2-1『少女Tとコーヒー爆弾』

【あらすじ】

人間と異形生命体が暮らす現代。

そこでグループ詐欺の一人として働く悠樹哲哉は、特別任務と称してとある取引の仕事に繰り出される。

しかし、それは単なる囮であり、本当は詐欺グループとマフィアを連携するための戦略だった。

マフィアとの取引を見てしまった悠樹は、仲間から隠蔽のため、銃を向ける。

しかし、撃たれようとしたその瞬間、彼は『特異点』と呼ばれる特別な人間になってしまう…。

特異の暴走により、仲間を殺してしまった悠樹の前に、巨大な害獣と特異点の少年、水原角也が現れる。

結果的に彼を助けた水原は、悠樹の特異の暴走を止め、二人で害獣を駆除する。

その後、水原は悠樹に名刺を渡して姿を消した。

特異点となった悠樹は、スプリミナルという名前を知り、人生の大きな分岐点へと立たされてしまった…。


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 僕は普通じゃなくなった。

 昨日まで、無能で下手くそでお人好しな詐欺師として悪事を働いていたはずの僕、悠樹哲哉。

 ミラーマフィアと業務提携するからという理由で、仲間に騙されたショックか、銃で撃たれた衝撃かは分からないが、ひょんなことから、僕の体内から突然マゼンタ色の結晶が、大樹の枝のようにメキメキと生え出した。

 まるでライトノベルのフィクションのような嘘みたいな話だけれど、そのクリスタルが、僕を殺そうとした同僚や社長達を殺したのは、残念ながら事実だ。

 人を殺したというパニックと、自分への失望によって、自我さえも失いそうになっていた僕の前に現れたのは、水を操る不思議な少年、水原角也。

 ニヒルに笑う姿がとくちょうてきな彼は、僕に丸い水晶が付いたキーホルダーを渡すと、結晶がみるみるうちに消えた上に『攻撃を無効化する(仮)』能力まで僕は入手してしまった。

 異形な能力をもってしまった人間、"特異点"と言う物になってしまった僕に、水原少年はスプリミナルと書かれた名刺を渡し『後日ここに来てくれ』と言ったのだが……。


「結局どこなんだよ…」

 スマホを眺める人間やMP3プレイヤーから音楽を聴くトカゲのリージェン等、様々な乗客に紛れて名刺を眺める僕を乗せて、電車はガタンゴトンと音を立てながら走る。

 ここに来いと言われたが、その名刺に書いてあるのは、スプリミナル本社ビルと書いてある場所の住所…。

 だが、彼が言ったのは『青い瞳のコーヒーの店』だった…。

 同じビルなのか…それとも全然違うのかすらもなんかよく分からなくて、何となく困惑している状態で、とりあえず書かれている住所には来たのだが…。

 実は、この名刺には郵便番号と番地が書かれていなかったのだ。

 名刺として致命的なのではないのかと思うけれど、これも秘密結社的な感じなのかな…。

 

