2-2『少女Tとコーヒー爆弾』




「えぇ……」

 あまりに唐突な出来事に、僕は思わず間抜けな声を出してしまった…。

 爆発した店は、内装だけ焼け焦げただけよようで、外装には一応傷はなさそうだ…。

 火事を疑ったが、割れた窓から流れる黒煙は、そこまで大きくはないし、少しずつ小さくなっていくように見えたため、多分、燃え移っていると言うような事はないだろう…。

「わ…私の……お店…が……」

 そして、あおいちゃんが想像以上にショックを受けているのが心配だ。

 漫画のようにわなわなと身体を震わせ、もう半泣きの状態でお店を見ている…。

「が…外装は大丈夫だから…!中をなんとかすれば!ね!?」

 なんとか彼女を励まそうとするが、すぐには立ち治れなさそうだ…。

 なにかを大切なものを失くす思いはわかるから、これから塞ぎ混んだりしないか少し心配だ…。


「…っ?」

 そんな中、水原くんが僕らに向けて人差し指を自信の口に添えて立てる

「ちょっと、静かに…。なんかおかしくない…?」

 その言葉を聞いた僕らが、ハテナを頭の上に浮かべていると、水原くんが手を引き、店の影にそっと身を隠した。

「…っ!」

 彼の言葉の真意に気づいた彼女の目がガラリと変わる。

「おかしい…って、そもそも爆発した時点でおかしい気が…」

「「しっ!」」

 僕が小声で呟いた瞬間、二人は息を合わせて僕を黙らせる。

 言われた通りに声を潜めると、僕らはそっとその店内を見てみる…。


「……なんだ…ここにはショボくれた客以外…誰も居ないのか…?」

 窓から見えたのは、ハンドガンを手に持ち、黒い狐の面と全身黒のライダージャケットとパンツを着た女性。

 その手元には、灰色のスウェットとメガネを着けた女の子が、腕と胴体をぐるぐる巻きに縛られて、地面に座らされている。

 そして、狐面の女性の裏、カウンターの下では、同じく口と上半身を縛られた、老若男女問わない人々が数名、その女性に怯えているかのように、身体を縮こめて震えていた…。

「スプリミナルの奴らぁっ!とっとと出てこい…っ!さもないとこのガキバラすぞぉ!」

 狐面の女性は、人質の女の子の首を絞め、その頭に銃を突き付けながら、激昂する。


「な…なにあれ……なにあれなにあれなにあれぇ!」

 こんなにフィクションドラマの型にハマったようなシーンを実際に見て、僕は混乱せざるを得ない。

 というか、昨日からこんな物騒な初体験ばっかりでそろそろ疲れてくる…。

「落ち着いて。大丈夫だよ」

 さらには、僕よりも年が小さい筈のあおいちゃんが、なにも動揺せずに僕を落ち着かせている光景に、これまた自分が情けなくなってしまう…。

「籠城か……。多分、言動から見て怨恨だよね。スプリミナルの組員になにかしら恨みがあると見える…」

 さらには、あおいちゃんとそこまで年の差はないであろう水原くんは、もう早々に状況把握を始めている。

 流石…こんな詐欺師を救える程の力を持つ少年だ…。

「考えられる理由としては…やっぱり、救えなかった命…とかかな…」

 あおいちゃんの一言から、二人は向かい合い、犯人の動機についてを話し始める。

「それか……スミウラくんやサトナカくんに恨みとか……」

「サトナカさんは無いとして、絶対シュウくんでしょ。あの人恨み買いそうなことしかしないもん。それかコウヤさんの顔がキモいからとか?」

「それ、イツジくんに失礼な気が……」

 流石と言わざるを得ない。

 目の前に銃を持った狂人がいるって言うのに、動じないその冷静さと共に誰だかわからない名前の人を弄ることができる彼らの心臓に…。

 何にもしらない僕にとっては、もうなにがなんだか…。

「とにかくそんなこと良いから!とにかく逃げた方が良いんじゃないの!?だって、君たちが狙われてるんだし!」

「なに言ってんの!ここで逃げたら、地元の人たちにこれ以上の被害が出る!それに、一人捕まってるのに!」

 彼女らを思って、僕は撤退の提案をするが、あおいちゃんはそれをすぐさま否定した。

 僕の方が大人の筈なのに、すごく冷静で的確なことを言われて本当に情けない…。

 門外漢の自分はもう下手なことを言わない方がいいか…。


 バァン!バァン!


