

「新人については、これで終わりだ。各自、また出会った時に挨拶位はしておくこと」

『了解』

 テキトーだが、彼らは声を揃えて答えた 。

 まぁ、悠樹哲哉にとって、ここが良い場所になることを願っておこうか…。


「さて……それじゃあ次は、ミラーマフィア『或マス』への対策についてだ…」


 



To be continue…

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