〈ご乗車ありがとうございました。次は花菜村、花菜村に停まります〉


 そんな考えを余所に、電車のアナウンスが鳴る。

「おっと…降りないと」

 アナウンスを聞いた僕は座席から立ち上がり、停車した電車から降りる。

 暖かい春の空気と駅独特の何とも言えない香りが顔を包み通る。

 その空気を切り裂く人混みに紛れながら、僕は駅のホームへと歩き始める。 

「てか……この約束以前に、明日の家どうしようかなぁ…」

 エスカレーターで上階に登りながら考える。

 普通でなくったよりも少し前に、僕はあの大家の糞婆から3日以内の退去命令を食らってしまい、明日には出ていかなければならなくなったのだ。

 僕は特にそんな悪いことはしていないのに…。

 そりゃあ、隣のリージェンが聴覚に強いのに気づかなかった僕も悪いかもしれないけど、そんなにすぐに退去命令を出すなんてなんて奴だ…。

 なんて、心のなかでぶつくさ言いながら、電子決済が主流な今時に珍しく、切符を改札に通して外に出た。

「ふぅ……。暖かくて心地良いな…」

 駅から外へ出る時でも、気候は僕を包むし、空って言うのはいつも通りの青色表情を見せている。

 今日は僕を嗤っているのか、この場所に人が来たことを喜んでいるのか、綿菓子のような雲が踊っている晴天だ。

 少し不純な気持ちを抱えつつ、バラーディアTK市部27区(花菜村)と呼ばれる場所に、僕はこの足を踏み入れた。

 町を歩いていく内、通りすがる異知能生命体リージェンも人類も、仕事や娯楽、買い物と、普通の人生を送っているように見えて、それがどこか羨ましく見える…。

 普通の人生を送るのが大変だと言うのがわかっているから、今の僕にとって、通りすがる人々の『普通』が少し妬ましく見えてしまっているのかな…。

「あっ!」

 すると突然、その声が聞こえると共に、駅から出たばかりだと言うのに、僕の目の前に野球ボールが飛んで来た。

「うわっ!」

 思わず目を閉じて防ごうとするが、そのボールは僕の体に当たらず、ただ透けるように通ってから、壁にぶつかって落ちただけだった。

「あぁ…そういや、こんな身体になったんだっけ…」

 安堵するような、自信の体に嫌悪するような思いを、心に織り混ぜながら、僕は足元に落ちたボールを拾い上げる。

「ごめんなさーいっ!」

 すると、赤色のユニフォームを着た、鯉型の子供リージェンが駆け寄ってきた。

 きっと…これから草野球の試合か練習なのだろうな…。

「気を付けてね」

「すみませんでした…」

 鯉の子供リージェンは、申し訳なさげに頭を下げながら、僕の手からボールを受けとり、そそくさと走っていってしまった。

 ちゃんと謝れるから、そこまで悪い子ではないんだろうな…。

「ここら辺も…活気がありそうだな…」

 目的地へと歩きながら、少し妬みがちな僕は、この都市全体を眺める。

 洋風と和風が混じった建造が立ち並ぶ近代的外観の中、環境保護のために生え揃う木々は、互いに交わらぬように切り揃えられながらも、生き生きと青葉を付けている。

 通りすがっていく物全て、死んだ顔の生命はなく、ここを住処としている子供達も、ふざけ合いながら僕の横を駆けていった…。

 ここは本当に居心地が良さそうだ…。

「ちょっと…ここ住んでみたいかも…」

 なんて思い、少し浮き立ちながら、ふと通りすがった不動産物件紹介の貼り紙をチラッと見てみる。

「……ウェッ!」

 だが、その張り紙全体に立ち並ぶは、家賃約7~15万円と、僕にとってはなかなか手が延びないお値段の物件ばかりだった。

 今まで、少し過ごしづらいとも思っていた月3万円のボロ物件に住んでいた頃が恋しくなってきたし、あのごうつくばりの婆が急に優しい人間に思えてきた……。

「はぁ~…やっぱり調子にのんなってことか…」

 さっきまで、高揚していた体は、鉛でも飲まされたのかと思うほど、一気にずっしりと重くなった。

 元詐欺師に楽を味わう権利などないのかもと思うと、この足がズンズンと重くなっていく…。

 その上、昨日取り憑きはじめた背後霊が、僕の惨めな姿を嘲笑っている声も聞こえるような気もしてきた。

 昨夜からずっとそうだ…。

 お前が俺たちを殺したとか、お前を許さないとか、そんな言葉の想像ばかりがめぐっていて、うんざりする…。

 昨日貰った言葉で、その思いは振り切ったはずなのに。

「まぁ…ここらは高嶺の花ってことだな…やめよやめよ……」

 大きくため息を付きながら、僕は背後霊連れ回しながら、またこの晴天の下、あまり見慣れないこの町を歩き出した。


 しばらく歩いていると、外観が近代的な町から、昭和の時のような少し古くさく感じる町へと変わる。

 酸性雨や年期で廃れたコンクリート製のビルが多くなり、かすれた文字の飲食店や、決まった入り口が無いシャッター式の小売店が立ち並ぶ商店街が現存し、通りすがる人も、成人よりも老人の方が増えてきている気もする…。

 所謂、レイテストモデル的な感じから、ハイカラに変わった感じと言おうか…?