 そんな思いから現実へと引き戻そうとするかのごとく、店内の籠城犯が、また弾丸に火をつける。

「どこに居やがるスプリミナルゥ!とっとと姿をみせろぉ!」

 怒りに任せたその咆哮は、道を走る白猫がびくりと身体を振るわせるほどだった。

 まるでここら一体に雷が落ちたようで、正直この状況には怖さが強く強く主張している……。

「結構な興奮状態だね…超やばそう……」

 それでも怖じけず、物影から、犯人の行動を観察する水原くんと、あおいちゃん。

「こっから…できる限りどうやって平和的解決を行うか…だな」

 二人は再度向き合うと、今度はこの状況の打破の方法を話し合い始めた。

「どうする…?いっそ、カドヤが水をブワァッ!と大量に出して溺れさせるとか…?」

「それ、お客さんも溺れるからダメでしょ…」

 あおいちゃんは少し自信を持って大きく手を広げるが、水原くんの反応はいまいちなようだ。

「それより、アオイが重力操作でこの店ごと吹っ飛ばすのが早い気がするけど…」

「出来るわけないでしょ!大切なお店なんだからっ!」

 からかいつつも代案を出す水原くんに、あおいちゃんが顔を真っ赤にして怒る。

 どうやら、あおいちゃんの性格はとにかくドンドン前を行くタイプで、水原くんは冷静分析でからかい上手タイプと言った感じだろうか…。

 そして、二人の仲が良いのもよくわかった。

 なのだが、こんな分析よりもまず先に、大人として、僕もこの状況の打破を、少しは考えないといけない…。

 被害をなるべく最小限にして、犯罪者を逮捕する方法。

 下手くそなりにでも考えるために、物影からそっと顔を出して、改めて店内の状況を見てみよう…。

 ビルの一階に建てられていると言っても、店内はなかなかに広く、内装はドームのような円形に近く、周りにはテーブル、奥にはカウンターがある喫茶店。

 その店内では、ならんであったはずのテーブルとイスがなぎはらわれ、中心部辺りに、該当する狐面の女性の犯罪者が椅子に座って鎮座し、スウェット姿の女の子の髪を掴んで人質にしている。

 人質の子は足と腕を縛られて地面に尻をつけられ、足元に出来た水溜まりから、恐怖で失禁しているようにも見える。

 カウンター席に配備されていた筈の椅子も取り払われ、下に押し込まれているかのように、九名の老若男女、人間人外問わずのひとびとが、口を塞がれて縛られ、怯えて彼女をみていた。