 天皇は現存しても、元号制度が取っ払われた現代、昭和や平成の時代に等、昔過ぎて生きている筈がないのに、何故か懐かしいとも思えるように感じる…。

 リージェン技術の輸入が活発になった今でも、こんなに時代を感じる町並みが残っていたんだな。

 趣味の撮影も予て、カメラを持ってくれば良かったとふと思った…。


「おっと…忘れてた」

 珍しい街を観察するあまり、つい本来の目的を忘れてしまっていた…。

 僕は名刺を改めて取り出して、水原角也の言っていたように聞き込みを始めた。

「すみません…」

 まずは、たまたま通りすがった杖を付く老人に、話しかけてみる。

「あの…青い瞳のコーヒーはどこですか…?」

「ん?あぁ…アオイちゃんとこの…それなら、角曲がったとこ右に看板あるから…」

「あ…有難うございます…」

 僕が礼を言うと、老人はにこりと微笑み、そのままゆっくりと歩き去っていった…。

「感じの良い人だったな…」

 僕はそんなことを呟きながら、言われた通りに歩き出す。

 リージェンが介入してから、やはり昔の考えに固執しすぎたり、最新型のものを拒否する、言わば『老害』と呼ばれる人間も増えていたようだから、少し怖かった。

 それに、国会では『老害処分法案』なんておぞましい法案がリージェンから上がったようだが…お人好しの僕にとって、あまり賛同は出来ないんだよな…。

 しかも、廃案にはまだ至ってないのだとか…。 

 なんて小難しいことを考えながら、そこの角を曲がると『Cafeフェイバリットはこの先500m!来てね!』と書いてある、なにやら少し可愛らしい看板を見つけた。


 水原角也からは『ここ』としか言われてないけど…とりあえず、あのお祖父さんにも、ここが『青い瞳のコーヒーの店』と言われたし…。

とりたえず、ここを目指してみるかと思いつ、僕はその道を歩き始める。

 足を進めながら、目の前を見据えてみると、そこにはあまり人はおらず、地面の落書きや、貸物件の方が多そうだ…。

 どうやらこの先には活気な商店街や住宅地はなさそうで、少し寂しさを感じる。

 どんな町にも、こんな空虚っぽい場所はあるんだな…。

「そういや、スプリミナル……って、結局一体なんなんだろうか…」

 寂しげな通りを歩く僕は、ふと昨日のことを思い返す。

 僕がピンチに陥ったら、突然空から現れて、特異点に目覚めた僕と協力をして、やっとノーインを退治すると、どこかに行ってしまって…。

 あの後、恐れ多くも怖いもの見たさで取引現場を除いてみると、僕らを殺そうとしたミラーマフィア達は、武装警察に連行されていったし、そもそも最初にみたあのいかにも頭領みたいなのが一人いなかった……。

 あんな影のところに武装警察が密かに潜んでいたとは思えない…。

 あれもスプリミナルという組織による物なのだろうか…。

「とりあえず…また違法なところとかじゃなければいいんだけどな……」

 スプリミナルという組織への不安を感じつつ、ハァと大きくため息を付きながら、僕はまたぼちぼちと足を進めた。

 まぁ、とりあえずこちらの予定として、彼らからは、ただ特異点というものがなんなのかというのを聞く予定ってだけだし、なにか騙されるようなことはないように願いたい…。

 それに…明日の家と仕事、そしてアヤのことも考えていかないといけないし…。

「はぁ…頑張らないとな…」

 自分に現実突きつけて、なんとか立ち上がれるように鼓舞する。

 こんなに晴れ渡った空なのに、自分の心はいつもよりも多い雨が降っているように感じる。

 まぁ、そんなポエミーなことを考えても、なんにも起きやしないけれど…。


ドンッ!


 なんて馬鹿なことを思っていると突然、背中に子供がぶつかった感触が走る。

「あ、すみませ……」

 今日はよくぶつかるなと思いながら、後ろを振り替えると、見覚えのある水色のパーカーと、少し露出した額がそこにあった。

「おっと、こちらこそごめん……って、君か」

「君…えっと……ミズハラくん!」

「あたり。覚えててくれたんだ」

 何故か背後を気にする彼に、僕は指を指すと、彼はまたニヒルに微笑む。

 まさか、こんなところで偶然ぶつかった人間が、昨日命を救ってくれた少年だとは思わなかった…。

「でも、今はこんなことしてる暇はないんだよ…」

 少し慌てる彼は、額に汗が染みだすほど神妙な面持ちだ。

「も…もしかして、またノーインかなにかが…?」

「ノーインよりもヤバイね…。なによりあれは猛獣…超ヤバイやつだよ……」

 眉をしかめる彼の口から出てきた、そのおぞましいキーワードに、僕の背筋にぞくりと冷たい物が通る。

 昨日よりもヤバイ猛獣…。

 大災害を引き起こすほどにデカイ竜やお伽噺で出てくるダイダラボッチのような巨人か…!?

「猛獣って…それはどんn…」


「カァァァアドヤァァァァァァァァアッ!!!」


 猛獣がなんなのかを恐る恐る聞き込もうとする刹那、突然、水原くんの背後から、鬼の形相をした女の子が迫り、次の瞬間には、しまったと逃げようとする彼の頭に、強力な飛び蹴りが決まっていた。

「ゲフゥッ!!!」

 突然現れた彼女は、少し特徴的に跳ねた青色の髪を揺らしながら、彼の身体を思い切り踏みつける。

 まさか…これが猛獣…?

「あんた……朝、私なんて言った…?"今日は非番の人が多いから、買い物の間、店番をお願いします"って、ちゃーんと言ったよねぇ……?」

 水原くんに馬乗りになっている彼女は、顔や拳だけではなく、身体全身から怒りを醸し出しながら、彼にそれを問い詰める。

 少し失礼だが、確かに彼はなんとなく約束を破りそうな感じではあったし、彼女の片手には色んな品物の入ったレジ袋も握られているため、言葉の行き違いとかもなさそうだ…。

「だ…だって!うちの店、この時間帯にはあんまり人来ないじゃん!?それにほら…僕、接客よりも占いの方が腕がいいからさ…?そっちで売上貢献を…」

 言葉を取り繕って言い訳をする水原くんに、彼女の顔は烈火のごとく赤く染まる。

「だからって…サボってもいい理由にはならん…っ!」

 ついに彼女の怒りは、ついに頂点に達し、レジ袋から取り出したのは、タイムセールのシールが貼られた新鮮な大根。

 これはもしや…昔からフィクション界隈でよくある、お仕置き攻撃的なものなのでは…。

「やばい…水質変……」

「即効重力変化ぁ!」


ゴンッ!