 もしもここで彼らが突入すれば、犯人が逆上して、人質やカウンター下のお客さん達を殺すと言う可能性もなくはない…。

 完全に命を手玉にとられたような状況だ。

 武装警察や彼らなら、もっと上手い作戦を考えられるだろうけれど…。


「あの……」

 曇天に切り込むように、申し分けなさげに僕が手を上げると、二人が一斉にこちらに振り向いた。

 命が犯人の手中にある状況の中、素人なりに整理をした上で、一つだけ案が思い浮かんだ。

「なに?」

「えっと…なにかしらで相手を引き付けて、そこでお客さんや人質を救出するのは……どうだろう…?」

 正直、採用されるような自信はないのだが、あくまでも一案の提出だけでもと思い、恐る恐る僕はそれの説明をする。

 二人がこちらをじっと見つめる視線。

 そこから醸し出される、如何にも否定されそうなシチュエーションが怖い…。

「なるほど…オトリ作戦ねぇ…」

 しかし、返ってきた言葉は否定なんかじゃなかった。

「難しく考えすぎて、こういうベタな作戦があるのも忘れてたね…」

 こんな門外漢の僕の提案を聞いた二人は、自分の盲点に気づいて、ほうほうと首を縦に振る。

 言いたいことが伝わったことも良かったが、なにより否定が無かったことが嬉しかった。

「うちのお店、カウンターの所に裏口もあるから、確かに奇襲なら行けなくはない…。あっ!」

 すると、あおいちゃんがなにかを思い付いたようで、パチンと手を叩く。

「じゃあ、私がオトリになって、あの人の持ってる銃をバシッ!と落とす!そんで、後からカドヤが水剣フルスとかのアーツ技使ってバスっと!」

「それは無理。さっきの爆発、聞いたでしょ?多分、ダイナマイトか超高性能爆弾、ニトログリセリン辺りを隠し持ってる可能性がある…」

 川の流れを断ち切るような水原くんの言葉を聞いて、彼女の言葉の勢いと目のハイライトが弱まっていく…。

「そっか……」

「てか、水剣フルスはアーツの技じゃないし…」

 せっかく思い付いた案が通らなかったことに、あおいちゃんは少ししょぼんとしてしまった。

「でも、オトリは良いアイデアだと思う。ありがとユウキくん。アオイ」

 だが、水原くんが僕らにそう言うと、あおいちゃんは先程とはうってかわって、嬉しそうにニッコリと微笑む。

 彼女は本当に感情が激しい子なんだな…。

 ただ、自分がなんとか考えた凡案を受け入れてもらえたことは、僕もなにげに嬉しかったり…。

「そうくると…オトリは僕がなった方がいい。僕の特異なら、銃くらいは全然避けれるし、アオイとユウキくんの特異なら、奇襲もできると思うから…」

「なるほど……了解!」

 水原くんがまとめて提言した人質救出案に、あおいちゃんは敬礼をして了解した。

 簡略化して整理をすると、水原くんがオトリとして犯人の前に出て交渉等をし、その隙に僕とあおいちゃんが特異を使って救出と確保を……。 

「……ってあれ!?了解じゃなくて…僕もカウントに入ってない!?」

 ここで僕は、ようやく言葉に乗せられてしまったことに気づいた。

 その上、鮮やかにスプリミナルの仲間入り扱いをされてる気がするし…。

「ほら、そんなこと良いからトランスして、作戦開始!」

「了解!」

 水原くんは僕の疑問をそんなことと言うし、あおいちゃんはそれにノリノリだ…。

「え…えぇ……」

 まぁるく言いくるめられた感が否めないし、腑に落ちないが…こうなっては引き返せないし、そうなるとKY(通称、空気読めない奴)と思われるかもしれないから、とりあえずは郷に従っとこうか…。

 渋々そう思いつつ、僕はポケットの中にしまっていた水晶キーホルダーを手に持ち、水原くんはパーカーの飾り、あおいちゃんは履いているハイソックスに手を触れると、それはそれぞれの色へと光出す…。

 

「「肉体換装トランス」」

「ト…トランス……」


 三人それぞれの思いで叫ぶと、自らの服装がスプリミナルの仕事着へと変わる。

 水色、青緑、紅紫に光るラインと、正式メンバーを表す黒地と汎用型の白地のパーカーと、僕ら二人は長袖のジャージなのだが、あおいちゃんだけはなぜかショートパンツの装いになっている。

 これに変身するのは二回目だけれど、相変わらず身体の感覚が軽く変わるのは慣れない物だな…。


 