 残念ながら、彼女の怒りを避けようと水原くんが水になるよりも先に、彼女が彼への怒りを乗せた大根による会心の一発の方が早かった。

 頭にその怒りを食らった彼は、鈍い音と共にたんこぶを作り、ぐるぐると目を回しながら、バタリと倒れて失神してしまった。

 確かに…彼からしたら彼女は猛獣なのかもしれないということはわかった。

 母親にしろ妹にしろ、女性というのはたまに恐ろしいものだからな…。


「ふん…っ!」

 サボり魔へのお仕置きを終えた彼女は、頬を膨らませながら、ポッキリと真っ二つに折れてしまった大根の破片を回収し、レジ袋の中にいれた。

 この後は、ちゃんとおいしくいただくようですね…。

「あ……あの…」

 それに見兼ねた僕が声をかけると、人がいたことに気づいた彼女は、怒りではない思いで、頬をポッと赤らめる。

「…あっ!す…すみません、こんな路上で……」

 あまり外には見せられないような荒ぶりに恥ずかしがる彼女は、水原くんの身体から降りて、前髪を弄りながら僕に近づく。

 水原くんよりは少し小さい背丈で、強気に少し釣っている目と、左右と頂点にピョコンと跳ねた三点の髪、パステルブルー系の色で真ん中に大きく有名ブランドが描かれた長袖を着て、デニムショートパンツと黒いハイソックスの姿…。

 まさに、気が強めで可愛らしい元気っ子…と言った感じかな…?

「いや…実は青い瞳のコーヒーを探してて……水原くんと関係あるのかなって…」

 僕は懸案のそれについて聞くと、彼女は急に目をキラキラと輝かせ、グイッと僕に迫る。

「青い瞳なら、うちの看板メニューです!もしかして、お客さん!?」

 僕に向けられた期待の眼差しが、太陽と同じくらいまぶしい…。

 それほど仕事に熱心なのだろう…。

「あ…うん、一応ね……実はちょっと……」

 僕は事情説明も予て、水原くんから受け取っていた名刺を見せると、光っていた筈の彼女の目は、一瞬で仕事をする人間の真剣な物へと変わった。

「スプリミナルの名刺……もしかして、依頼人……?」

「依頼人……?と…いうわけでもない…と思うんだけども…」

 そもそもなんの依頼なのかはわからないのだが…。

 それに、どう説明すれば良いのかということもわからない…。

「えっと……実はその……あっ」

 まずどこから話そうか迷っていたが、ふと、ポケットに水原くんからもらったキーホルダーを思い出し、それを彼女に見せてみせた。

「これ…水原くんにもらって…」

「汎用型の非常用エンブレム…っ!」

 日光に照らされて光るそのクリスタルを見て、彼女のその青色の目が、また違う感情を表すものにガラリと変わる。

「ってことは……っ!くぅぅぅうっ!やったぁあっ!やっと後輩が来たんだぁあっ!」

 このクリスタルを認識した彼女は、なぜか突然ジャンプをしながら、両手を大きく挙げて喜びだした。

「え…こ…後輩…?」

 後輩と言うワードに、僕が首をかしげ、それを余所に彼女はまた僕に顔を近づける。

「私!タチカワ アオイ!14歳!スプリミナルでは一番の下っぱって言われちゃってるけど…。でも、私の特異でみんなを助けるのが役目!そして、私のコーヒーをみんなに飲んでもらうのが夢なんだ!カフェの店長だけど、任務はちゃんとやるからね!」