「んじゃ、そっちは頼んだから…」

 水原くんはそう言うと、率先して喫茶店の出入り口から店内へと入っていった。

「うん!いくよ、テツヤくん!」

「は…はぁい…」

 一方で、あおいちゃんがヤル気満々で僕の手を掴み、二人で影に身を潜めながら、こそこそと店の裏口へと移動した。


 本当になにもできない僕が行っても良いものなのだろうか…。

 心配になるが、こうなってしまってはもうやるしかない物だ…。




      ◆





 僕の発言と水原くんが考案として出来上がったオトリ作戦が、ついに開始された。

 店の中は、いまだに整脈と戦慄に包まれており、それに一筋の光を与えようかとでも言うように、少年が扉を開く。

「おい、望み通り来てやったぞ」

 なめられないようにか、傲然な態度で水原くんは犯人に向けてそう言って、その頃には、僕らも裏口からそっと店内へと侵入していた。

 先程の爆発でガラスは割れ、換気は十分なのだろうが、木が焼け焦げた匂いがまだ少し舞っている…。

 カウンターの従業員側の方へと身を潜めながら、タイミングをうかがうように、そっと二人の状況を観察し始めた。

「……知ってるぞ…あんたはナンバー2……水のアークウィザード…」

「そういうのは知ってもらえてんのね…まぁ、ありがたいことかなぁ…」

 籠城犯は敵である彼を睨み付けながら銃を向けるが、水原くんは手を上げて危害を加えるつもりはないと言うことを表している。

「胸につけている武器を置け。さもないとこの子を殺す…」

 カチャリと銃を揺らしながら要求をするが、それでも水原くんはそれに応じず、高圧的にフッと鼻で笑うだけだった。

「……あーあ…君、今日はアカギくんがクルスト出張でよかったねぇ…?こんなの見られてたらもう丸焦げだよ?」

 彼は無粋に笑いながら、彼女を煽りはじめる。

 また素人の考えで申し訳ないが、多分話題をほんの少し変えることで、彼女に混乱を招こうとしているのか、はたまた恫喝を加えようとしているのか、だろう…。

 前の職場で似たようなことをしている人をみたことがあるからわかる。

「わかっている!だからこそ今日を狙ったんだ!」

「じゃあ、なんでユウカくんを人質に選んだ…?君の敵は何なんだ…?」

 これによって事情を話させようとしているのだろうが、彼女は面からはみ出ている耳を赤くする…。


 バァン!バァン!


「ごちゃごちゃとうるさいっ!」

 怒りの込められた発砲音が店内へと響き、人質たちに恐怖を煽る…。

 憤怒の彼女が放った言葉を聞く限り、籠城犯はある種、自己主張が強そうだった。

 そのような場合『自分が思うからそうなんだ』という考えを持っているものが多く、詐欺にはなかなか掛かりにくい。

 と、またも前職の同業者が言っていたことの復唱である…。

「とにかくそれを早く足元に置け…。さもないと……」

「わかったわかった。殺すんだろ」

 人質への危険を伴わないよう、籠城犯の要求に答えるため、水原くんは渋々、胸につけられたブランドアクセサリーを千切る。

「その代わり、足で踏ませてもらっていい?これないと死んじゃうんで」

「いいから早くしろ…」

 水原くんが聞くと、籠城犯は了承、そして再度命令をする。

「どうも…」

 それを、水原くんは地面に落とすと共に、爪先で三角形の角度の広い場所を踏むと、彼女は満足げにフンと鼻で息を吐いた。

 焦げ臭い地面に落ちても、そのアクセサリーは日光に照らされてキラリと光っている…。

 自分の武器を失ったとしても、水原くんは動じることなく、ただただじっと籠城犯の行く末を見ていた…。

 その一方、カウンターの裏で、捕らえられている客の脅えた声が、微妙に聞こえるのが少し辛い…。

 突然、銃を持った人が現れて、スプリミナルを呼ぶためだけに爆発までさせたのだから、きっと怖いに決まっている…。


「どうやら…特異点のこと、よく知ってるみたいだね…」

 助けねばと緊迫している中、僕の隣で、犯人と水原くんの会話を聞いていたあおいちゃんが、おもむろに呟いた。

「よく知ってる…って、どういうこと…?」

「特異点は、ルストロニウムっていう物質で作られた物質がないと、全身が結晶に包まれて死んじゃうの」

 なるほど…。

 確かに、結晶から繊維、食用にまでできる万能原子、ルストロニウムというヘトロモーガン由来の物があったと言うのは、中学くらいの時に科学の授業で習っていた記憶がある。

 しかし、まさか特異点にとって、そんな便利な効果があっただなんてしらなかった…。

「てか…だから君も持ってたんじゃないの…?」

「いやぁ…僕は水原くんに貰っただけで……助かる以外は、なにかわかんなくて…」

「もう…あのデコチビめ……」

 説明不足の彼に向けて、あおいちゃんは小声で舌打ちする。

 本当…仲が良いのか悪いのか…。

 とにかく、このルストロニウムという原子が、どれ程に偉大で栄光的なものなのかがよーくわかった…。

 だからこそ、水原くんは足で踏んでるということか…。

「でも、あの人はまだ知識不足みたいだね…」

「知識不足…?」

 その言葉に該当する僕が首をかしげると、彼女は膝を立てて自分の履いているソックスを見せた。

 よーく見てみると、その靴下にはダイヤ型のワンポイントがある…。

「これとか、テツヤ君が今持ってるキーホルダーのことを『エンブレム』って言うんだけどね。これもルストロニウムで出来てるのはもちろんなんだけど、ここから出た服とか武器とかも、全部ルストロニウムなの。だから、トランス後の場合には、エンブレムを手放しても、結晶化で死ぬことはほとんどないんだよ」