 彼女はそう言って、僕に自己紹介やスプリミナルでの働きについてを話す。

 この突然ぐいぐい来ている辺り、多分、彼女こと太刀川蒼は、なにか勘違いをしているようだ…。

「あっ!君は後輩になるわけだから…気軽にあおい先輩…なんて呼んでもいいんだよぉ~?」

 得意気にニヤニヤと笑う上機嫌な彼女だが、そろそろ言ってあげないと、気づいたときに傷つくのがひどくなるよな…。

「あの…僕、スプリミナルっていうのに入るとかどうか知らないんだけど…」

 この期待の眼差しを切り裂くのは申し訳ないが、僕はなんとかそう断りを入れると、彼女の目の煌めきはストンと消えてしまった。

「え…?は…入らないの…?」

「……そもそも…僕は彼を特異について教えたかっただけなんですけどぉ…」

 露骨に太刀川蒼が残念がるのに少し心を痛めている中、頭を擦りながら水原くんが起き上がった。

「あ、起きた」

 彼が失神した第一の原因は、彼への扱いがまぁ軽いこと…。

「痛っててぇ……それで…詐欺師くん?」

「あ、僕…ユウキ テツヤって名前です…」

 そう言えば、彼らにはまだ名前を言っていなかったな…。

「んじゃ、ユウキくん…。特異について色々教えたいから、まずはCafeフェイバリットに移動しようか…」

 よろめいて立ち上がりながら水原くんがそう言うと、僕らから背を向けて歩きだす。

 大根による会心の一撃が、まだ響いているんだろう、歩いている姿も、少しよろめいているように見える…。

「彼…大丈夫……?」

 心配して僕が聞くと、彼女はプイとそっぽを向いた。

「日常茶飯事なんで大丈夫。多分」

 彼女、本当に水原くんの扱いが雑だな…。

 これは彼のことを嫌いだからなのか、それほどに彼のことを信頼してるからなのか…。

「そういや…彼の言ってた『ここ』って、このカフェのことだったんだな…」

 少し迷っていたことについてふと独り言を呟くと、彼女がそれに反応する。

「またカドヤがテキトーなこといったの?ごめんね…」

 彼を気遣うその言葉は、まるで母親のようだ…。

 この二人は結局どういう関係なんだろうか…。

「大丈夫大丈夫…。でも、聞いたことないお店だったから…ちょっとね」

「フェイバリットは全国に届けたいスタイルというより、地域を大切にしたいお店だからねぇ…。ちなみに、私が店長なんだよ!」

 謝罪にあしらうと、彼女はまた僕に顔を近づけながら、cafeフェイバリットについて、楽しげに話す。

「へぇ……」

 お店についての熱があるのは、なんとなく感心するのだが、14歳で店長というのはどういうことなのだろう?

 法律とかで色々グレーゾーンな気がするし、そもそも14歳でお店を持つのは大丈夫なのだろうか…。

 と、これ以上、追求しすぎたら、フィクションの意味がなくなるだろうからやめとこう…。

 それに、色んな食料品が入ったレジ袋や大根での会心の一発で、なんとなく家事とかは一通りに出来そうだなとは思っていた。

「ほら、すぐそこなんだから、歩きながら話そう」

 一方で、一人ズンズンと進んでいた水原くんが、痺れをきらして僕らを呼び始めた。

「あ、うん…」

 少し悪いことをしただろうかと思いつつ、僕らは小走りで水原くんの裏につき、改めてこの静かな街路を歩きだした。

 しかし、歩いていけばいくほど、人の気配が減っている気がする…。

 だからといって、曇り空が発展していって怪しげになるわけでもなければ、建物から延びる影が濃くなっていたり、湿気が強いわけでもない。

 数台だが、自動車も通る。

 人がいなくても、太陽はこの街を暖める。

 人は少ないのに、何故か居るととても心地のよい街に思う…。

 だが、店までもう少し道は長そうだ…。


「えっと……タチカワさん…」

 今のうちに聞きたいことを少しでも聞いておこうと、僕は彼女の名前を呼ぶと、太刀川蒼は笑みを浮かべつつも、少し眉をしかめる。

「堅苦しいよ~。アオイでいいよ」

 初対面の他人の僕に呼び名を要求する辺り、どうやら彼女はフレンドリーな性格のようだ…。

「じゃあ…アオイちゃん。君も、スプリミナルの一人…なの?」

「うん。ナンバー10番!とは言っても…本当はもっと昔から居るんだけどねぇ~…」

 彼女は両方の掌で数字の10を作りながら、そう言った。

 スプリミナルという組織には、番号も決まっているのだろうか…?