 彼女はワンポイントに指をさしながら、自分の持つキーホルダーの本質を解説してくれた。

「そうだったのか…」

 そう言えば、このキーホルダーについても、彼から全く知らされてなかった…。

 エンブレム…。

 どういう原理構造かは知らないけど、これが彼らの肝になってるわけだな…。

「じゃあ…あの人はそれを知らないってこと…?」

「かもね…。スプリミナルの情報開示は極力に狭められてるから、きっとインターネットのガセネタに踊らされたのかな…」

 あおいちゃんの推測には何となく納得がいく…。

 確かに、スプリミナルという存在に至っては、僕も全く知らなかった。

 正直、自分は武装警察で事足りてると思ってた。

 だが、確かにそれにしては全盛期よりも犯罪率が抑えられ過ぎかもしれないと思ったし、SNSとかでも陰謀説が浮上していた。

 その中で、たまたまスプリミナルの存在を知って、あることないこと書いて、それに騙される奴がいるのだろう…。

 それが今、銃を握りしめている彼女だったということか…。


「てか…君、なにが目的?僕らになにを求める…?」

 ふと、水原くんの口から出たその質問が気になり、カウンターに隠れた僕らは、また聞き耳を立てはじめる。 

「……リージェン国家の至上…。そのためには…あなた達を淘汰しなければならない…私はそう思っているからだ」

 リージェンの至上か…。

 確かに、たまに街頭ビジョンや通りすがる電気屋のテレビでみるニュースで見るな…。

「君は人間なのに…?」

「リージェンは憚られ過ぎた!リージェンはもっとこの国を収めなければならない!この世界はそのためにある!」

 声を荒げる彼女の言葉に、どこか強く、そして偏ったリージェンへの愛が感じられる…。

 この世界では、それぞれの同族至上主義が存在しているらしいが、まれに団体を作るほどではないけれど『別種族を至上する思想』というのも存在している。

 これは多分、人間のなかにある、他人を思うという性善説によるものかもしれない。

 誰かを助けたいという思想が暴走すると、よからぬ事態へと走ってしまう、それが外国人だけではなくリージェンのような別種族にも値されているようだ…。

「もうリージェンと人間は同等なのに…か?」

 僕も気になっていたことを、水原くんが切り込んだ途端、彼女は床をガン!と音を立てて踏みつける。

「全く同等じゃない!リージェンが虐げられてきた事実を……風化してはならないんだっ!」


 バァン!バァン!


 怒りや興奮と共に放たれた二発の弾丸は、天井の柱にめり込み、何人もの人質が「ヒッ…」と脅えた声をあげていた。

 感情論に踊らされている相手を説得するのは、もう無駄なのかもしれない…。

「興奮状態だ…。これじゃ…ゆっくり奇襲しようとしても、警戒心も高そうだし、なかなか捕まえらないかもね…」

 まさに、あおいちゃんの言う通りだ。

 籠城犯はそれほどにリージェンのことを考えている上、人間を守ってくれるこの組織を恨んでいる。

 リージェンのためならばと思いすぎて、最早、命すらもなげうちそうな勢いだ…。

「ど…どうすれば…」

 自分のエンブレムのなかに装備している弾丸で、人を攻撃する力や度胸など無い僕には、今は、この小さな女の子に頼るしか方法はなかった。

 こんな頼りの無さすぎる男で、本当に申し訳無いけど……。

「オトリ作戦……フェイズ2かな……」

「フェ…フェイズ……2?」

 おもむろに口に出したその言葉と共に、あおいちゃんはクラウチングスタートの構えへと体制を変えると、履いている真っ黒いソックスは、青と緑の中間のような色でぼんやりと光出す…。


特具武装アーツアンフォールド


 その言葉と共に、彼女のソックスは光と共に形を変える。

 それは、水原くんの持っていたあの剣のように禍々しい結晶の形をベースとし、まるでロボットアニメや機械系漫画などでよく見る、レッグアーマーのような形へと変化した。

「うぉ…ブーツ…?」

 太ももの半分を覆い、影の中でも宝石的な美しさを醸し出すブーツ状アーマー。

 それに驚く僕に向けて、彼女はニッと広角を上げる。

「見てて…私の特異で、あの人の動きを止めるからっ!」

「え…っ!?」

 あおいちゃんは自信をもってそう宣言すると、ブーツにそっと触れる。

「アタシ・グラビティ……マイナス…ッ!」

「うわっ!」

 その言葉を口に出した途端、彼女は跳ぶ。

 その飛距離、まさに人間離れしている上、まるで宇宙空間にいるかのように、通常よりも長く長く宙に滞在している。

 それはまさに、闇夜に浮かぶ月のように…。

 

「そこの籠城犯っ!もう悪さは許さないっ!覚悟っ!!」

 フワフワと宙を浮かぶあおいちゃんは、まるで正義のヒーローとでも言うかの如く、籠城犯に指をさして、高らかに宣言する。

 でも、それ言っちゃったら奇襲じゃないんじゃ……。

「…っ!お前は!」

 それに反応せざるを得ない籠城犯は、浮かんでいる彼女に銃を向ける。

「アタシ・グラビティ!プラス!」

 その瞬間、彼女は自分の体に手を触れながら叫ぶと、ロングブーツの装甲が光り、そのまま籠城犯に向けて落ちていく。

 その速度は普通に落ちるよりも早く、空気を切り裂くような感覚がこちらにも伝わってくるほどだ…。

 グラビティ…重力操作…?