 まだまだもう少し疑問が残る…。

「へぇ…昔からってことは……お父さんかお母さんが…そのスプリミナルっていうのに居たりするの?」

 もっと昔からと言うことについても疑問に思っていたため、続けて僕は質問をする。

「うーん……半分正解で半分間違い…って感じかな…」

 しかし、彼女は先程のようには答えず、首を軽くかしげる。

 半分とはどう言うことなのだろうか…?と考えているのを汲み取ったのか、水原くんがこちらを向く。

「アオイには、両親が居ないんだよ」

 彼の補足から、彼女の真実を聞いてしまった途端、僕の心臓がドクリと波打った。

 まさか、こんなに明るい子が孤児だったなんて…。

「そう…なんだ……なんか、ごめんね…」

 知らなかったとは言え、悪いことを聞いてしまった。

「良いよ。それはカドヤも同じだし」

 しかし、立て続けに地雷を踏んだように、聞いてしまった彼らの過去に、また僕の心がドクンドクンと大きく波打つ。

 まさか、彼の方まで訳アリだったとは……。

「ご…ごめん、ホントに!こんな軽々しく聞いちゃって…」

 申し訳ないと感じた僕は、頭を下げながら彼らに急いで謝る。

 こんなに墓穴を掘ってしまったのは初めてだ…。

「別に良いよ。僕には両親なんて居なくていいから」

「私も、サトナカさんや皆がいてくれるから、毎日楽しいよ」

 だが、この少年期の二人は、僕が真実を知ったことを、あっさりと許してくれた。

 なにか嫌な思い出があるのか、親という存在に対して少し冷たくあしらう彼と、親に対しては特になんとも思っておらず、明るく返答する彼女…。

 温度差があるが、とにかく二人とも『親がいない』という現実を全くもって気にしていないようで、少し安心した…。

 ただ、アオイちゃんが『サトナカ』という名前を出したとき、水原くんの顔が「面白くねぇ」とでも言いたげに歪んでいたのだが、そこは特に聞かないようにしておこう…。


「まぁ、それに……スプリミナルって、そういう訳アリの人が集まるところだし…?」

「訳アリ…?」

 とは…一体どういうことなんだろうか…?

「そ、スミウラくんやアカギくんも、なかなかヤバイ奴らだしね」

「でも、ユウゴくんやアキラさんは優しいよ。いつもお店手伝ってくれるし。誰かさんと違ってね?」

「う……ま…まぁ、スプリミナルってそういう組織ってことで…」

 二人はスプリミナルについて話すのだが、なんか、間接的に勧誘されてる気がするし、結局『訳アリ』の意味が全くわからない…。

 それに、なんかまたあおいちゃんの視線がキラキラとおねだりムードな感じだ…。

「ぼ…僕には合うかどうか分からないし…それよりも前にとりあえず、僕は特異点っていうのについて、まずは知りたいかな…」

「チェー…折角後輩できると思ったのにぃ…」

 あおいちゃん…やっぱり勧誘するつもりだったんじゃないですか…。

 まぁ、訳アリと言うのが、なんとなく『普通とは違う』という意味であることはなんとなくわかる。

 こんなに小さな(とはいっても中学生くらいだろうけど)子供達が、親を失っているのだから、話しに出てきたスミウラやユウゴという人間も、なにかそう言ったタブーな感じの理由があるのだろうな…。

 今の僕にとってのタブーは…元詐欺師ってことですが…。


「ほら、見えてきたよ」

 なんて、色んなことを考えている内に、目の前に飛び込んできたのは、赤茶色のレンガで出来たような外見の、四階建ての古いタイプのオフィスビル。

 そして、その一階にあるのは、少し古びた木製の扉と、OPENの文字が書いてあるドアプレート、レンガではなく白いコンクリートで出来た壁に、黒板機能のついたフェイバリットの立て札、生え揃えられた緑の生垣。

 そんな装飾がなされた、少しレトロでお洒落な喫茶店…。


「いらっしゃいませ!私達のお店、フェイバリットへ!」



 ドォォォォォォォォォォォォオンッ!



 折角、あおいちゃんが大きく手を広げて紹介してくれたのだが、突然として、この店の窓ガラスが全て、火花を散らしながら粉々に割れた。

「……ふぇ…?」

「え…?」

「えぇ……」

 唐突のことで、あまり状況を理解できないがとりあえず言えることは…。


 Cafeフェイバリット、初対面10秒で爆発!


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