 これが彼女の特異…ということか…。

「く…っ!」

 籠城犯は諦めること無く、銃を二発撃つが、そのうちの一発が彼女の体を掠めて傷をつけただけだった。

「はぁぁぁあっ!」

 傷ついた頬から少量の血を流しつつも、彼女は片足を籠城犯に向ける。

 所謂…ライダーキックと言うやつだろうか…。

「確保っ!」

 間もなく、彼女の大技が決まる。

 きっと、僕だけではなく誰もが勝機を悟ったと思う…。


「……ふふっ…」


 それに該当するは、犯人も同じ…。

「…?」

 彼女のからだが、籠城犯の狐面に着弾する、あと数ミリの場所に到達した時、彼女は声を出して微笑んでいた。

「…っ!」

 その瞬間、突然グンと地面に引っ張られるように、彼女の体制が崩れていく。

「あおいちゃんっ!?」

 狐面の犯人がそっと避けると共に、あおいちゃんの身体はうつ伏せになって地面に打ち付けられてしまった。

「これ…は……」

 反撃をしようと彼女はなんとか立ち上がろうとするが、体を少し動かすだけしかできず、混乱しているように見える。

「もしかして……ハイドニウムの弾丸が…!?」

 彼女が動けないその原因を水原くんは悟る。

 ハイドニウムも、昔習ったことがある。

 ルストロニウムを化学反応で形として生成する際、どうしても出てしまう産業廃棄物だ。

 これ自体、地面に生めてしまえば、土となるだけだから、そこまで害はない筈だが…。 

「そんな…販売が禁止されるはず…っ!」 

「ミラーマフィアから調達した…。リージェンの至上のためだって交渉したら、快くOKしてくれたわ……」

 二人の未知に立ちふさがるかのように、籠城犯は自信や嘲笑を言葉にのせながら、それの出所を話す。 

 そう言えば確かに、ハイドニウムだけは販売禁止の部類に入っていた…。

 どうせ、ごみを売っても一銭にもならないのは分かるのだが、それがなぜなのかはわからなかったが…。

「たしか知ってるわよぉ…?この弾丸に入ってる化学物質は、特異を調整してくれるルストロニウムとは違って"特異を消し去る"物質なんだって……?」

 なんて思ってたら、すごくタイミングよくハイドニウムが何故弾丸に使われているのかの解説が聞けた。

 なるほど、特異点にとってハイドニウムは危険物質だったのか…。

 というかこの人…少し調子にのりがちな面があるのか、色々喋りがちだな…。

「この…っ!」

 このあおいちゃんのピンチに、水原くんは素早く爪先でアクセサリーを蹴って手に取り、武器を出そうとする。

 しかし、籠城犯はそれを見逃さず、彼が迫ってこようとするその瞬間に銃口を向ける。

「動かないことね。これがハイドニウムだったらどうするの…?」

 籠城犯のその言葉ひとつで、水原くんは、下手に動けなくなってしまった。

 確かに…全身の力が抜けてしまうほどの劇物が入っている弾丸は、昨日特異点になった僕でも、食らいたくはない。

 彼女の思考は、何枚も上手だったのだ…。

「やれやれ……ナンバー10の重力娘まで潜んでたなんて…さすがスプリミナル…隠密行動もお手のものね…」

 籠城犯は鼻で彼らを嗤い、二人は悔しげに彼女を眺める。

「く……っ!私は…まだ……っ!」

 それでも諦めないあおいちゃんは、歯を食い縛りながら立ち上がろうとするが、体がプルプルと震えては、バタンと地面に引き付けられてしまう。

 まるで、磁石によって地面にくっつけられているかのように…。

「ッハッハッハッハ!愉快ねぇ…あんなに強いと思われていたスプリミナルが…こんなに弱いなんて…っ!」

 勝機を悟り、高らかに笑うその声が、天井に空回りして、人質達に絶望を与える…。

 頼みの綱は消えた。

 もしも他のメンバーが来ても、二人を出汁に使われるかもしれない…。


 だとしたら、この状況で動けるのは僕だけだった…。

「どうすればいいんだよ……僕は…」

 急に逮捕メンバーに加えられた僕は頭を抱えていた。

 特異点になって2日、まだ生まれたばかりの赤ん坊ほどの身の丈しか知らない。

 正直、ここから逃げ出してしまいたい。

 スプリミナルなんか入るわけないし、こんな僕がここで役に立てるわけがない…。


 けれど、今ここでやらなければ、この背後にいる人たちはどうなる?


 そんな言葉が、僕の頭の中でポンとわき出た。

 僕が戦わなければ、犠牲は増えてしまうかもしれない。

 僕が僕なりにでも戦わなければ、僕に取り憑いてしまった背後霊達に、また延々と後悔を喰らわされてしまう…。

 そうだ、僕は行かねばならない。

「考えろ……僕ができること…もしも僕がアオイちゃんだったら…僕になんて言う…?」

 未だ足りない頭で、改めて全てを整理しろ。

 僕の背後にはリージェン人間問わず、老若男女が約9人程度だったはずだから、まずは彼等の安全を保障しないといけない。

 僕はトランスと言うものをしていて、その影響か身体が少し軽い。

 特異は自分が受ける攻撃だけを無効化する。

 このキーホルダー…エンブレムというらしいが、そこから拳銃が出せる。

 しかし、相手は爆弾を持ってる可能性があるし、もしも先立ってハイドニウムと言うやつを撃たれたら、きっと僕もあおいちゃんみたいになる。

 それに籠城犯は、間接的にあおいちゃんを盾にしているから、水原くんはなかなか手を出せない。


「とっととそれ、地面に置きなさい。なにかされたら困る…」

「ッチ……」

 その上、たった今、籠城犯からの命令によって、水原くんの手からエンブレムが離されてしまった。

 そのため、すぐに戦える人材は僕だけ…。

「……ちょっと待て…」

 確かに、彼は今、武器を持っていない。

 だが、彼には確か"水を弾丸にして発射する技"のようなものがなかったか…?

 なら、なぜ不意打ちで攻撃をしない?

 人質になにかあったら困るため?

 確かにそうでもあるが、彼の腕なら、人質に当てないように角度を変えることも出来なくはないはず…。

「そうか……!」

 推測ではあるが、彼はきっと、僕という存在を公にしたくないのかもしれない。

 それに、僕がやるべきことを為してくれると、信じてくれているから…。

 そんなわけではないかもしれないけど、今はそう思ってみることにする。


 それなら、この状況で僕がすべき仕事は…。

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